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柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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 中に入ると春美が既にトレーに4つカップを乗せ終えて持ち上げる所だった。二つはそのままスタッフルームのテーブルの上に残されている。
 それが自分たちの分なのだろうと見当をつけ、春美に礼を言うと、彼女ははにかむような笑顔で他のパティシエたちに配ってくるといい、零さないように慎重に歩きながらスタッフルームをあとにした。
 その背中を名残惜しそうに御剣が見ている。
 ………おそらく、春美が居る間は少なくとも成歩堂の怒気が膨らむことはないと見越しての希望だったのだろう。成歩堂に向き合うべきだと言うのに、御剣は未だにドアを見たまま立ち尽くしていた。
 その背中を見遣りながら、椅子に腰をかけて成歩堂は春美が入れてくれた蜂蜜レモンを一口飲んだ。考えてみると何時間もろくに水分をとった記憶がなかった。
 あの蒸し暑かったキッチンでよく倒れないものだと、今更ながらに思いつつ、冷たく冷えた蜂蜜レモンをまた飲み込む。
 「で。御剣?」
 「っ!」
 いつまで経ってもこちらに顔を向けなさそうな相手の名を呼び、意識を戻させる。そうすると面白いほど肩を跳ねさせた御剣が、のろのろとこちらに振り返った。
 先ほどから御剣は何も言わない。
 言い訳も釈明も、彼はしない。己の言い分を主張することはあるくせに、彼は自身の弁護と言うものはひどく不得手だ。本当に弁護士だったのかと問いかけたくなるほどに。
 そのくせ、彼はその目や雰囲気や小さな仕草だけで克明なほどその感情をこちらに突きつける。
 いまもそうだ。自分にも春美にも手にとるように彼がなにを思っているのかが、解る。だからこそ春美は気を使って席を立ってくれたのだろう。あんな小さな子にまで気遣われる彼の感性というものも少し考えものだけれど。
 「怒ってないから、取り合えず、座って」
 「…………ム」
 微かな唸り声でもって返答した御剣は、じっと成歩堂の様子を見つめたまま、慎重に隣の席に座る。
 そんな様はまるで自分が飼っている犬と同じで、苦笑を禁じ得ない。………あの飼い犬もまた、いつだって自分に尻尾を振って好意を示してくれるけれど、時折頓珍漢な真似をしては叱られるのだ。
 頭のいい飼い犬はきちんと人の言葉を理解しているけれど、情緒面は子犬の頃と差がない。そのせいで起こるトラブルの中、言葉の使えない犬は、ただひたすらに自分を見上げる。
 項垂れて、嫌われることが何よりも苦痛なのだと、一身に向けられる意識と瞳だけで、訴える。
 そのせいか、この友人もまた、同じように口下手な部分があっても、成歩堂にはさして困惑することなく読み取れるものがある。
 ………悪意でもなんでもなく、ただ純粋な気遣いでしかない、感情。
 ただ不器用であることと、いままでの環境との違いのせいで、彼は空回りしてしまうことが多いだけだ。
 それが他者と寄り添えるようになれば、きっとこの店のパティシエたちともよい友人になれるだろう。そんなことを思いながら、御剣にも春美の作ってくれた蜂蜜レモンを差し出した。
 礼を言って受け取った彼は、けれどまだ緊張しているのか、口を付けない。
 「言っただろ、怒ってはいないよ。君がそうしたのだって、春美ちゃんたちと同じだろ?」
 「ム?」
 「だけど、次からはちゃんと報告すること。自己判断はダメだよ。いくら弁護士としての実績があったって、君はパティシエとしては駆け出しどころかスタート地点にもいないんだから」
 十分に反省はしている相手を責めることは成歩堂も好まない。自省が出来るならば同じ過ちは繰り返さないだろうと祈りながら、苦笑するように笑って御剣を見遣る。
 じっとただひたすらに成歩堂を見ていた御剣の視界の中にそれが写り、目を瞬かせたあと、緩やかに長い溜め息が落とされた。…………ようやく納得したらしい御剣の肩を叩いて、成歩堂はカップの中身を飲み干した。
 「じゃあ御剣、罪滅ぼしのつもりで、紅茶でも入れてくれるかな?」
 喉が渇いたと笑って強請る成歩堂に否もなく、御剣は安堵の溜め息とともに微笑んで席を立った。


 トントン、と、とても控えめなノックがスタッフルーム側のドアから聞こえ、王泥喜が不思議そうな顔をして開けた。
 「あれ、春美ちゃん?」
 そこには買い物に行っているのだろうと予測されていた春美が、トレーにカップを乗せて立っていた。目を瞬かせているパティシエ一同に春美は笑顔を向けてトレーを差し出した。
 「みなさま、お疲れ様です。いま真宵さまとミツルギくんがご飯を買いに行かれていますので、よろしければこちらのお飲物も召し上がって下さい」
 見ているものの方が幸せになれるような笑顔で、嬉し気に春美はトレーを一番近くにいる王泥喜に差し出した。きょとんとしながら、流れのままにそのカップを手に取った王泥喜は、ようやく自分が大分喉が渇いていたことに気づく。
 それは他のパティシエたちも同じだったのだろう、小さな来訪者に目を瞬かせながらも、ちまちまと動きながら給仕してくれるそのカップを笑んで受け取った。
 まだ身体が小さくどうしてもぎこちなくなりがちな動きではあるけれど、ウエイトレスとしては将来有望な春美に神乃木は目を細めて微笑ましそうに見つめていた。
 そうして、そんな春美からカップを受け取る時、こっそりと耳打ちをする。
 「優しいコネコちゃんには、急ぎ足のサンタがプレゼントを用意しているだろうよ。楽しみにしておくといいぜ」
 「サンタさま……ですか?」
 「きっと……な」
 にやりと楽し気な笑みを浮かべて応える神乃木にパティシエたちは目を瞬かせる。
 けれど嬉し気に顔をほころばせて、どんなサンタなのだろうと夢を膨らませている春美の前でそれを問うことも出来ず、疑問を浮かべたまま、各自作業を終了させて春美とともにスタッフルームへと向かった。

 その後、帰ってきた真宵とミツルギの買ってきた昼食を全員で済ませ、なんとか庭とアーチの装飾に取りかかった。
 初めからどのような装飾をするか決められていたおかげか、思った以上にスムーズに作業は終わり、外が暗くなり始めた頃には電飾をつけ、出来上がりを見ることが出来た。
 目を輝かせてその様に魅入っている真宵と春美に微笑みながら、神乃木が何かあたたかいものでも入れようと店に戻っていく。
 その背を追うように、成歩堂もまた店へと戻っていった。
 「………?」
 何も言わずに店に戻っていく成歩堂の背中を、御剣と飼い犬が同時に見遣る。首を傾げる様まで同じで、近くにいた響也が苦笑を浮かべた。
 「あれ?成歩堂さんと神乃木さんは??」
 まるで気づいていなかった王泥喜は、周囲を見渡しながらようやくそのことを口にいした。先ほどまで真宵たちと一緒に自分たちの作業の出来映えに見惚れていたせいで、すっかり背後の動きに気づかなかったらしい。
 王泥喜の言葉に真宵と春美も後ろを見遣り、二人がいないことに気づく。
 そうして笑いながら、その更に奥の、明かりのついた店内に目を光らせた。
 「はっは~ん、寒がりななるほどくんはあったまりにいったな!ハミちゃん、あたしたちも行くよ!」
 悪戯をしにいく子供のような声で言いながら、真宵は我先にと駆け出した。
 やはり明るく響く声で真宵に応え、春美もまた、真宵を追って駆け出した。さした距離のない小道を楽し気に笑って駆ける少女たちとクリスマスのデコレーションは、思いの外上等の映像だった。
 自分たちの努力がきちんと目に見える形で確認できたパティシエたちは満足そうに頷きながら、二人を追うように歩き始める。
 「やれやれ、ようやくサンタの正体が解りましたね」
 「ああ、アニキもそう思うかい?」
 「むしろそれ以外あり得ないでしょう。彼ですからね」
 女子供には甘いのだと、呆れたように呟きながら霧人は店内へと続くドアを開けた。
 同時に、歓声が聞こえる。………やはり予測は正しかったと確信して、響也は兄を見遣って笑んだ。霧人もまた、あまりにも想像通りの光景に苦笑を浮かべている。
 後ろでまだ何事かと悩んでいるのか首を傾げている王泥喜と、いなくなってしまっていた成歩堂を探すように周囲を見遣っている御剣がいることは、すでにいつものことなので二人は気にしなかった。
 視界の中にミツルギがいなかったのは、おそらくスタッフルームの方に回っているせいだろう。犬にキッチンを過らせるわけにはいかないと、ミツルギ自身がちゃんと理解してそれを守っていた。
 そんな面々の耳に、喜色に溢れた真宵の大きな声がまた響いた。
 「ねえねえ、これ、食べていいの?!」
 「うん、今日手伝ってくれたからね」
 勢いよく迫ってくる真宵に成歩堂が笑う。真宵は千尋の妹だけあって、味にはうるさい。そんな彼女が喜んで食べたがることが、何よりも微笑ましく嬉しいのだろう。
 真宵の後ろで、春美もまた目を輝かせている。可愛らしい二人の様子に目を奪われていたが、春美の様子にようやく話題となっているものへ視線がいく。
 彼女の視線の先にあるのは、小振りなケーキだ。といっても、小さなホールケーキとして通る大きさはある。
 ドーム状のそのケーキは、ひとつは薄桃色で一つは黄色かった。おそらく薄い桃色の方はストロベリーピューレを、黄色い方はマンゴーピューレを使用したものだろう。それが愛らしいウサギとヒヨコにデザインされていた。
 これならば味だけでなく少女たちには見た目だけでも欲しくなる代物だっただろう。思い、響也は感心したようにそれを眺めた。表面はムース状に仕上げてナパージュでコーティングしているが、中身は何を入れているのか。パティシエとして興味をくすぐられた。
 同時に、ぱっと手のひらが目の前に迫り、響也は何事かと、きょとんとその手の持ち主に目を向ける。そこにいたのは、少しだけ警戒したような顔の真宵だった。
 「響也さん、ダメだよ!」
 「えっ?」
 「これはハミちゃんとあたしのなんだから!欲しいっていってもあげないよ!!」
 どうやら食べたいから眺めていたと勘違いされたらしい真宵の言に、響也が目を瞬かせる。それを見遣りながら、真宵の後ろにいた成歩堂が軽く真宵の頭を叩いた。
 「コラ、真宵ちゃん!響也くんは新しいケーキだからどんなものか見ていただけ!君と違ってそんなに食い意地張ってないよ」
 「わからないよ!油断させておいてパクっ!っていっちゃうかもしれないでしょ?!」
 「…………大丈夫だよ、君からケーキを奪ったら呪われそうだしね」
 苦笑しながら仲のいい兄妹のような成歩堂と真宵のやり取りを見つめ、改めて否定をした響也に成歩堂が軽く頭を下げる。
 相変わらず過保護な男だと霧人はそんな様子を眺めながら、いつの間にこんなものを作っていたのかと、随分作業の効率化が上手くなった成歩堂に驚いていた。
 そこに、廊下側のドアが開かれ、神乃木が現れた。よくよく考えてみると、真宵の歓声が上がった時点から、彼の姿はキッチンになかった。
 「お嬢ちゃんたち、カフェ・オ・レも入ったぜ。スタッフルームで食っちまいな」
 そういって自分の背後を指差した神乃木の手にはなにもない。おそらくスタッフルームに既に並べられているのだろう。
 コーヒーを入れるといっていたからキッチンで入れるものかと思ったが、どうやらスタッフルームのものを使用したらしい。
 「わぁ、ありがとうございます。じゃあ、あたしがケーキ運んじゃうね!」
 ケーキの前で目を輝かせている春美に声をかけながら、真宵が慎重な手つきで両手で二つのケーキを持ち上げた。それを見た神乃木はそっとドアから離れ、スタッフルームのドアを開けるために廊下の方に身を滑らせる。
 神乃木の様子からパティシエたちの分も入れ終えているらしいことが見て取れ、男性陣もそれに続こうと歩き出そうとした瞬間、成歩堂の腕が引かれた。
 誰だろうかと疑うこともない。若干下から引き寄せられるこの感覚は、まだ小柄な春美にしか示せないものだ。
 「春美ちゃん?」
 すぐにでも真宵を追いかけるものと思っていた春美の反応に、成歩堂が首を傾げる。
 振り返りながらの問いかけの声は、下を向いて思い悩んでいるらしい春美には、もしかしたら聞こえなかったかもしれない。思い、成歩堂は向き直ってからもう一度彼女に声を掛ける。
 「どうかしたかな?」
 もしかして嫌いなケーキだったかと悩むが、少なくともいままで春美が食べることの出来なかったケーキはなかった。使用した材料もまた、嫌うようなものは含まれていないはずだ。
 もしかして昼間のことを気にしているのかと問おうとした瞬間、ぱっと顔を上げた春美が、ようやっと声を出した。………ひどく、真面目な顔で。
 「あの、よろしいのでしょうか、いただいてしまっても………」
 「………え?」
 「あれは、その……お店の商品であって、いつもいただくようなものとは………」
 いつも遠慮深い春美にあげるケーキは、店が終わったあと、売れ残ったものだった。勿論、中には完売してしまう時もあるので、こっそり数個を先にしまっておくこともあったが、春美はそれを知らない。
 おそらく真宵辺りは勘づいているのだろう、たまに欲しいケーキが無くなりそうだと、事前に打診してくることもある。もっとも、それも自分のよりも春美が好きなものを優先している。
 妹のような春美を真宵はとても大切にしていた。そんな様子が微笑ましくて、他のパティシエに苦笑されながらつい我が侭を聞いてしまうのだけれど。
 そんなことを思いながら、成歩堂は目の前で恐縮してしまっている春美に笑いかけ、優しくその肩を叩いた。
 「いいんだよ。ほら、新しいケーキっていっただろ?」
 じっと見上げる春美に言い聞かせるように言うと、思い出したのか、彼女は神妙な顔のまま頷いた。それを確認して、成歩堂は頷きながら春美の背中を押す。
 「まだメニューに出すか検討中なんだ。だから、味見してくれると僕も助かるよ」
 真宵ちゃんと一緒にと付け加えると、春美はひどく幸せそうに笑んだ。それを見つめて成歩堂の笑みも柔らかくなる。
 「じゃあ、食べてくれるかな?」
 「はい!喜んでいただきます!」
 両手を合わせ、歓喜を身体全部で表現するように飛び跳ねる春美の様子を、成歩堂が幸せそうに眺めた。ドアの奥から春美を呼ぶ真宵の声が聞こえ、春美は慌てて駆け出す。
 その背中を追うように、成歩堂も歩んだ。それに追いついた響也が、廊下に出ると同時に、そっと成歩堂に囁きかける。
 「………成歩堂さん、御剣さんとオデコくんにも、今度声をかけてあげて下さい」
 「へ?なんで?」
 「いえ、とても羨ましそうにあの二人を眺めていて、こちらが隣に立っていて居たたまれませんでした」
 きょとんとしながら自分を見遣る成歩堂に、若干遠い目をしながら報告した響也の後ろで、霧人も同じような視線をしていた。………こちらには呆れが多分に含まれていたけれど。
 「そう?ふーん……じゃあ今度、二人にも何か作るよ。先輩パティシエの味の研究は不可欠だしね」
 僕も随分みんなに味見させてもらったと、楽しそうに笑う成歩堂を見遣りながら、牙琉兄弟は同時に溜め息を吐いた。
 おそらく彼らはそんな研究熱心さから、それを願ったわけではないだろう。そうした意欲がないわけではないけれど、今回のそれはかなり掛け離れた意識からの要求だ。
 それを善くも悪くも気づいていないからこそ、成歩堂は彼らの意識をパティシエとしての努力の一環なのだと信じて疑わない。

 ………成歩堂の苦労は増える一方なのだろうと思いながら、牙琉兄弟はこっそりと後ろに続く新人二人を見遣って、目を合わせると、複雑な顔で溜め息を共有した。









 パティシエたちは成歩堂の作ったケーキが新作でもなんでもないことは解っています。
 だってマンゴーは夏の新作で出したものだから、冬支度真っ最中にまた新作なんて出さないもの。
 でも春美ちゃんと成歩堂のやり取りを中断させてまでそんな胸中複雑な新人二人を書くのもどうよ、と思って割愛しました。
 ごめん、春美ちゃん最優先したよ、今回ばかりは!彼女のためのネタだったんだもの!
 本当は御剣のフォローも春美ちゃんにさせようかなーと思っていたのですが、それはそれで御剣のダメっぷりが可哀想になったので止めました。だから成歩堂がさっさと許して「春美ちゃんと同じだったんだろ~」ということをいってあげたわけです。
 どんどんお母さんのようになっていくなぁ、成歩堂。
 そしてなんだかどんどん牙琉兄弟がいい人に。いい人な霧人さんて。どうなんだろう………。

07.12.4