柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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 来月にクリスマスを控え、パティスリーCHIHIROでもクリスマス準備が始まった。
 内装が変わるわけではないが、焼き菓子の入れられているカゴに敷かれた布がクリスマス仕様になったり、新作のクリスマス向けのケーキが出たり、クリスマスギフトが用意されたりと、ただそれだけでも十分クリスマスの雰囲気に酔えるようになってしまう。
 店内に導くようにある、道路から続く小道やその入り口のアーチもクリスマスカラーに変わる。これだけでもたった6人しか正規スタッフのいないCHIHIROではかなりの労力を必要とする大仕事だった。
 通常の仕込みも行わなければならないだけに、今日は定休日に集まり、助っ人として前オーナーの千尋の妹である真宵とその従姉の春美もやってきた。
 本当は真宵の友人である狩魔冥も来るはずだったが、さすがに平日の日中は大学の講義がある。検事を目指して努力を重ねる彼女は、勉学においても手を抜かない完璧主義者だ。
 ………そんな彼女もクリスマスが近づき大学も休みになれば、この店の臨時のバイトとして手伝ってくれるのだが。
 「いや〜、冥さん残念だったけど、ちゃんとあたしが次に会う時に写真を見せるからね!しっかり飾り付けしなきゃダメだよ、なるほどくん!」
 「………なんで僕限定なんだよ」
 真宵の物言いに飾り付けの総責任を背負わされ、その上冥の完璧主義に抵触してしまった際のムチは全て自分が味わわなくてはならないだろう未来が簡単に予測され、げんなりとしてしまう。
 いつものことながら突飛な意見だと思いながら、それでもつい突っ込まずにはいられないのは生まれ持った性質なのだろうか。
 そんなことを考えている成歩堂の足下で、ぴょこぴょこと背の小さな少女が飛び跳ねながら大きな声を出した。
 「真宵様のいう通りですわ、なるほどくん!わたくし、背が足りなくて他のお手伝いが出来ませんが、このカードの飾り付けはお任せください!頑張らせていただきます!」
 必死という言葉がよく現れているやる気に満ちた幼い少女のその手には、プライスカードとクリスマスモチーフのシールやリボンが握られていた。
 それらの小道具を使ってクリスマスバージョンのプライスカードを作成するのだろう。楽しそうに顔を赤らめて、春美は普段は見慣れないクリスマスモチーフのシール類を眺めていた。
 ………パティシエたちは今日の休日出勤の代わりに、前日に次の出勤日の準備をしていない。前日に早めに帰れる代わりに、その時間を今に回しているのだ。
 それ故に、同じ時間に店に来てくれた真宵や春美には一足先にクリスマスの準備を始めてもらうことになっている。
 ………本来ならば御剣もこのグループに入るのだが、少しでも早くに仕込みを終わらせるために、キッチンでパティシエたちの指示に従って材料の計量だけ頼まれている。
 それがあるだけでも作り時間は格段に変わるのだ。少しでも早くに終わらせて真宵たちの手伝いに回らなければ、いつの間にかトノサマンオンリーの内装に変えられかねない。
 ある種背水の陣での準備時間が、楽し気な少女たちの笑い声と、苦労性がすっかり身についた成歩堂の苦笑とともに始まった。


 次々に焼き上がるスポンジや焼き菓子。甘い香りが店内に満ちる。おそらくキッチンの外にいるミツルギなどには、この香りは強すぎて苦しんでいるかもしれない。
 実際、キッチンにいるパティシエたちも、時折、これだけ強い香りになると咽せそうになってしまう。
 それもそうだろう。普段であればもう少し時間差で作り上げているものを休む暇なく連続で作り上げていっているのだ。大型のオーブンをここまでフル稼働させることも年にそう多くあることではない。
 当然、それだけパティシエたちも動き続けているが、集中しているためか一切無駄口がなかった。
 御剣への指示の声が聞こえるだけで、それ以外は器具の奏でる音と、オーブンの焼き上がりを示す音だけだった。
 じっとその様子をショーケース側のガラス壁から見つめていた真宵と春美は、お互いに顔を見合わせて溜め息を吐き出す。
 店に全員が集合して、いまからやることを伝達されてから、もうすでに3時間以上が経過している。が、その間ずっとこの調子だった。
 真剣に製菓をする姿はなかなかカッコいいけれど、終始無言というその雰囲気がプレッシャーになってこちらに迫ってきそうだ。
 それぞれがそれぞれに責任感の強い集団だからこそ、手を抜くとか適当にするとか、そんな考えがないのはよく解る。解るけれど、この調子ではお昼ご飯など考えている人は誰も居なさそうだ。
 すでに真宵と春美は焼き菓子の棚の飾り付けとショーケースの清掃を終わらせていた。今は二人でプライスカードのデコレーションをしている最中だが、それにしても背後の空気が重い。
 「どうしよっか、ハミちゃん」
 「どういたしましょう………真宵様」
 二人はプライスカードを手に持ちながらも作業は中断し、そんな風に話し合っていた。
 近くでミツルギが首を傾げながら二人を見遣っているが、それもあまり目には入っていないらしい。
 「皆様…あまり飲み物も召し上がっていないようなのですが………」
 「うーん、いくら冬になったっていっても、ここに居てもあったかいくらいだから、キッチンの中は常夏だよね」
 「倒れたりなどは………」
 「しないといいけど、どうだろうね。うーん、ここはやっぱ、あたしらが一肌脱ぐっきゃないかな、ハミちゃん!」
 片腕をまくる仕草をしながら啖呵を切る物言いで真宵が告げると、ぱっと春美は顔を輝かせて大きく頷いた。
 姉と慕いいつも真宵について回る春美だが、この店のことは真宵のことを抜きにしても大好きだし大切だった。
 いつも優しく迎え入れてくれるパティシエたちは、人見知りの強い春美のこと当たり前のように招き入れてくれた。真宵や成歩堂の後ろに隠れがちでも、それを受け入れて慣れるまではいいのだと優しくしてくれた。
 そんな人たちに感謝をしないわけもなく、常日頃からそのご恩返しをしたいと思ってもなかなか機会に恵まれず、こうして行事の度に手伝う程度しか出来なかったのだ。
 今日こそはと意気込んでいる春美は、自然と握り拳を強くして気合いを込めるようにぎゅっと唇を引き締めた。
 ………それを見つめながら、相変わらず一生懸命な従姉の頭を愛しそうに真宵を撫でた。
 「さ〜て、それじゃあひとまず、ご飯の確保からだよね。キッチンに余裕はないし、ここはやっぱ買ってこなきゃだね!」
 「はい、参りましょう!」
 話はまとまったと真宵が立ち上がり、もう一度キッチンの中をのぞいた。やはり忙しそうに走り回っている……というのは語弊があるが、てきぱきと菓子を作り進めているパティシエたちはこちらに目もくれていない。
 全員分の昼食を買い出しにいくまではいいが、その元となるべきお金は、残念ながら真宵に持ち合わせはなく、当然春美にもない。
 ちらりとショーケースの傍まで寄ってきていたミツルギに目を向けるが、そもそも犬の彼に金銭の所在を確認した所でどうしようもないだろう。
 こうなると誰かにこのことを伝えて用立ててもらうしかないが、パティシエたちにそんな隙はなかった。怒鳴り込みをするしかないだろうかと、最終手段を本気で思案し始めた真宵の目に、一瞬視線が繋がる人物が居た。
 なにも考える暇もなく、大きく手を振る。身振り手振りだけでとにかく外に出て来てくれと伝えるため、いま自分たちが居る場所からは直接いくことの出来ないスタッフルーム側を指差した。
 それに気づいた相手が僅かに顔を顰め、怪訝そうにその作業の区切れ目を使ってスタッフルーム側に進んでいった。同時に真宵と春美と、更にはミツルギも一緒に歩き始める。
 一度店を出てぐるりと回り、裏口に辿り着く。と、既にそのドアを開けて彼が立っていた。
 「ヤッホー、御剣さん!よかったよ〜気づいてくれて!」
 「いや、どうかしたのだろうか?」
 あまり人とのコミュニケーションが得意ではない御剣だが、真宵とはそれなりに話が合った。………勿論、トノサマンについて語り合うことの出来る数少ない相手であることも、その事実に大きく関わっていたけれど。
 それを知ってか知らずか、真宵もまた、御剣に対して壁がなく、誰に対するのとも変わらない明るさとマイペースさを維持して付き合える、数少ない人間の一人だった。
 「いやね、そろそろみんなご飯食べなきゃ!」
 「ム、もうそんな時間か」
 「うん!だからさ、買ってこようかなーと思ったけど、お金ないからどうしようかと思って」
 なるほどくんに声かけてくれないかな、と両手を合わせて明るくお願いする少女に御剣は首を傾げた。
 時間は既に昼を過ぎているらしい。食事を抜くことは体調管理の面で大きな障害なのだから、出来る限りは規則正しく食べるべきだろう。それは御剣にもよく解る。
 けれどそれ故に今成歩堂の手を止めてまで連れてくる意味はないように思えた。
 真宵が頼みたいのは、昼食代のことだけだ。成歩堂を休ませようという意図があるわけでもないし、あったとしても成歩堂はやんわりと断るだろう。
 それならば一番早くて成歩堂にも負担をかけない解決策が、いま目の前にあった。
 「………フム」
 一度頷き、御剣の身体がスタッフルームに消えた。
 成歩堂を呼んで来てくれると思った真宵と春美が顔を見合わせたのとさして時間差もなく、また御剣が戻って来た。キッチンにいって戻って来たにしては早すぎるし、成歩堂の姿は当然見当たらなかった。
 「では、これでお願いしよう」
 あっさりと頷いた御剣がロッカーから自身の財布を取り出して紙幣を数枚渡す。どれくらいの金額がかかるのかいまいち解らないせいか、8人分の昼食代としては異様な額に真宵の目が点になった。
 さすがに春美ですら、それが大金であることが解った。
 「…………御剣さま、これはいくらなんでも………」
 二の句の次げない真宵に代わり、春美が控えめに訴えると、不思議そうに御剣が首を傾げた。
 「ム、足りないのだろうか」
 「逆だよ、御剣さん!一枚でいいって、そんなにいらないから!」
 更に取り出す気かと戦慄して真宵が叫ぶと、よく事態を飲み込めていない御剣は首を捻るばかりだ。しかし、現状把握だけは逐一行っていた。
 取り合えず、真宵の訴えを聞き入れ、財布から一枚だけ取り出した紙幣を渡すと、非常にもの言いたげな視線で、けれどきちんと真宵は受け取った。
 小さな溜め息とともに御剣を見上げた真宵は、とても重い口調でそっと告げる。
 「御剣さん……色々とやらなきゃいけないこと、あるんだねぇ」
 「ム?まあ、まだ手伝いは残っているが……、ム、そろそろ私は失礼させていただく。では、あとはよろしく頼む」
 どうやらキッチンから声がかかったのだろう、御剣がそちらに顔を向けながら口早にいうとドアを閉めてしまう。もうこうされるとここに立っている意味すらなくなるほどの早業だ。
 閉まったドアを二人で呆然と見遣りながら、一つ困ったことに気づいた。
 「ハミちゃん……どうしよう」
 「?どうされましたか?」
 「御剣さん。鍵かけ忘れているよー、ほら」
 カチャリとドアノブを回すとあっさりと開かれたドアに途方に暮れてしまう。あんな大金を所持しているロッカーが存在しているのに、放ってなどおけるはずもない。
 しかし、かといって一人で買い物に行くには8人分の食料は、多い。春美は自分が行くと言い出しそうだが、真宵一人でも大変そうだというのに小学生の春美に行かせるわけにはいかない。
 思案顔で考え込んだあと、ぽんと、真宵はその手を合わせて叩き、名案が浮かんだと誇らし気に笑って春美を見遣った。
 「そうだ、ハミちゃん」
 「はい、なんでしょうか」
 「とりあえずハミちゃんが中に入って鍵かけてくれるかな。で、あたしとミツルギくんで買い物行ってくるよ!」
 ね!と上機嫌に問いかける真宵の顔を見上げながら、少しだけミツルギが困っていた。
 トノサマン好きの真宵とは、ミツルギも仲がいい。いいけれど、それでもやはり飼い主が一番なのだ。
 その飼い主である成歩堂はこの店の中に居て、先ほどのようにショーウインドー側に行けば、姿だけでも見ていられる。
 真宵たちと一緒に居てねと彼にいわれたからこそ、今現在もここにいるけれど、本心を言わせてもらえればすぐにでも先ほどの位置に戻りたいのだ。
 小さく唸りながらどうすればいいかを考え倦ねていると、真宵がにやりと楽し気に笑いかける。
 「ふっふ〜ん、真宵様にはお見通しだよ、ミツルギくん!」
 「?」
 「考えてみなよ、ミツルギくん。なるほどくんが喜ぶと思わない?率先してお昼ご飯買って来てくれた〜って感動すると思うよ?」
 「……………!!」
 ほぼ確実な未来予想を真宵が口にすると、一瞬の間を開けてからミツルギの尻尾が盛大に振られた。
 陥落を意味するその仕草に真宵は嬉しそうに春美に笑いかけ、春美もまた、さすが真宵様だと嬉しそうに応えていた。それぞれがそれぞれで微妙にずれた話をしながら、けれど最後にはまとまっているのは、きっとこの店の特色なのだろう。

 意気揚々と歩き出すミツルギを追いかけながら、真宵は留守番をしてくれる春美に手を振って店をあとにした。







 クリスマス前……出来れば11月中に書きたかったかな、これは。でもまあ、設定決まったのが11月終わりなんだから無茶な話だよね。
 書こうと思っていたのは春美ちゃんがどんなお手伝いをしているのか、というそれだけだったのですが、そのご褒美にケーキあげようと思って、そうしたら話が妙に長いことに。
 中編はかなり割愛させていただいているので多分そんなに長くはならない。と思う。
 そしてスタッフルームに春美ちゃんを残したいがために御剣のダメっぷりが向上してしまった。
 …………まあそれはそれでよしとしておこうと思います。

07.12.3