柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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構わないと言われて
それに甘えるように、自分の願いを添わせた

彼は優しくて
拒むことも求めることも、知らない
だから恐らくは、知りはしないのだ


傍に置くということの、意味を

なにを求めそれを願うのか


決して、知りはしないのだ…………





05 抱きしめたいから



 手の中で弄っていた携帯電話が震えた。
 予想通りというのか、あるいは唐突にというべきか、難しい。先ほど送ったメールへの返信は既に受け取った筈なのだから、やはり唐突にと考えるべきなのかもしれない。
 現実逃避のように画面に映される名前を眺めながらそんなことを考える。先ほどの返信では了承の旨が記されていたけれど、再びメール受信をしたというなら、その内容は撤回が妥当なところだろう。
 微かな溜め息を吐いてメールを開いた。簡潔な、質素とも言うべき必要最低限の内容だけのメール。存外理知的な相手はあまりメールでの言葉遊びをしないらしく、自分同様、不要な言葉を交えず用件のみを書き記していた。
 あるいはそれは自分に合わせてくれているだけなのかも知れないが、おかげで彼とのメールのやり取りは気楽なものだった。下手に裏を読み取らなくてはいけない曖昧な表現がないので、無駄なやり取りをする必要がない。…………その点を鑑みると、やはり彼が自分に合わせて表記を気遣ってくれているのだろうか。
 つらつらとそんなことを考えながら読んでいたメールの内容を反芻する。
 …………………理解したと同時に、眉間の皺が深まったのを感じた。
 「馬鹿か、あいつは」
 知らず呟いた言葉は誰も聞くことはなかった。


 訪れる約束をしていた時間より若干早く辿り着いた扉の前、そこに掲げられた営業終了の板に溜め息を吐く。
 それがなければ小言などしなくても済むものをと思いながら、そっとそれに手を伸ばし、裏返した。
 そこにはテープで雑に止められた、この扉の鍵があった。日中彼からのメールに記載されていた通りの状態に深い溜め息が吐き出される。
 昼時、彼にメールを送った。今日は思ったよりも仕事が順調に進み、上手くいけば定時過ぎ程度で帰れることが解っていたからだ。
 彼が迷惑でなければ食事でも一緒にと思った。…………ただ彼と一緒にいる時間が欲しかっただけでも、理由もなくそれを求めることの出来る立場に自分はいない。
 思い、鬱屈とした溜め息が漏れる。
 いままでずっと人を排除して生きてきただけに、友人とどう接するべきかが解らないなど、小学生でもあり得ない疑問だ。………それでも解らないものは解らないのだからどうしようもない。
 だからこそ、こうしてその距離を掴むために機会がある度毎に彼にメールを送った。電話で声を聞きたいと思わないわけではないけれど、もしも彼の時間に合わぬ時に掛けてしまい迷惑をかけたなら電話を断られるのではないかと思うと、踏ん切りがつかなかった。
 その点メールであれば相手の時間の空いた時に返信が出来る。それであれば少なくとも連絡を取ったことが迷惑には繋がらない。
 …………もし彼に知れれば卑屈なほどの考え方だと呆れられそうだが、実際少しでも彼に拒まれる可能性があるなら、全てを排除したいのが実情だ。
 自分にとって彼は難問だ。解ることの方が少ない。再会した当初思っていたことが幾度でも蘇る。………自分は、彼を理解出来ず、同じように彼もまた、理解出来ないだろうという、その事実を。
 彼はそれを知っていて、だからこそ解りたいのだと腕を伸ばし続けてくれた。幾度切り捨てても伸ばされた腕の意味を、ようやっと知ることが出来たのは、多大なる傷を彼に刻んだ後だと言うこの不様さも今更だろう。
 悶々とそんなことを思い、目の前に晒されている鍵の存在を少しでも認知することを拒んでも意味はなかった。それは確かに存在するのだから、消える筈もない。
 それを剥がし、もう一度深く溜め息を吐き出す。
 警戒心がないのか呑気なのか、あるいは単にズボラなだけか。少々出掛けて遅れるかもしれないと返信されたメールの最後には、だからこの鍵を使って中で待っていて構わない、と続けられていた。
 …………こんな単純な隠し方をしたのでは、自分以外の人間にだって見つかる危険性は高い。そもそもいくら彼の経済状態を知っている自分ではあっても、他人にあっさりと事務所の鍵を預けること自体が信じ難いことだ。どんな犯罪に巻き込まれるか解らないといったところで、きっと彼は不思議そうに自分を見つめるばかりなのだろうけれど。
 彼は、どこか無垢なままだ。
 ………自分と同じ法廷を経験しているのだから、人がどれほど信用するに足らぬ愚かな生き物か、嫌でも突きつけられている筈なのに、それでもまるで頓着せずに当然のように目の前にいる人間に情を寄せ信頼を送る。
 それは幾度も彼から遠ざかった自分に対しても同じで、こうしてこの事務所に訪れることを許され、あまつさえ鍵を預けられるような真似までされているほどだ。
 手のひらで弄んだ鍵をドアに差し込み、閉ざされていた扉を開けた。
 この鍵の持ち主の意図など自分には解らないし、考えてもきっと彼の思いとはまるで違う結論に至るのだろう。
 どうあっても感性の違う自分たちは、同じように相手を思おうと試みても、何故かすれ違い重ならない。
 それが歯痒くて、怖い。…………いつか彼はその事実に辟易として伸ばしてくれた腕さえ閉ざされるのではないか、なんて。身勝手な恐怖が舞い降りる。
 ようやく手に入れた友人が再び消える恐怖は、そうは拭えない。ましてその因が己にあるのだから、どれほど慎重になっても過ぎることはないだろう。その程度には自分が人というものの感情に疎く、時に苛烈なほどに踏みにじってしまうことくらい、自覚はあった。
 扉を開き、中に入り込むと同時にまた鍵をかけた。ソファーで休ませてもらおうとそのまま正面を向き、同時に静止する。
 視界に入ったのは、この事務所の所長であり友人である、男。眠っているのか目蓋が落とされ小さな寝息が健やかに響いている。
 テーブルには彼が使用している鞄が乗せられていて、同じように青いスーツのジャケットがソファーの角に掛けられている。一応、皺にならないように配慮したのだろうか。あまり意味があるようには見えなかったけれど。
 現状確認を素早く終わらせ、何故にこの状況であるのかを模索する。
 おそらく、思ったよりも早く出先から帰って来れたのだろう。彼がここにいることはそれを物語っている。そして若干自分が来る時間までの余裕もあったのだろう。出掛けて疲れていたので、少し休もうとソファーに座り、………否、おそらくはかなりだらしない格好で身体を横たえたのだろう。標準よりも長い四肢はソファーからはみ出して、いまにも落ちそうだ。
 そしてそのまま目を瞑って休むつもりが、思ったよりも疲労が溜まっていて眠ってしまったというところだろうか。忘れ去っていたのか、そのことを危惧してか、鍵はそのまま予定通りに自分の手に渡る位置に残されたままではあったが。
 本日三度目の深い溜め息をその場で落とし、足音を殺して歩む。
 時間としては、午後6時半前。ある意味一番疲労がピークに達している頃合いだろう。その上やるべきことが全て終わったという達成感があったなら、無防備に寝入ってしまう彼の心境は解らなくもない。………自分に出来るかどうかは別としてだが。
 対面のソファーに荷物を置き、腰掛けようとした時、微かな寝息が若干の発音を伴った。
 起きたのかと視線を向ければ、まだ閉ざされたままの目蓋。むずがるような顔で微かに身体を動かし、眠るのにいい位置を探している。
 あまり大きいとは言い難いソファーで彼が身じろぎしては落ちかねない。顔を顰めて彼の眠るソファーに近づき、起こすことを覚悟でずれた肩を押した。
 さすがにその接触には気づいたのか、眠る彼の睫毛が揺れる。起きたかと少しだけ安堵して彼を覗き込んだ。
 ゆったりと時間を掛けて開かれた双眸は瞬き、影を作る自分の存在に気づいた。
 ……………………同時に硬直した肌が、掴んだ肩越しに伝わった。
 彼の反応に目を瞬かせる。寝起きで顕著だったその反応は、微かな逡巡と凝視するように自分を見遣る瞳との数秒のコンタクトの後、そっと消え失せた。
 「………御剣、来てたんだ。ごめん、寝ちゃってたね」
 そうして彼は起き上がり、苦笑を浮かべて眠っていたことを謝罪する。
 けれどいま聞きたいのはそんな謝罪の言葉ではない。顰めた顔で糾弾するように視線だけで彼に問う。たったいまの、その反応の理由を。
 それは彼にも伝わっていたのだろう。苦笑が困ったような笑みに染まって、逸らされた。
 「成歩堂?」
 問うことは許されないのかと、唸るように彼の名を呼ぶ。どこまでが自分に許されているのかが、解らなかった。
 「驚いただけだよ。そんな顔するなよ」
 彼はそういって、恐らくはひどく深く刻まれていたのだろう眉間の皺を撫でるように指を這わせた。それに不貞腐れたような思いで顔を顰める、また彼は困ったように笑う。どうすればいいかを思い悩むような顔で、それでも、拒否の言葉は紡がぬまま。
 「あんまりね、得意じゃないんだよ」
 「………………?なにが、だ?」
 「……うーん……どういえばいいのか、僕にも難しいんだけどね」
 悩むような口ぶりで彼は顔を俯ける。少しだけその顔に翳りが見えて、法廷で見るあの気丈な面影が霧散した。
 不意に湧いた衝動は、だからこそだろうと、思う。
 …………彼は自分と同じほどの体躯を持つ男で、決して守らなければ壊れてしまうような幼子ではない。それでも不意に、思った。抱き締めて包み込めば、もしかしたら守れるのではないか、など。
 なにから守りたいのかさえ考えもせず、ただそんなことを思った。
 揺れた指先がその衝動を彼に伝えるより若干早く、彼が俯いたまま、小さな声で、先ほどの言葉の続きを囁いた。
 「強いて言うなら……体温、なのかな。傍にいるのは平気なんだけど、触られるのが少し、苦手なんだ」
 気にするほどひどくはないけれどと彼は苦笑して顔を上げ、目を瞬かせる自分を見つめた。
 微かに揺れる彼の瞳。………怯え、ではないけれど……躊躇い、ではあったのかもしれない。
 伝えるべきか否かを考えあぐね、それでも嘘を吐くことも隠すこともせず、自分に告げた。それはあるいは、自分がいま感じた衝動を知っていたから、だろうか。
 触れたいと、思った。………自分をすくい取ってくれたように、彼が辛い思いを感じているなら、抱き締めたいと。
 彼がくれた伸ばす腕との若干の差異には気づきもせず、途方に暮れたように彼を見つめる。
 彼は変わらず苦笑を浮かべて、話を終わらせるように軽く人の額を叩いてからソファーにかけたままだったジャケットに腕を通している。
 それを見つめながら、小さく取りこぼした音が、漏れた。

 「…………駄目、なのか?」

 問う言葉の意味さえ解らないまま。




 願うようにただ、呟いた。








   



 無自覚でこの要求はいかがでしょうか、検事さん。
 思わずこっちがそう問いかけたくなりました。一応このシリーズ(というか連載なのか??)内では御剣が自覚するまでの過程というか、そんな感じのを書こうと思っていたのですが、自覚無自覚あんまり関係なさそうですね、この人。
 なんで状態的にはミツナルではなくミツ→ナル、あるいは友愛状態な筈なんですがね。
 御剣舐めちゃいけないね☆…………そんな気持ちになりました(苦笑)

07.10.24