柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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 多分、パティシエの中で初めに気づいたのは神乃木だろう。
 元々彼のキッチン内のテリトリーは店内入口がすぐに見える場所……ほぼ正面にあった。そのため少し視線を上げるだけでその場所が視野に入る。
 初めのうちはプライスカードをショーケースに並べながら、おそらくはどんなデコレーションにしようかと話し合っているのだろう楽し気な真宵と春美、そして成歩堂に言いつけられて二人と一緒に居るミツルギとが見えていた。
 その後しばらくすると思案するようにこちらをチラチラ見るようになり、先ほどからその姿は無くなっていた。
 飽きたのかミツルギの散歩にでも行ったのか。………飼い主至上主義のあの犬がたとえ真宵たち相手であっても、飼い主の居ない場所に進んでいくとは考えづらいけれど。
 どちらにせよそろそろ休憩に入らなくては、熱心すぎる若者たちは誰一人として今の時間が何時であるかに気づいていない。
 さっとキッチン内のパティシエに視線をやると、成歩堂が丁度最後の冷菓のデコレーションが終わり、肩を叩いているところだった。それを見遣って、すぐにでも声を掛けるだろう御剣が居ないことに気づく。
 先ほど残量の少なくなったアーモンドパウダーの補充のために雑務室に向かっていたが、それにしては若干遅い。………少しだけ思案したあと、神乃木は成歩堂に声をかけた。
 「まるほどう、終わったか?」
 「あ、はいっ」
 突然声をかけられて驚いたのか、肩を跳ねさせた成歩堂が若干大きめの声で返事をする。それに気づいた他の面々も、大方の作業が終盤なのだろう、少しだけ息を吐くような仕草をしていた。
 全員の視線が一瞬だけ集まったことに微かに目元を赤くしながらも、普段通りの声音に戻した成歩堂が、何事もなかったかのように言葉を続けた。
 「なんとか、これで朝一のショーケース分は。店の飾り付けが終わったらイートインメニューの方を作ることにします」
 「じゃあ丁度いい。あの坊やが見当たらねぇ、一緒に昼飯でも買ってきな」
 その頃には終わるだろうと、先に休憩に入っているように神乃木が言う。
 神乃木の言葉と同時に、成歩堂は目を瞬かせて周囲を見遣った。霧人、響也、王泥喜、順に顔を確認して、居ないと言われた人物が誰であるかを認識すると苦笑した。
 自分と同い年の人間を坊や呼ばわりされるとは思わなかったけれど、彼はからかうためになら自分のことさえコネコちゃん呼ばわりをするのだ。それを考えればさして突飛でもないものいいだろうと、神乃木の言葉に頷いて歩き始める。
 「じゃあ、近くで適当に買ってきますね」
 「もし用意してあるようならかまわねぇから先に休んでな。終わった奴からそっちに行くぜ」
 おそらくはそれは成歩堂だけではなく、成歩堂が迎えにいった御剣にも当てられた言葉なのだろう。パティシエとしての能力値は限りなく0に近い彼も、今日はよく手伝ってくれた。それを考慮した上での、神乃木の配慮だろうか。
 そんなことを考えながら、礼を言って成歩堂は御剣を呼びつつ、キッチンから出て行った。
 成歩堂の後ろ姿が見えなくなると、霧人が独り言に近い音量の声で神乃木に問いかける。
 「………『用意してあるようなら』?」
 まるでその可能性があるかのような神乃木の発言は、問いかけはしなかったけれど響也も王泥喜も引っかかっていた。じっと耳を澄ませて神乃木の言葉を待っている三人に、口元だけをにやりと笑みに染めて、顎先でショーウインドウの方を示す。
 「嬢ちゃんたちが見当たらねぇ。…………そういうこった」
 神乃木の一言に全員がそちらに目を向け、同時に納得して、残りの作業に改めて集中して取りかかり始めた。


 「成歩堂、どうかしただろうか」
 真宵たちを見送ったあと、キッチンへと続く廊下で成歩堂と出会した御剣が問いかける。
 何か失敗をしたのかと少しだけ揺れている御剣の視線に、成歩堂はなんでもないと教えるように笑んだ。
 「ううん、僕の方が少し早めに終わったから、みんなの昼食を用意するように頼まれたんだ。御剣も一緒に行こうよ」
 散歩がてらと誘う成歩堂に御剣は嬉しそうに笑んだ。が、同時に顔を顰めて視線を素知らぬ方へと流してしまう。
 まるで逆の二つの反応の差に成歩堂が目を瞬かせる。基本的に、御剣は無表情であることが多いし、一般的に言うのであれば、感情は読み取りづらいらしい。
 けれどそれは単に御剣が感情を表していないというそれだけで、実際その感情を晒してしまう時は、子供にさえ伝わってしまうほど真っすぐだ。
 それを前提に今の反応を考えるのであれば、一緒に買い物に行くこと自体は、嫌ではないのだろう。…………接客業に携わりながら致命的なことに、御剣には愛想笑いというスキルが皆無なのだから。
 けれどそれを手放しに喜べない事態が待ち受けている、ということだろうか。
 ………考え、想像出来る理由を列挙してみる。まだ雑用が残っている、がそれはこちらも知っていることであり、それを免除することが誘うための最低条件であることは御剣も解っているはずだ。
 では外に出たくない……というのはないだろう。それならばそもそも買い物自体に拒否反応が見えるはずだ。人混みを嫌う、というのも同じ理由で却下だろう。
 思いつく様々な理由を想像するが、どれ一つとしてしっくりこない。不思議そうに目を瞬かせて御剣を見ていると、油の切れたブリキ人形のようなぎこちなさで視線が戻ってきた。
 「御剣?」
 どうしたのかと理由を問う声色で彼の名を呼べば、観念したようにようやく御剣が口を開く。………とても、渋々といった雰囲気が伝わる顔と声音だった。
 「いま、真宵くんと春美くんが買いに行ってくれているのだ」
 だから自分たちが買い物には行けないと、至極真面目に……その上残念そうに御剣が言う。
 その言葉に、成歩堂の表情が曇った。
 「………真宵ちゃんが、買いに?」
 「うム」
 淡々と事実を述べる成歩堂に訝しむことなく御剣が頷く。それを確認して、若干低くなった声で、問いかけた。
 「…………僕、真宵ちゃんに昼食代、渡してないよ?」
 「…………………………………………………」
 次の問いには沈黙が返された。成歩堂が何故顔を顰めているのか、ようやくその事実に意識がいったらしい御剣は、どう話を躱そうかを思い悩んで唇を引き結ぶ。
 傍目から見れば不機嫌にしか見えない御剣の表情も、成歩堂には叱られる危機に面して切羽詰まった子供のそれと大差がない。
 けれどここで有耶無耶にすれば、今後も同じことを御剣は繰り返すだろう。
 それを回避するためには、してはいけないと解らせることと、どうすればよかったのかを理解させることが肝要だ。………若干、対応が子供の躾へと変わっていることを成歩堂自身は気づいていない。
 「御剣、そういう時は神乃木さんか僕に報告すべきだろ?スタッフの昼食代は店で持つんだから、君が肩代わりしたらおかしいと思わないか?」
 「……………………………………」
 「それに君がそれを出来たって言うことは、いま丁度真宵ちゃんたちと話したってことだよね?でもキッチン経由じゃないんだから、真宵ちゃんからキッチン内で何かしらアピールされて、スタッフルームで話をしたんだよな?なんでキッチンにいるときに言わなかったの?その時に言えば、いいよね?」
 「………………………………………………………………」
 一つずつ教えるように言ってみれば、苦汁を舐めたように顔を顰めて沈痛な雰囲気のまま項垂れる御剣が眼前に晒された。
 彼は今までが自己判断で動くことの多い職に居たせいか、時折責任を自分で背負うような真似を平然としてしまう。けれどそれでは一スタッフとしては行き過ぎた行為だ。何事も、きちんと収められるべき範囲があることを、彼はまだ学び途中だった。
 「御剣、言うことは?」
 「………………………………………」
 「違うんです、なるほどくん!」
 きちんと謝罪の言葉を言えるようにと促した言葉に、御剣が口を開くより早く、スタッフルームのドアが開かれた。
 ギョッとして見遣った先には、困り果てたというような顔で自分を見上げる春美が居る。目を瞬かせて成歩堂が膝を折り、春美と視線を合わせた。
 「春美ちゃん?どうしたの?あれ、真宵ちゃんは?」
 戸惑いながらも成歩堂が問いかけると、春美は必死に両腕を振り回しながら説明を始める。
 「真宵様はミツルギくんと一緒にお買い物に行かれました。わたくしは鍵が開いていましたので、お留守番を言いつかりまして………」
 「………………………」
 春美の最後の言葉にちらりと成歩堂が御剣に視線をやる。気まずそうに目を逸らしたから、本人もいま鍵を掛け忘れたことに気づいたのだろうか。
 あとで注意をしておかなくてはと思いながら、しかしいまは春美の言葉を聞こうと、彼女に目を向けて首を傾げた。
 「そっか。あれ、でもそれじゃあ、なにが違かったのかな?」
 自分たちの間に割って入ってまで春美が言ったのは、違うという、その言葉だった。けれどいま春美が教えてくれた内容は先ほど成歩堂と御剣が話していた内容とは別件だ。
 同一線上ではあっても内容として重ならない。成歩堂への質問にだけ応えた言葉の他はなんだったのか、声を柔らかくして問いかけた。
 「あ、あの、御剣さまは、悪いことをなさったわけではありません」
 「?」
 「わたくしたちがなるほどくんを呼んで欲しいとお願いしたのは本当ですが、初めからキッチンに入ればよかったことも、わかっています」
 ぎゅっと小さな手のひらを握り締めて、春美が必死に考えながら言葉を紡ぐ。
 なんといえば誰も傷つけないのか、きっととても考えているのだろう。あるいは、目の前で話を聞いてくれている成歩堂に嫌われないための、甘い誘惑に耐えているのかもしれない。
 黙って見過ごしてしまえば、叱られるのは御剣一人で終わっただろう。もしかしたら、割って入ったために自分や真宵までもがその余波を喰らうのかもしれない。
 もしもそれが原因で結果的に成歩堂に疎まれでもしたらと考えると、身が竦みそうになる。この店にもう来れないなど、春美も真宵も考えることは出来ないのだから。
 「で、ですが、とても一生懸命、みなさまが働かれていて、お声を掛けることが憚られまして……それで………」
 「御剣が気づいたから、スタッフルームに行ったの?」
 「……………はい」
 申し訳ありませんと、春美が頭を下げる。小さな手のひらは痛々しいほど真っ赤になっていた。
 細い小さな肩が震えているのは、叱られる恐怖以上に、嫌われる恐怖故、だろう。それを見て取って、成歩堂は仕方なさそうに小さく息を吐き出して、ぽんと春美の頭を叩いた。
 驚いたように頭を上げた春美の目に入ったのは、優しく笑っている、成歩堂。
 想像と違う表情にきょとんと春美がしていると、成歩堂は春美の赤くなった握り拳をそっと包みながら声をかけた。
 「いいんだよ、そういう時は遠慮しなくて。今日君たちに来てもらっているのは、僕たちの我が侭なんだから」
 「で、ですが………」
 「ありがとう。邪魔をしたくないって思って、沢山僕たちのこと考えてくれたんだよね」
 それに本当ならなにも気づかなかったふりも出来たのに、春美は大の大人の間に入り込んでまで相手を庇い事実を伝える勇気を示してくれた。それならそれ以上叱る意味もないだろうと、成歩堂は笑んで春美の頭を撫でた。
 真っすぐな感謝の言葉は予想外で、顔を真っ赤にした春美が恐縮しながら同じようにその言葉を送った。
 ……………若干、近くに居るもう一人の男からの視線が痛い気はしたけれど。
 ちらりとその人を見遣ってみれば、思った通り項垂れたまま、じっと成歩堂と自分を見ている。
 入り込みたいけれど入り込むことが出来ない、そんな遠い光景を見ているような、目だ。物寂しいその目に、春美が困ったような顔をして成歩堂を見遣る。
 大体その視線の動きで春美がなにを思ったのか察した成歩堂は苦笑して、小さく頷いてあとは任せるように示した。
 それに安心したように笑うと、春美は思い出したかのようにぽんと手を打った。
 「そうです、わたくし、皆さんに召し上がっていただこうと思って、蜂蜜レモンというものに挑戦しました!いま持ってきますね」
 おそらくスタッフルームにある簡易冷蔵庫や棚の中にあるものを使ったのだろう。休憩室も兼ねているので、ここには湯沸かしポッドや簡易菓子、茶葉、茶器に至るまで必要なものは揃えられていた。
 ぱたぱたとまたドアに入っていった春美を追いかけながら、立ち尽くしたままの御剣に背を向けたまま、成歩堂が声を掛ける。
 「ほら、行くよ」
 「……………………」
 その声をまるで死刑宣告を聞きにいく被告人のような胸中で聞きながら、のろのろと御剣は成歩堂についてスタッフルームのドアをくぐった。





  



 …………なんか、キャラが多いせいであれも書きたいこれも書きたいとなってまとまらないな、と思い。
 結果、軽やかに触りだけ書いて終わらせようとしてみた努力の跡が。うん、下手すると私、話まとめるために響也さんと成歩堂だけで終わらせることが出来るかも。苦労人二人。
 なんだか今回はひたすら春美ちゃんを書きたかったせいで考えた話だったので、彼女がとても目立ちます。そのおかげで小学生よりもコミュニケーション能力のない御剣が暴露されましたが。困ったものだ。
 そのうち小話で真宵&ミツルギオンのお買い物風景も書きたいね。ミツルギオン、成歩堂の分と春美ちゃん&真宵ちゃんの分のお昼ご飯頑張って運ぶんだよ。
 この二人の分も運ぶのは、成歩堂が二人を大事にしているからだよ。この犬も解りやすいっちゃ解りやすすぎて困り者だね☆

07.12.3