柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
甘い蜂蜜とハーブティー 菓子と紅茶の関係論(前編) じっとキッチンで焼き上がったものを見つめていた。…………天板一杯に敷き詰められた、綺麗な焼き色のそれ。 ギュウギュウという言葉がぴったりなほど、それはしっかりと天板に収まっていた。1mmの隙もなく、それは一枚の板にすら見えるほどだ。 「………うーん?これで、いいんだよなぁ………」 じっとそれを見ながら、確かにレシピ通りに作った記憶を思い出してみる。 正しいそれに頷き、悩みながらもまだ残っている行程を終わらせようと、果物ナイフを取り出した。 型にはめた状態のまま、その板のような物体を3cmほどの幅のスティックに切り分けていく。熱い状態のままなので、型を押さえる手にはミトンもつけていた。 なんとか切り分けた状態のまま、型から外す事なく放置して冷めるのを待った。 これらの行程全ての区切りがついた所で成歩堂はようやく一息ついて、片付けを全て終わらせた事を確認した後、携帯電話に手を伸ばす。 そうして、アドレス帳に載せられた、飼い犬と同じ名の友人のメールアドレスを表示した。 今日は定休日で、店には誰も居ない。夕方頃、前日の仕込みが終わっていなかった者や、明日の仕込みを先に行う者などが顔を出すけれど、基本的に身体を休めるように言われている。………ただでさえ人が少なくスタッフには無理をしいているので、こうした点では身体を労るように重々伝えられている。 けれどそんな日に、成歩堂はよく店に顔を出していた。勿論、店に残された前オーナーの大切に育てていた観葉植物の世話もある。他にも新作や手慣れていない菓子の練習も行っていた。 こうして練習を重ねれば、行った分の経験値と技術と要領が身に付くし、出来上がったものは相当の失敗がない限りは店に陳列されるので他のスタッフの負担を減らすことも出来る。 まだ担当変更したはいいが未熟で、在庫管理の追いつかない焼き菓子を時折増やしているのも周知の事実だ。なによりもそれらは練習のしやすい教材だから、一番の新人に手ほどきするのに向いていた。 今日はそれの誘いではないけれど、また彼へ連絡をしようと携帯電話を操る。メールの送信履歴には彼の名前がいくつか見えた。 ………不思議なものだと、それを見る度に思う。 まさか自分が彼と友達になれるなんて。………幼い頃、憧れは持っても結局仲良くなるようなきっかけもないまま、彼は親の都合で引っ越してしまった。 大人となった今、再会するとは夢にも思わなかったし、仮にしたとしても、友達になれるなんて思いもしなかった。 その人に、今は、電話を気軽にかける事を許されてさえ、いるのだ。 こんな不思議な縁もあるのだと、小さく笑んで足下にじゃれついてきた飼い犬の頭を撫でた。 もしもこの犬をもらわなければ、あの日彼との再会はなかっただろう。あるいは、彼の名を与えなければ、気づかれなかっただろう。 慈しみを持って育てている飼い犬が首を傾げて顔を覗き込む様に、成歩堂は笑んでしゃがみ、そっと抱き締めるように腕の中に包んだ。 嬉しそうに振られる尻尾に目を細め、同じように嬉しそうに笑いながら、成歩堂は器用に携帯電話を操作して、メールを作成していく。 送信までを終わらせると、優しく犬の背を撫でながら、声をかけた。 「ミツルギ、お昼ご飯を食べたら、散歩に行こうか」 頷く仕草で顔を振り、犬は喜びを教えるように鼻先をすりつけてくる。それを抱きとめながら、もう一言、成歩堂は付け足した。 「それで、御剣の家に行こうな。おじさんが居るっていってたし、折角作ったから、お裾分けしないと」 楽し気なその声の響きに、ぱたぱたと振られていた尻尾が少しだけ弱まった。 けれど、どうかしたのかと顔を覗き込む成歩堂はとても嬉しそうに笑っていて。………その笑顔を見ただけで他の事はどうでもいいような気がしてきたミツルギは、また尻尾を振りながら、大好きな飼い主の頬をひと舐めしたあと、了承を示すように鳴き声を上げた。 ミツルギは大型犬だ。当然ながら、体躯は良い。その上運動量もかなり必要とする。それなりの疲労がなくては寝付きも悪いし不調の原因にもなる。 だからこそ、この愛犬のために飼い主である成歩堂は散歩を欠かさない。毎日自転車で通勤する成歩堂を見てはからかう人たちはいるけれど、自分自身の健康管理のためにもいいのだからと気にしはしなかった。 そんな日課の中、休みの日になると時折入り込むスケジュールがあった。 今まではなかった事だ。……それは、今年の春から始まった、少しだけ特別なスケジュール。 それを思い、成歩堂の唇にそっと笑みが浮かぶ。自転車で駆ける中、隣を走るミツルギはそれに気づいたのか、ちらりと視線だけを成歩堂に向けた。が、その要因は解っているのか、敢えて問いただすような鳴き声はあげなかった。 普段は自転車でなく歩いて一緒に景色を楽しむ事もある。買い物をしたり、広場で遊んだり、色々と。 けれど今日は散歩にもう一つの目的が加えられ、それを果たすためには自転車でなくては都合が悪かった。それは幾度も繰り返されていて、ミツルギも熟知していた。 自転車が曲がるのに合わせて、ミツルギの足も地面を蹴る。 軽快なダンスのように同じように動き、目的地まで指示無しでも行けるくらいには、ミツルギはもうそこへのルートを覚えている。 頭のいい飼い犬の様子を確認しながら、段差を乗り越える度に、成歩堂が自転車のカゴに注意を払った。鋭くはないものの、何か音がする。それはカゴの中に壊れやすいものがある事を指し示す仕草と音だった。 飼い主の様子に心配そうに見上げて、大丈夫かと問うようにカゴを見つめれば、成歩堂は笑んで声を掛ける。 「あともう少しだしね、平気だよ」 いつもの事だと明るく成歩堂は言って、ペダルを踏み込んだ。 加速した車輪に合わせるように、軽快にミツルギもまた、速度を増す。愛しい飼い主との距離が離れないように、楽し気に二人きりの散歩道を駆けた。 程なくして目的地が見えてきた。閑静な住宅街の中の一軒の家。見慣れたそれにもうすぐだとミツルギに声をかけた成歩堂は、いつも通りに窓から見える友人の姿に苦笑した。 初めは外に出ていたので驚いたものだ。家に友人を呼ぶという事自体がなかったせいで、どうすればいいのかが解らなかったらしい。 苦笑しながら自室で待っていればいいのだと教えれば、彼はそのままやってくる自分たちがすぐに見える窓から外を眺めるようになった。 そのため、成歩堂が自転車を止めて脇に寄せるのと、御剣が玄関のドアを開けるのは、大抵同じタイミングだった。 それを見遣りながら、成歩堂はカゴからトートバックを取り出した。厚手の布で出来た、しっかりとしたそのトートバックの中からカチャリと音がして、食器の類いが入っているだろう事を思わせた。 いつもの仕草を玄関から顔をのぞかせて見ている御剣の姿が、どうしても足下の飼い犬の仕草と重なり、成歩堂は笑うのを堪えるように苦笑して声をかけた。 「チャイム鳴らすまで適当に待っていればいいっていっただろ?」 「………ム」 解ってはいるのだろう御剣は、成歩堂の言葉に困ったように言葉を詰まらせた。 会えるのだと思うと、それまでの待つ時間が酷く長い。じっと自室にいるにしても、なにも手につかないのだ。 それならば外を眺めて少しでも早くその姿を確認したいと、つい彼に言われるのを解っていながらも窓辺に寄ってしまう。自戒は、あってなきが如しだった。 告げる言葉が探せずに困惑した顔で自分を見る御剣に、成歩堂は吹き出すように破顔して、一歩近づきその肩を叩いた。 「まあいいけどね。でも、本当に気にしないで、いいんだよ?」 無理をしているのでなければ構わないと成歩堂はいって、足下のミツルギに声を掛けるためにしゃがんだ。 「じゃあミツ、いつも通り、庭にいるんだよ?行儀よくしなきゃダメだからな」 頭を撫でながら言えば、頭のいい犬は承諾するように頷いて、尻尾を振りながら飼い主の肩に鼻先を押し付けたあと、勝手知ったる庭への道を歩いていく。 御剣の両親は寛大で、犬を飼っていないけれど自宅に招き入れることも許してくれている。けれどそこまで甘えるわけにはいかないからと、ミツルギは庭で待機しているのが常だった。 もっとも、そこもリビングから一望出来る場所なので、たいした距離はない。その上、寒い時期でない限り、大抵はガラスドアを開け放してくれるので同室にいるも同然だった。 甘やかされているなと自身の飼い犬を御剣と二人で見送り、尻尾が角で消えたのを確認すると、成歩堂は立ち上がって御剣の示すまま、玄関へと向かった。 どこか御剣は機嫌がいい。大抵自宅に招かれた時は機嫌が良かった。それを家族思いであるが故と考えて、成歩堂もどこか嬉しそうに笑っている。 どこか、御剣は人を拒む面がある。はっきりとした拒絶ではなく、近付き難さを漂わせてしまうのだ。本人に自覚の有無があるのかは解らないが、それが彼がコミュニケーションを得意としない理由の一端であろうと成歩堂は思っていた。 だからこそ、家族を思う姿はどこか安堵を与えてくれる。彼が愛されて育ったことは明白で、不器用な性格だからこそ今は上手くいかないことが多くても、きっと時間をかければ周囲の人たちに愛しまれることだろうと信じる糧になる。 一歩玄関に入ると、鼻先に甘い、いい匂いが香った。焼き菓子……カップケーキの類いだろうか、スポンジの甘い匂い。 それに顔を綻ばせ、成歩堂は嬉しそうに笑みを浮かべながら御剣に続いて靴を脱いで中へと入り込んでいった。 香りの元は、廊下の更に奥、キッチンからだ。微かな生活音も一緒にする。キッチンと、その隣のリビングからだろう。それだけで成歩堂は気持ちが軽くなるような、そんな浮遊感を味わった。 「お邪魔します」 軽やかな声で成歩堂が言えば、奥から明るい御剣の母親の声が響く。同じように、父親の声も重なった。 斜め前を歩く御剣を覗き見てみれば、彼も穏やかな顔をしている。………彼が両親をとても大切にしているのが解る。そのせいか、この家の雰囲気はいつだって…それこそ、つい最近窺うようになった成歩堂にさえ居心地いいほど、あたたかかった。 「?どうかしたか?」 突然自分を見遣った成歩堂の行動に不思議そうな顔をして御剣が声を掛ける。それになんでもないと答えながら、彼が開けたドアに勧められるまま入りこんだ。 同時に、カップがソーサーに乗せられる音と、豊かな低音が響いた。 「やあ、いらっしゃい」 ソファーに腰をかけた御剣の父親が成歩堂を見遣って、優しく笑んで歓迎を示すように声をかけた。それに嬉しそうに頷きながら、成歩堂も挨拶を返す。 「こんにちは、お邪魔します」 「いらっしゃい、成歩堂くん。いまマフィンをお出しするわね、ソファーの方にかけてくれるかしら?」 「あ、おばさん、ありがとうございます、ご馳走になります。えっと、あと、これを」 成歩堂の返答に繋がるように声をかけた母親の声に首を回しながら、成歩堂は父親と母親のあいだでキョロキョロとしながら会話を続けている。 母親の言葉に成歩堂が差し出したのは、トートバックだった。 それを受け取り、母親はそっと中を覗き見る。入っているのは、フィンガーサイズの焼き菓子。あまり見覚えのない形体のそれに、目を瞬かせる。見た目としてはクッキーのようにも見えるが、表面の凸凹具合から、薄力粉以外のものが使われている事は解った。 「フラップジャックって言うお菓子です。この間おじさんが言っていたので……」 「わざわざ作ってくれたのかい?」 驚いたような声で父親が話に入り込んだ。いつの間にか御剣の隣に立っていて、母親の手元を覗いている。 トートバックの中の菓子に見覚えがあるのだろう、父親は目を細めて嬉しそうに笑んだ。それを見て、成歩堂ははにかむように嬉しそうに笑う。 そんな三人を眺めながら、一人置いてけぼりをくらった御剣がむっと眉を顰めた。そしてそのまま成歩堂の腕を掴むと、引き寄せるようにして歩き始める。 「…………成歩堂、取り合えず、こちらへ」 「へ?え、あ、うん」 唐突な御剣の行動に目を白黒させながらも頷いて成歩堂が従う。両親はそんな様子を見ながら苦笑して顔を見合わせた。 自分たちもお気に入りの息子の友人は、息子にとっては大事で仕方がないらしく、時折こんな風に子供じみた態度で取り返そうとする。まるで幼い頃には出来なかったコミュニケーションを今再現するかのようで、親としては嬉しいような困るような、複雑な思いだ。 なにより、大切な息子の数少ない友人である事を差し引いても、二人は成歩堂の事を気にいっていた。朗らかで懐が深く、自分たち両親ですら途方に暮れるほど不器用な息子に、諦める事なく製菓技術を教えようと心砕いている優しさが見ていて好ましかった。 なによりも、彼がいると明るくなるのだ。なにが、と明確には言えない。敢えていうのであれば、無邪気さからはほど遠く育った息子が、だろうか。 今も、そう。 成歩堂を誘ってリビングのソファーへと赴いた二人を眺めて、両親は柔らかく顔を綻ばせる。 ソファーに座った成歩堂と、それを見下ろす御剣。一言二言を躱して、笑んだ成歩堂が何かを告げれば、御剣の顔が、柔らかくほころぶ。 ………26年間手元で育て共に時間を過ごしながら、ついぞ見る事のなかった、大切なものを前にして綻ぶ、微笑み。 満足そうにそれを眺めて、母親は手にしていたトートバックを夫に渡すと先ほどまで準備をしていた皿に、ようやく焼けたマフィンを盛りつけ始めた。 トートバックの中には、フラップジャック。おそらく初めて焼いたのだろう。以前このイギリス菓子の事を教えた時に、成歩堂は存在は知っていたけれど、まだ作った事がないといっていたのだから。 ただ、その焼き菓子とは思えないしっとりとした食感や、ブラウンシュガーを使ったコクのある濃厚な甘み、オートミールの独特の歯ごたえが混ざり合ったとてもユニークで紅茶に合う菓子だと教えた時の、好奇心に溢れた子供のような眼差しを思い出す。 探究心とともに差し出されたのは、純然たる好意だろう。作る事が出来たなら、きっと笑顔が見られるという、子供のように純乎な願い。 息子が彼の店で働くきっかけとなった、自分が息子に与えた言葉への、彼の解答を思い出す。 …………誰かの幸せを祈れる、その意識。 どれほど弁護士として有能で、完璧に事実を立証出来ても、御剣の中には欠けていた絶対不可欠の意識。 それが、成歩堂と関わる時だけは、見えるのだ。自分たち家族に向けるものではない、尊敬でも親近の情でも感謝でもない、心から相手の幸せを願いその腕を伸ばす意志。 それはどこか、祖父が祖母へと与えていた情の豊かさに似ていて、祖父の不器用さを見事に受け継いでしまった孫の、不憫さと愛しさとを垣間見せた。 きっと、この子は彼を大事に愛しむのだろう。どんな関係性であれ、彼のためになろうと、努力を重ねて。 己の意のままになどなりはしない不器用な両手を抱えながら、それでも鬼門とさえも言える分野で力になりたいと奮闘するだろう。 「………あなた、素敵な友達を見つけてくれてよかったですね」 にっこりと、手に焼きたてのマフィンをのせた皿を持ちながら、妻は微笑み幸せそうに告げた。 それに同じ笑みを返しながら、妻の評する素敵な友達の作ってくれた香ばしい香りを奏でるフラップジャックを取り出した。 両親がキッチンを出てリビングへと向かうと、ソファーを離れた御剣がすれ違った。 問いかける事もなく見送って、息子の代わりに両親は成歩堂の対面のソファーに座った。奥のガラスドアの先の庭には、行儀よく成歩堂の飼い犬が座っている。 今日は天気がいいからと、母親が気を利かせてガラスドアをあけると、感謝するようにミツルギが一声鳴いてもう一歩前に進み、室内との境界線ギリギリの所で寝そべった。 それはまるでCHIHIROでキッチンとフロアとに隔てられている時のような姿で、成歩堂は困ったように笑って母親に礼を言う。 優しい空気が、また、流れる。 それに目を細め、両親は息子が大切な友人のための紅茶を入れて戻るまでの暫しの時間、その友人との会話を楽しむように、微笑んだ。 テーブルには焼きたてのマフィンとフラップジャック。 飲み物はアッサムを。 あなたに幸せを捧げるために作られた あなたのための菓子と紅茶 さあ、一緒に食べましょう 幸せのお裾分けを、どうぞ。 御剣一家お気に入りの人になっちゃったね、成歩堂。 ………というか、こんな穏やかな父親と母親の間に生まれて育てられて、なんで御剣に育っちゃったの?(オイ) うちの成歩堂は御剣父…つまりは信さんが大好きですよ。頼れるお父様!(笑)御剣とは真逆な感じの人で、大人らしく落ち着いていらっしゃる上、かなり寛大。 御剣には『自分がしっかりしなきゃ!』的な意識の強い成歩堂も、お父様の前では無邪気な子供っぽさが出る感じですね。 ちなみにりゅーちゃん時代に一緒だった霧人さんの前では無邪気になるのではなく、盛大に強がります。まあ無意識の甘えも若干あるのかもしれないけどね。 御剣との再会の話とか、お父様との初めての出会いとか、書きたいのはあるんですが、如何せん気の赴くがままに書き綴る質なもので。未だ果たせていませんね。 あとはクリスマスの話も書きたいな!めっちゃ忙しいんだよ、前夜!ほぼ貫徹!! そんな中、一応役に立てたらしい御剣とか。周囲に心配されて甘やかされても奮闘している成歩堂とか。負けず嫌いだから誰よりも一生懸命頑張っている霧人さんとか(それに感心して褒めている成歩堂に拗ねる御剣とオドロキくんとか)書きたいのですが。 ………ひとまず私がクリスマスケーキを自作して楽しんだあとじゃなきゃ書く気になれないんです、ごめんなさい。 07.12.13 |
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