柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
幼かった頃、思っていた 03 不器用な私 ふと気づくと見覚えのある通りに佇んでいた。周囲を見渡せば、その記憶に間違いはなく、このまま進んでいけばほどなくホテルがそびえ立っていることだろう。そしてその眼前のビルの中、友人の事務所がある筈だった。 何故と考えるまでもなく、無意識の行動というものは欲求に正直なものだと痛感する。 会いたいと、思ったからだろう。それを有耶無耶にするために町中を当てもなく歩んで気を紛らわせていたのが、逆に仇となったのだろうか。いつの間にか自分の足は願いのままにその人物のいる場所へと赴いていた。 かといってその願いのままに扉を叩くわけにもいかない。………一年前ならいざ知らず、その後の自分の行動を考えると、そう簡単に彼の領域に踏み入れることを許されるとは思えなかった。 身勝手な行為だっただろう。彼は幾度となくその腕を伸ばし、自分を支えたいと、守りたいのだと、惜しみなく情を与えて教えてくれていたのに。それら全てを振り切って行方を眩ませた。もう二度と彼に会う意志もなく、全てを切り捨てるために、死を匂わせまでして。 にもかかわらず、やはり身勝手な理由で自分は帰ってきた。それを彼は憤りの後の許容で、受け入れてくれたけれど。 全てを元通りになど出来る筈がない。それを自分は知っている。そして、自分に差し出された好意の全てが一年前と同じままに残されていると自惚れることが出来るほど、自分に価値はないのだ。 どれほど多くの傷を、自分は与えただろうか。思い返すだけでも居たたまれなくなる。己の行動を恥じるつもりなどなく生きてきたけれど、この先だって同じように生きるのだろうけれど、それでも、思う。 彼を前にした時、全てが瓦解しそうだ。 自分とはまるで違う価値観念でもって突き進む、信じることを糧に生きられる生き物。それはおとぎ話の中の生命にほど近い、純粋さだろう。自分には到底理解は出来ないし、同じになることも不可能だ。 それでも、解らないのだからと切り捨てられないと、今なら思う。知りたいし失いたくはない。あの信頼に応えることが出来るなら、どれほどの至福を味わうことが出来るのだろうか。………感謝の情で自分を許し受け入れてくれた、二度目の再会の後の彼を思う。 幾度彼を傷つけただろう。その身に癒えぬ傷を与えたのは、いつだって自分だっただろう。そのくせ彼は、その度に自分を許し受け入れてくれる。 今までの人生を後悔など、しない。出来る筈もない。それでも、思うことがないわけでも、ないのだ。 彼に与えた傷を少しでも癒したいと願うことは愚かだろうか。きっと幾度だって同じ真似を繰り返してしまうこの腕は、傷を癒す筈が抉ることとてあるのだろうけれど。 それならば近づくことなく見守る存在として、彼と同じ理想を追い求めていけばいいのに。自分が近づくからこそ、真逆の性質同士のうち冷たく鋭い切っ先をもつ自分の感性が彼を貫くのだから。 それでも、自分は彼の傍にありたいと、願った。 ……………この矛盾は一体なんなのか、今もまだ、解りはしないけれど。 「あれ……御剣!」 ぼんやりと歩んでいた背中に、声がかかる。一瞬、それが誰のものか判じることが出来なかった。否、誰のものかは嫌になるほど解っていた。ただ、それが現実か夢想かの判断がつきかねた。 軽く首を振り、周囲を見渡す仕草をすれば、タッと足音が響く。数秒後、背中を軽く叩かれ、促されるようにして振り返った。 そこには想像通りの友人が佇んでいる。笑顔さえ浮かべて。 「私服ってことは……今日は休みか?」 「ム。……そうだが」 珍しそうに自分を見つめる彼の視線から逃れるように腕を組み、顔を背ける。真っすぐに相手を見つめて受け入れる彼の視線は、どうしてもまだ慣れることが出来ない。全てを見透かされそうで、怖いのだ。………もっとも、彼に見破られて困ることなどない筈なのだから、今更の恐怖とも思うけれど。 それを相手も理解しているのだろう、まじまじと見ていた視線を一度瞬きをして押し止め、苦笑を浮かべて頭を掻いていた。小さな声でごめんと呟く彼に頷くことで承諾した。 「えっと、なにか用事があってこの辺に来たの?」 謝罪を受け入れた後も黙して語らぬ自分に躊躇いがちに彼が問いかける。その音を耳に響かせながら、ゆっくりと思考が巡り始めた。この時点でようやく、自分が混乱していたことに気づくのだから、鈍感になったものだと溜息が漏れる。 それに彼が小さく反応して、しゅんと眉を垂らした。 何事かとぎょっとして彼を見れば、困ったような笑みを浮かべて、また小さな声でごめんと謝罪を口にする。 今度の謝罪はその理由が解らず、顔を顰めてしまう。意味のない謝罪を受け取るわけにはいかない。彼が自分に謝るべきことなど、ある筈がないのだから。 顰めた顔に自分が理解していないことに気づいたのか、あるいはなお不機嫌になったと勘違いしたのか、彼は顔を逸らして小さくまた、謝罪を口にし、言葉を続けた。 「プライベートまでつっこんじゃ駄目だよな。ごめん、考え無しだったよ」 不愉快にさせるつもりはなかったのだと、彼は俯くように顔を伏せた。消沈したというべきだろう。 それをどう否定してみればいいのか解らず、ただ狼狽えるように彼を見つめる。途方に暮れた思いで唇を噛み締めてみれば、ちらりとこちらを見遣った彼が、寂しそうに顔を歪めて自分を見つめた。 …………また、なにか彼を傷つけたのだろうか。 自分は彼と対等でありたいと思うのに、いつもそれが空回りして、彼に多大な傷を押し付けてしまう。また知らぬうちに与えた痛みに、彼が離れてしまうのではないかと思った瞬間、腕が伸びてしまった……らしい。 「……………へ?」 間の抜けた彼の声が、微かな沈黙の後に響いた。同じ言葉を口にしたい新居のまま、意志とは無関係に伸びていた腕の存在を持て余した。 車通りはあっても人通りの少ない道で良かったのだろうか。取り合えず、今この場には通行人がいないことは互いにとって喜ばしいことだろう。少なくとも、いい歳をした男同士で腕を掴んだり睨み合ったりなど、不穏なことこの上ない。 しかし冷静に現状分析をする脳とは裏腹に、行動はどうしようもなく稚拙だった。どうすればいいのかが、解らない。掴んだ腕を手放すことは出来ず、かといって上手く言い逃れが出来ない。法廷での饒舌さが嘘のように、彼に告げるべき言葉が見つからず、その葛藤を伝えるように指先に力が込められた。 痛みがあったのだろう、微かに彼が眉を顰める。けれど腕を放せない。彼も、腕を掴んだ瞬間の、戸惑うような取りこぼしの音以外は、発さない。 ほんの数秒の沈黙。互いだけを見つめ合った、奇妙な凝固。 食い入るように……それこそ喰らい尽くすように、眼差しだけを彼に向ける。そうすることで言葉にならない何かが形成されるような、そんなあり得ないことを祈った。 彼は自分の眼差しから逃れようとはせず、同じように見つめ返す。まっさらな、視線だ。自分のように激情を宿すことはなく、静かな夜半の月のように瞬いていた。 不意に彼は小さく笑んだ。………動かない自分と紡がれない言葉に焦れたわけでもないだろう。それはその笑みの穏やかさで知れた。 見惚れたかのように視線がそれに注がれる。相変わらず、言葉は出なかった。 彼は表情を崩すことなく、不愉快さを表すわけでもなく、ただ、問うようにその唇を開いた。 「なあ御剣、時間、ある?」 「…………ム?」 唐突な言葉に、脳が一瞬理解を遅らせた。漏れた音に言葉の足りなさを感じたのか、彼は首を傾げてもう一度言葉を付け加える。 「あるなら、お茶くらい、出すよ?」 それ、は。事務所に招かれたという、ことだろうか。 目を瞬かせて驚きを示してみれば、彼はそっと自身の腕を掴む指先を撫でた。先ほどよりもなお強くなった力は、おそらく彼の腕に痣くらい残していただろう。けれどそれを責めはせず、不満も口にせず、まるで大丈夫だと窘めるような優しさで、それは触れた。 「いい……のか?」 戸惑いを乗せて問いかける。まさか、彼から事務所に招かれるなど、思いもしなかった。仮に自分が尋ねる旨を伝えたとしても、断られるとばかり思っていた。 事務所と言えど、そこは彼の空間だ。依頼人でもない、むしろ商売敵といっても過言ではない、法廷で対峙すべき自分を快く受け入れてくれる理由などないだろう。………友人というその立場すら、今はあやふやで危惧すべき脆さを孕んでいるというのに。 「なんで?御剣が嫌じゃないなら、いいよ」 彼は不思議そうにそう告げて、ポンと軽い調子で肩を叩いてくれた。緊張しなくていいというような、まるで何もかも看破しているような、仕草で。 そうして目線だけで受け入れていることを知らしめるように優しく柔らかく笑みを綻ばせ、歩んだ。 「御剣」 もう一度自分の名を呼び、選ぶ自由を与えるように、立ち止まって振り返る。もしも仮に今、用があるといって断っても彼は何も言わず頷いてくれるのだろう。全ての選択権を、彼は自分に与えてくれている。 それは、どこまでの許容なのだろう。…………手酷い裏切りばかりを繰り返す自分に与えられるには、過ぎた情だ。 思いながら、それでもその誘惑は抗い難く、ここに辿り着いたのと同じく無意識で、足が動いた。 一歩、彼に近づく。自分の行動に気づいて驚くより早く、彼が笑んだ。 とても嬉しそうに綻ぶ笑みに、胸が痛む。………痛むくせに、ひどく暖かい感情が湧くことを、自覚した。 「……、……………」 何か、彼に伝えたくて唇を蠢かすも、言葉にはならなかった。 彼はそんな自分を見て再び微笑み、歩むことを促すように頷いてから、そっと前を歩いた。 早くもなく遅くもなく、ゆったりと前を歩く。いつでも彼の隣に行けるように。あるいは、声をかけ拒めるように。 思い返せばいつだって、彼はそうだった。強引なほど真っすぐに情を突きつけるくせに、不意にそっとその足を押し止め、選択の余地を自分に与えた。そしてその度に彼を傷つけてもなお、彼はその腕を伸ばす。 その結果が今だというなら、この関係性の基盤は、全てが彼に因って為されたものだろう。 それならば、自分は今後、これを壊さぬ努力をしなくてはいけない。与えてくれた全てを返せるように、彼を二度と傷つけないように。 それが可能かどうかなど、考えることもなく それがどういった意味であるか、考えることもなく ただ漠然と、思い知る ………………彼が傍にいるという、この、安堵を。 そんなわけで2での宣言通り失踪から帰ってきた直後です。 でもまだ自覚はない。けど自信がないのはあからさまです(笑)今度何かやらかしたら折角許してくれたのさえ全部おじゃんになるんじゃないかなーという感じで。 その上傍にいることも躊躇っていて、電話もメールも出来ないような状態。まあ電話掛けて出てもらえなかったり、メール送って返事がなかったりとか考えると初めからしない方がいいという結論になるのでしょう。 成歩堂の方は初めの再会後からもう大分達観し始めているので、一度許してしまえば全て許容するぐらいの勢いです。むしろそうでなきゃ、この御剣を傍になどいさせられないだろうな、と思う。 だって面白いくらい、身勝手なんだもん。まあお互い様、なんだけどね。 07.10.23 |
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