柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
抱き締めたのは、衝動だった 07 一人じゃないんだよい 小刻みに震えている肌を感じた。 腕の中、ただ呆然とした彼は、小さく震えるばかりで拒む言葉も拒否の仕草も見せなかった。ただひたすらに打ち沈むように、固く閉ざした瞳で痛んでいた。 それが何故かなど、自分には解らない。 体温が苦手だといっていた彼に、それを求めるような真似をしたから困らせたのだろうか。そう思い、謝罪の言葉を彼に差し出せば、彼はただ小さく笑んで、いいのだと首を振った。 どうしたなら彼もまた自分の感じる安堵を手にしてくれるのかと思い倦ねて、腕の中の肢体を柔らかくまた抱き締める。………小さく息を飲む音が、聞こえた。 それが彼にとって安らぎに繋がらない事を知って、躊躇いと物淋しさを感じながら、腕を解く。 もう一度、謝罪を送る。 許されていたとしても、それでも竦む身体に気づいてしまえば、拒まれる恐怖にただ許しを請いたくなってしまう。 「平気だよ」 彼はまた、笑んでそう告げる。若干、顔色が良くないのは、打ち沈んで見えるせいだろうか。 言葉とその表情のチグハグさに顔を顰める。彼は許してくれるばかりで、本当にそれを好んでいるのかどうかは、いわない。…………もっとも、嫌だといわれても伸ばした腕を我慢出来るのかどうかは、自信がなかったけれど。 それが解ったのか、彼は小さく首を傾げて苦笑を浮かべた。どこか、それは寂しそうにも見える。 先ほど彼は自分に教えてくれた。………一つずつ、きちんと自分に解るようにと、伝えてくれる。解らないと首を振る自分をあやふやなまま放り出さず、理解を願うように、教えてくれる。 体温が苦手で、触れる事に覚悟が必要で、そうして、この年齢だと友達同士で触れ合う機会も少ないのだと。けれどそれは、裏を返せば慣れれば大丈夫だという事では、ないのだろうか。 腕を伸ばしたい衝動は、おそらく消えない。自分とて人に触れる事は好まないのに、彼には触れたいと思ったのだ。それがあっさりと解消されるとは思えない。 幼い頃のように、当たり前に触れる事を許されたい。 触れた体温は、ひどく心地よくて安心するのだ。それが傍らにあったなら、なにも恐ろしくないと思わせるほどに。 なんとそれを伝えれば、彼は納得してくれるのだろうか。 触れたい思いと、それを許されたい思い。………受け入れるというよりは、自分と同じこの感覚を彼にも感じて欲しい、欲求。 言い倦ねて、数度開閉された唇は、けれどやはり音を紡ぐ事はなかった。 それが解ったのだろう、彼はそっとその口を開き、先ほどのように教えを与えるような穏やかさで言葉を綴った。 「ねえ御剣、僕ばっかりじゃ駄目だよ?」 「どういう意味だ」 剣呑な声で問いかければ、彼は困ったように苦笑した。そしてその瞳を微かな憂いで揺らして、首を傾げるように俯かせてから、囁いた。 「色んな人に、触れ合わないと。比較対象がいないから、僕ばっかりになっちゃうんだと思うよ?」 暗に他人とのコミュニケーションをもっと増やせと、彼はいっているのだろう。あるいは交流の機会を蹴るような真似をするなという事かもしれない。 どちらにせよ、自分にとってはあまり嬉しい話ではなかった。正直なところ、彼以外の他人と関わるにはまだ、若干の精神的疲労が付随する。 確かに彼とともにいる事では緊張を余儀なくされる。が、それと同等以上の歓喜もまた与えられるから、享受出来るに過ぎないのだから。 顔を顰め、それが難しい事を示すように彼を睨む。言葉に換えることが憚られるからこその無言の訴えを、彼はきちんと理解して、俯けていた顔をちらりとこちらに向けた後、更に顔を落とし、その表情を完全に見えないものに変えた。 何か自分は悪い事をいったのだろうか。 そう思い、唇を引き結ぶ。………出来る事なら、彼に痛みなどは与えたくはない。彼が自分にくれる安堵と同じものをこそ、自分は返したいのだから。 そうでなければ、こうして傍にいる事さえ、拒まれてしまう。そんな焦りが湧いたとき、彼の声が響いた。 「優しい人はね、この世に一人じゃ……ないんだよ。君が見ようとすれば、必ずいるんだよ?」 だから他の人にも関わって欲しいのだと、寂しそうな声が呟いた。 俯く彼の顔は見えない。どんな表情をしてそれを告げたのか、自分には解らない。 ただ、解るのは、彼が自分を思い悲しんでいる事だ。 ………自分のために、その心を捧げてくれている事だ。 そんな真似をしてくれる人が、他にどこにいるというのだろうか。今までの過去を振り返り、彼に与えた多くの傷を考える。それら全てを許された上、こうしてその心を寄り添え自分の事を憂えてくれるような人間、彼以外に存在する筈がない。 優しい人など、自分は知らない。 それを与えられた事がないなどとは言わないけれど、同等以上の傷と痛みも押し付けられるのが常だ。 彼のように傷すら抱き締めてくれる人を、他に知らない。彼を中心に織りなされた絆以外に、そんな人物、自分は見た事がない。 優しい人は多くいるのだと、彼は言う。………そして事実、彼の周囲にはそんな人物が溢れていることを知っている。けれどそれはひとえに、彼という命に惹かれ集った灯火にしか過ぎないのだ。 自分の周りには、いない。彼しか、いないのだ。 「……………君では、いけないのか?」 手放したくない人を見つけたのだ。かけがえのない友だと、解ったのに。………この先どれほど歳を重ねようと、彼以上の人など見つかる筈がないと、確信すら出来るのに。 それでも彼の傍にいたいと、彼と関わりたいと、それを願う事は許されないのだろうか。 自分の声に彼は顔を上げ、視線を合わせた。それは揺らめき、痛みを表す。………彼の痛みは、おそらく自分が感じる痛みを感知したが故の、痛みだろう。 彼は傷ついたものに敏感だ。その痛みを己の痛みのように受け入れてしまう。 ゆるゆると彼の首が揺れ、違うのだと、小さくその唇が震えた。 「一緒にいたいのは、僕も一緒だよ?ただ……他の人とも、一緒にいたいよ」 一人きりじゃ、人は生きられない。そして、たった二人きりでも満たされないのだ、と。 彼は悲しむように告げて、そっとその指先を伸ばす。恐る恐るといった風情でそれは自分の髪を揺らし、梳くようにして撫でた。 まるで怯えるような仕草は、壊れ物を扱うような繊細なものだった。 きっと彼は知っているのだ。 自身が告げた言葉が、より自分を傷つける事を。 だからこそ、その指先を伸ばし、痛みを少しでも緩和したいと願うのだろう。 …………どこまでも優しくて、どこまでも甘い。だからこそ彼の傍は、こんなにも温かい。他の人間がどれほど優しくとも、彼ほどのぬくもりを携えているなど、到底思えない。 それでも彼はきっと願うのだろう。他の人間とも関わって欲しいと。 この腕だけで満足してはいけないのだと、言うのだろう。 多くの交友関係を望まない自分を、もしもはっきりと告げたなら…………彼は、やはり悲しむのだろうか。 思い、子供を慰めるように辿々しく頭を撫でる彼の腕を見つめ、小さく息を吸い込んだ。 …………友達は多い方がいいのだ、なんて。小学生への決まり文句でもあるまいし、今更だ。 それでもせめて今だけでも、それを考えてみよう。 実行出来るかどうかは解らないけれど、せめて彼の周囲にいる人間くらい、受け入れる事が出来るように。 彼がこれ以上、自分のために心憂える事なく、笑ってくれるように。 「…………解った。努力は……してみよう」 実るかどうか解らない、それは彼も解った上での、言葉。 それでも彼はその不確かな解答に満足そうに笑んで、ありがとうと、何故かそんな感謝の言葉を自分に贈った。 それはやっぱり暖かくて 何故か、ひどく遣る瀬無くなる 軋んだ胸を持て余して、自分の頭を撫でる彼の肩に、額を落とす 不思議そうに自分を見つめる彼の視線を感じながら 彼の香りに包まれて、ただ、安堵の吐息を落とした 前回の話のラストの方での会話で、私の意図としては『だから(抱きつくのは)止めようね』というニュアンスでいった言葉が相手には『そう思う相手は特別なのか』という自覚に向かうと言われました。 ………感覚の違いって怖いよね!!! まったく解らなくって指摘されてから『そういうものなのか』と戦慄しました。どーりで突然御剣抱きつく筈だよ。書きながら私も首捻ったわ。書いている私にすら解らん行動も一応理由があったんだなぁ。侮り難し、御剣。 てっきり善くも悪くも成歩堂の笑顔に弱い彼なので、笑ってくれた事に衝動的に抱きついたのだとばかり。 でもまだ自覚しきっていないってどうだと思いますか。 こんなんだからこのシリーズ内で告白すら出来ない予定なんだよ。いや、もううちの御剣は抱き締める事すら難しくってあたふたしていればいいさ。そんな気がする。 07.10.28 |
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