柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
不思議だな、と思った。 揺れることのない湖面(前) 町中を歩いていた。特に行くあてがあるわけではなかったので、次のバイトまでの時間を潰せればいいと座る場所を探す。 バイト先の近くの公園にでもいけばいいかと足を向けた時、ふと視界の端に光るものがそよいだ。 眩い太陽の欠片のようなその色に目を細め、なんであるのかを見極めようとしたこと事態、珍しいことだ。無関心が服を着ているようだとからかわれることが多い位、自分はあまり周りの変化に気を取られず、自分自身の歩くスピードを変化させることがない。それ故にマイペースすぎると叱られることも多々あるのだが。 首を傾げ気味に振り返ってみれば、随分低い位置にたなびいた金がまた映る。 それがなんであるかを知って………微かな吐息のように溜め息が漏れた。 どうして、だろうか。気付かないことの方が確率的には高いのだ。そしてそんな確率を引っ張り出すのであればこの広い町中、鉢合わせることの方が難しいはずだ。 そうだというのに、どうしてなのか。 ぼんやりとした視界の先には長い金の髪が揺れた。雑誌を片手にきょろきょろと辺りを見回している、自分よりも大分小柄な少年。その姿を幾度か見たことがある。………どれもあまり感心できない場面であることは否めないけれど。 どうしても敵対組織に属する者同士、会うとなれば殺伐とした現場だ。それは当たり前だしそれに不満を持つべきでないことも解っている。所詮自分は組織の手駒に過ぎないのだ。大切な御神体を奪い返せない以上、そうである以外の道はないのだから。 だから本当であれば気付くべきではないのだ。長過ぎるその金の髪と幾度か対峙したことがあるのだから、当然それくらいは解っている。………この間のように偶然出会ってしまい、なし崩し的に実家の食堂を手伝ってくれた、あの出来事こそが夢のようなものなのだ。 解っているくせに知らずに足は動いていた。否定を打ち出していたはずの脳裏とは裏腹の、素直な行動だ。 ふと気付いてみれば遠かったはずの金の髪は間近で揺れていた。声をかけなくとも近付いた気配に気付いたのか、相手が振り返る。………気付かないでくれればよかったのに、なんて、あまりに身勝手なぼやきだろう。気付かれることを願って近付いたのだから。 ぼんやりとそんなことを思いながら、振り返る幼い容姿に合わせて舞う長い髪を見つめた。男のくせにこんな長髪、大抵であれば気持ち悪いだけで似合うわけがない。 けれどこの少年に関していうのであれば、生来の女顔が幸いしているのか、ひどく似合っていた。美的センスが欠落しているような自分でも思うのだから周囲が普通にそれを受け入れているのも不思議ではなかった。 「あれ、ハイジ……?」 振り返りながら少しずつ顎をあげ、見上げるようにしてようやく相手を確認した少年が驚いたような声で取りこぼしたような音を零した。それは決して偶然出会っている現状に驚いているのではなく、作られた出会いに驚いているからだろう。 当然といえば当然の反応にどう答えればいいのかを考えあぐねる。 普通に返事をするのもおかしな話だ。以前のように強制的に顔を合わせなければいけない状況ではないのだ。自分達の立場を考えたなら、互いのために見なかったふりを決め込むのが普通だろう。 目を瞬かせたまま少年は答えを返さない長身の青年を見上げる。その様はどこか子犬に似ていた。だからつい近寄ってしまったのかもしれない。今の自分には到底飼うことは出来ないけれど、愛らしい小動物は好きな方だった。 そう納得しながら、こくりとロボットの首が落ちるような唐突さ加減で首を縦に振り相槌を返した。 「………ん」 「バイトの帰り?あ、それとも行くところか」 そんな相手の不可解な行動をあまり気にしていないらしい少年はそのまま質問を重ねた。それにどちらもあっているので頷きを返しながら青年は少年の手にしている雑誌を覗き込んだ。 身長差から別にさして動かなくても見えてはいたが、30cm近い距離ではさすがに雑誌の細かな文字は読むことは出来ない。意図に気付いたらしい少年は苦笑しながら青年が見やすいように雑誌を持ち上げて、軽い調子で言葉を続けた。 「そっか。俺はほら、この店に行こうと思ってさ」 何もいわずに突然覗き込んだことに特に不愉快さを示すわけでもなく少年がいう。それをどこか当たり前のように受け止めている自分に気付きもしないで、喫茶店のような写真やメニューの載っているそのページに視線を走らせた。………自分が見るような雑誌ではないのいまいちそれがどんな情報源になっているか解らなかったけれど。 「……………」 「こっちだって。この辺なかなか中華スイーツの材料売ってなくてさ。あっても高いから、問屋買いできる場所探してたんだ」 少年の手の中の雑誌には様々な茶房などの情報が載っているらしいことは見て取れ、それの中のどれかに行くつもりかと青年は目を泳がせていた。が、それに少年が気付いてあっさりと訂正をされる。ほとんど話すことのない青年を相手にして、不思議なほど普通に会話が進んでいた。 その雰囲気に浸りかけながら、ふと冷静な部分が納得していることに気付く。 この間会った時に居心地がいいと思った。いい奴だと感じたのは素直な彼の反応ではなく、当たり前のように自分の意識を汲み取ってくれたからだ。 それはこんな風に当たり前にさらされるものが心地よかったからなのだろう。言葉にすることが少なく、リアクションも薄い自分は誤解も招きやすいし相手を不快にさせることも多い。それを気にも止めないからこそ問題なのだろうが、何か自分には欠けたものがあるというそれだけは知っていた。 そしてそれを、おそらくはたった一つ自分に課せられた使命が補完してくれる、そんな予感があった。 少年は何かまだ話を続けていた。それは彼の仲間の大食らいさを切々と訴えているらしい。顔も覚えていない相手なだけに何とも答えようがないが、それでも少年は楽しそうに言葉を綴っていた。 相槌を返すだけで言葉を返さなくても、少年は気にすることなく話を続けている。ボーイソプラノの声は耳に心地よくすんなりと肌に染みた。それはどこか不可解な感覚だ。 自分の中には欠けたものがある。………ぼんやりと、それを知っていた。 どうにかしたいとか、そんなことまるで思いはしなかったけれど、ポッカリと開いたそこに寄り添うように八握剣が入り込んだ。だからきっと、この穴を埋めるのは自分が守るべき白祭の巫女なのだと、そう思っていた。 じっと、小さな少年を見下ろす。いつの間にか雑誌を握りしめて憤慨しはじめている。仲間の理不尽な要求に腹が立ったと喚いているけれど、それでもその顔は決して嫌そうではなかった。それどころかどこか、嬉しそうで………ポッカリと開いた胸の穴が痛んだ気が、した。 「…………?」 痛んで、その事実が不思議で青年は無意識に手のひらを己の心臓部に添えた。 そこはずっと空洞だった。寒いわけでもなんでもなかったけれど、ただそこには穴があった。そしてその穴が埋まらないが故に、自分の見える事象は大抵があまり現実感がなくどこか別世界のような絵空事の景色に見えていた。 自分の感情が動くのはせいぜい家族に関わることくらいで、それ以外であれば…………白祭の存在だけだったのに。 一体何が起こっているのか自分でも解らない。そんな思いが滲んでいたのか、滔々と流れていた心地よいその声が途切れ、じっと見上げる視線を頬に感じた。 「………ハイジ?具合でも悪いのか?」 少年の心配そうな声が響いた。それに首を振り、怪訝そうに眉をひそめる。気持ち悪いわけではない。むしろ心地よくて暖かい、のに。 それでも何故か痛んだ。ただの穴が、存在を主張するように。 解らなくて、首を傾げる。見上げる少年の顔は不安そうに歪んでいた。その様を見ながら人がいいな、と思う。自分は敵で、今のところ彼自身にも仲間にも傷を与えたことはないけれど、幾度も彼らの邪魔はした。 そんな自分を気遣う必要などないというのに、彼はまるでただの友人のような顔で心配そうに自分の額に腕をのばした。 ひやりと、少し冷たく感じる少年の手のひらが額に添えられる。幼い容姿をしているので子供のように体温が高いと思い込んでいたが、存外体温は低いらしく少しだけ目を大きくした。もっとも対外的にはまるで解らない程度だったのだろうけれど。 首を傾げながら少年は、特に熱はないみたいだけどと、小さくぼやいている。視線はやや下を向いていて、その先が自分の手が添えられた胸部にあることに気付いた。 そうして驚くような気持ちと一緒に湧いたのは、なんであったのだろう。 よく解らないその何かは、けれど先ほど痛んだはずの胸をやんわりとあたためてくれた。まるで、あの虚空を埋めるかのように。 「あー……多分、腹が減っただけ」 そっと手を外し何事もなかったかのように青年は答え、いぶかしむように見上げた少年の視線に、変わらない無表情な顔を返した。 初めて見かけたときと変わらない真っ直ぐな視線が返される。淀みを孕まない清浄さに眩むように視界を細める。………初め、無鉄砲な子供だと思っていただけの、顔さえ朧にしか記憶していなかった少年だというのに。 確か初めて会ったときは実力差など考えもしないで彼は犬丸を殴りつけていた。霊力合戦でも何でもない、ただのガチンコだ。そしてそんな行為が似合いもしないその容姿と体格で、たった一度唸らせただけの拳のみで鼻骨さえ粉砕したというのだから目を見張った。 そんな突拍子のなさの方が脳裏にあってその顔などうろ覚えだったけれど、あの日、戦闘以外の場面で偶然出会ってしまったその姿や声を知った時から焼き付いてしまった、金の残像。 ………どうしようもないことだというのにと、溜め息を落としたくなる。 見下ろす視界には佇む金の髪。困ったように眉を寄せ、納得しかねるような表情のまま彼は頷き口を開いた。 「そうなの?まあ俺が口出すことじゃないだろうけど、あんま無理するなよ」 バイトをするのは個人の自由だし、目的があって何かを行っている相手を留める理由もないからと顔に似合わない物言いをして少年は軽く息を吐いた。それでも心配はするものなのだと、まるでそういうかのように。 そんな柔らかな気配が心地よくて、知らず浮かんだ笑みのまま青年は穏やかに頷いた。 「…………ん」 「あ、そーだ。これやるよ。足りねぇだろうけど、腹の足しになるだろ」 その返事を聞きながら少年は鞄を探り何かを取り出してポンと青年に投げた。軽くキャッチしたものに視線を送ってみれば、それはカロリーメイトだった。青年が目を瞬かせて手の中のものを見ていると、少年は照れくさそうに笑って手を振る。 さっと、目の前で金が舞い上がった。 「ごめんな、それくらいしか持ってなくて。じゃ、俺いくな。ハイジも気をつけて」 小さな肩が揺れ、背中が向けられる。どうやら彼は彼で急いでいたらしい。聞き流してしまったけれど、先ほどの文句の中で確か、すぐに作らないといけないとか言っていたような気もする。 金の長い髪は風に揺れ、彼の歩調に合わせて振動しつつ、人にまぎれ角を曲がり……消失してしまった。 曲がる瞬間、こちらに目をやった少年の困ったような笑顔を最後にして。 その顔を反芻する。敵でしかない自分に当たり前に与えられる信頼のような、好意。 不可解でありながら、それを心地よく思っている、自分。 互いの立場を考えれば決していい傾向ではない。自分は組織に疑われるようなことは出来ないし、彼だって自分に関わることは彼の仲間のためには決してならないだろう。 それでも、ざわめく。 静かに穿たれたままであった穴が、脈動する。 まるで歓喜するようなそれに眉を顰め、青年はそれを黙殺するように拳を握りしめようと力を込めた。 けれど手の中に未だ存在する箱が、それを拒むように微かな悲鳴の音をたてた。 少年が自分に与えてくれた好意の結晶のようなそれが砕けることに一瞬薄ら寒い思いがして、手が凍る。 じっと手の中のカロリーメイトを見つめて、青年は目を閉じた。 全てを沈下させて、もう一度目を開ける。 そして、歩きはじめた。もう次のバイトにもいい頃合いだ。多少早くても文句を言われることはない。そう思いながら、足をくり出す。 流されてはいけないのだと、そう思いながら。 手の中にあったカロリーメイト。 忘れて、なくさなくてはいけない感情。 それでも まるで愛しむかのように戒めから解かれ それは大切に鞄の中にしまわれた。 ……………誰にも、自分にさえも蓋をするかのように。 そんなわけで唐突に阿佐ヶ谷Zippyです。10月号をたまたま読んで怒濤のように最新刊までそろえた勢いのままですね。バカだと言いたければ言ってくれ。 当然のようにハイジ×一樹。そして当然のように相変わらずプラトニック推奨。 まだ子供だもん、二人とも☆(未成年者は子供ですよ) 今回の話は本当はこの後に続く部分を書きたいがために書きはじめてものでした。そこに辿り着かせる為にハイジ視点の一樹の印象を書いていたのですが、それがあまりに長くなってしまったので前後編になりました。 ハイジにとっての「揺れることのない湖面」は自分の中の虚空で、それは守るべき存在が見つかって初めて埋められ満たされるのだろうと、思います。 まあ早い話、空っぽだから揺れるものもないのですね。ちょっとした欠落人間だけど、ゆっくり成長してほしいものです。 05.10.28 |
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