柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
彼は優しい 08 待ってる一言 「で?結局どうなったんだよ」 手の中の缶ビールを呷りながら幼馴染みがいった。まるで何気ない世間話の一環のような調子だが、実際の会話内容はそれなりに重いものだったはずだ。 そんな風に現実逃避をしながら、彼と同じように缶ビールを一口呷った。ひどくそれは苦くて、咽せそうになる。普段であれば旨味を感じるはずのものも、今はただ喉を刺激するだけの液体だった。 時刻はもう夜といって差し支えの無い時間になっていた。このままこの男は自分の家に泊まっていく気なのだろう。もっとも、初めからそれは解っていた結果だった。共通の幼馴染みの相談ができる相手など彼しかおらず、それが可能な時間帯はこうして飲み会を兼ねることが出来るような頃合いなのだから。 元々あまり細かいことを気にしない性質故か、自分は考えや気持ちを整理するには、その出来事を初めから振り返り事実を組み立て直すことから始めなくては出来ない。 今回ばかりは自省や内省で終わらせることが出来ない問題だからこそ、誰かに話を聞いてもらい意見が欲しかった。それでも事実の特異性から、ほとんどが報告のようになってしまってはいるが、実際の名目としては相談だったはずだ。 ………もっとも、現実的に考えて、彼に相談して事態が好転するとは夢にも思ってはいないのだが。 そんなことを考えて答えない自分の間を5秒ほど待ったあと、彼はまたすぐに口を開いた。 「告白されたんじゃねぇの?」 そのまま彼の言葉を黙殺しようとしていたことに長年の付き合いから勘づいたのか、こちらが聞き流せない言葉をさらりと彼はいってのけた。 後先などきっと彼は考えてはいないだろう。ただ純粋な疑問と自分への心配と、若干というには大きな好奇心がそのまま言葉を形成しているに過ぎない。 解ってはいるし、相手が自分たちを心配してくれている面もあることも知っている。それでも出来れば触れて欲しくない。否、突きつけて欲しくない。 そんな、遠くはないだろう未来予測をあっさりと口にする相手を、思わず睨みつけてしまうのは仕方が無いことだろう。………ついでのように投げつけてしまっていた空き缶は愛嬌ということで許してもらいたい。 その辺りもやはり長年の付き合いで理解していたらしい相手は、腹が立つほど上手にそれを受け止めた。そして呑気に空き缶を袋に捨てている。クリーンヒットは望んでいないが、少しくらいは驚いて欲しかっただけに、若干の不満が胸中を占めた。 むっと顔を顰めた自分に気づいた相手が得意気に笑っていて、それも少し癇に障る。顰めた顔を更に悪化させながら、まだ笑っている相手にぶつぶつと返した。 「だから、それを避けようとして今必死だっていっているってのに………っ」 「そりゃ無駄な足掻きだろ」 唸るように告げた自分の言葉に、至極あっさりと彼は返してつまみを口に運んでいる。こちらの苦悩よりも事実の方がよほど解りやすいのだろう。声には軽さしか無く、応対するその態度も普段と変わりなく軽かった。 睨みつければ、彼は苦笑した。そうして仕方なさそうにその手をこちらに伸ばし、ぽんとセットの解かれた髪に乗せてきた。そしてそのまま、髪を掻き混ぜるようにして手を動かす。…………普段の乱暴な仕草とは違う、慰めるような優しい指先。 労られていると、すぐに解る。伊達に長年の付き合いを持続させているわけではなかった。まるで我が侭を容認してくれたようなタイミングの優しさに、言葉が詰まる。 彼は幼い頃からずと一緒にいた友人で、自分が追い求め続けた存在を知っていて、その過程を間近で見守り応援してくれた、唯一の人だ。 彼は一番自分が必要とし続けたものを知っていて、それが手に入った現状を手放しで喜んでくれている。 だからこそ、それに戸惑い応え切れずにいる自分を持て余してもいるのだろう。求めていたものが求めた以上の形で返されるのなら、喜んで受け入れればいい。そう彼が言いたいことくらい、自分にも解るのだ。 だから、遣る瀬無くなる。寂しく、なる。それはきっと、目の前の彼にも……それを自分に与えている人にも解らない、自分だけの感傷だ。 「足掻いたら、駄目かな………?」 ぽつりと、寄る辺ない声で問いかける。彼に、というよりは………今はこの場にいない、もう一人の幼馴染みに。 再会した当初は棘ついていて、なにも寄せ付けようとはしなかった彼が、自分を受け入れてくれたことは、この上もなく嬉しいのに。その瞳の中の揺れめきに気づいてしまったのは、いつだったのだろうか。 勘がよくも悪くもないはずの自分にさえ解るほどの、顕著なその眼差し。向けられたなら、嫌でも解る。仕草も表情も、違うのだ。あれで無自覚だという方が驚きだろう。 惜しみなく差し出されるものは、自分がずっと欲しかったものだ。そして、踞り続けた彼に自分が与えたかったものだ。 その事実に歓喜とともに訪れる、底のない恐怖にも似た罪悪感。 ………愛しまれていると自覚する羞恥と、それが他者に向けられることの無い現実への遣る瀬無さ。 彼は、一途なのだろう。他の一切を排除してでも、自分を選びかねない危うさを抱えている。 全てを与えることこそが彼の心の表現なのだと言うなら、自分のそれとは真逆だ。自分は、出来る限り多くの人間を愛しみたいし、自分が好む人間は同じように多くの腕に愛されて欲しい。……それは、若干博愛主義とは異なるけれど。 ただ……自分一人を必要とされることへの恐怖は、恐らくは周囲の人間が抱えるそれよりもずっと強い。失う恐怖を知っているからこそ、心の全てをただ一人に傾斜してしまう相手が悲しくて怖かった。 そしてなによりも、恐ろしかった。差し出した自分の腕が、彼を雁字搦めに捕らえてしまったことが、悲しかった。あの優しい腕が自分一人にしか伸ばされないことが、遣る瀬無かった。 もしもそれが周囲の人に与えられていれば、呼吸さえ惜しむように自分を見つめなくとも、色々な人が彼を満たし癒してくれるはずなのに。 自分が、その可能性を奪ったのだろうか。そう考えたなら、その罪悪に身が竦んだ。 「だって、あいつは…優しくて。きっと僕にしてくれたようにみんなにすれば、みんなだって、大好きになってくれるのに………」 俯いて、ぽつりぽつりと力なく呟く。 あの幼かった日。自分を救ってくれた力強い声。 それは多少の強引さと相手を捩じ伏せるような切り裂く鋭さがあったけれど。それでも、自分はそれによって救われた。無実の罪を被ることはなかった。 あの日からずっと、自分にとって彼は何にも代え難いのに。伸ばした腕をしっかりと掴んでくれる彼の優しさを、忘れることなど出来ない。 自分が人を信じることが出来ることを、彼は才能だというけれど、その根源を作ってくれたのは彼なのだ。惑うこと無く真っすぐに救いの手を差し伸べてくれた時から、彼は自分に信じてもらえる喜びと尊さを教えてくれた。 だから、同じものを返したかった。疑われることも疎まれることも悲しいに決まっている。それくらい、幼かった自分だって知っていた。だからこそ、あんな悲しみの淵に沈んでいて欲しくなくて、同じ法曹の世界にまで身を置いたというのに。 ぎゅっと唇を噤む。噛み締めるようなそれに、缶ビールを呷った相手が気づいたのか、トンとその缶ビールで後頭部を小突いてきた。 緩く首を振り平気だと示せば、小さく吹き出す音が聞こえる。 ………とてもそうは見えないと、きっと言いたいのだろう。自分の強がりなど慣れている彼は、敢えてそれを掘り起こす愚は犯さず、また缶ビールを呷っている。 それに感謝しながらゆっくりと呼吸を正して、そっと隣を見遣り、笑んだ。恐らくは不器用な笑みだったのだろう、こちらを見遣った彼は苦笑を浮かべていた。 「僕はさ、御剣だけじゃなくて………沢山、失えない人がいるから」 「ま、それが当たり前じゃね?」 自分だってこの世の唯一人以外誰もいらないなんていわねぇと、あっさりと彼が言う。普段の女性への傾倒ぶりを知ってはいるけれど、同じくらいに友情にもそれなりに厚いのは、付き合いが長くなれば解ることだった。 そんな彼の屈託の無さは、見ていて安堵を教えてくれる。 たとえ自分がいなくなっても、彼は悲しんでくれはしても必ず自身の幸せを見つけてくれるだろう。………自分の存在を糧に生きるような真似は、しないでくれる。 「でもまあ、あいつじゃ無理だろーな」 そんなことを脳裏に浮かべていた瞬間、新しい缶ビールを探す矢張が呑気なままの声音で呟いた。その声に引かれるように目線を彷徨わせてみれば、缶ビールを開ける軽い音とともに、また声が響く。 「あいつは…大事だって決めたらもう、それ以外見ねぇだろ。他の一切眼中に無いね!」 言い切る声は軽いものだったけれど、眼差しは茶化している雰囲気の無い真面目なものだった。 彼はちゃんと解っているのだろう。自分が憂える原因を。………求め続けて願い続けて、やっと手に入れた相手を受け入れることが出来ないでいる、本質的な恐怖を。 同性であるタブーも、職業倫理も、それの前では塵芥にも等しいほどだ。 「で。お前は、そうされることが嫌いじゃないから、余計に嫌なんだろ」 苦笑するように彼は笑って、仕方ない弟を見るような口調で、そんなことをいった。俯いた視線では正確なところは解らなかったけれど、概ねそれであっていただろう。 自覚があるからこそ答えることの出来ない自分を責めること無く、彼は呷ったビールをそのままこちらに突きつけてきた。…………くれるということかと首を傾げながら、視界に押し付けられているそれを受け取った。 それを手におさめたら、唐突に彼はその手を重ねるように包み込みこむ。そうして、何事かと目を瞬かせる自分の口に、突然缶ビールを押し付けてきた。当然、中身を呷るような角度で。 「……………っ!?」 飲もうなどとは思ってもいない時に液体が流し込まれれば、誰だって咽せる。案の定盛大に咽せ込んでいる自分を、彼は呑気に眺めながら、納得顔で頷きつつ、ぽんと背中を叩いてきた。 それは背中を撫でるとか、そういった自身の行動への詫びの込められた仕草ではなかった。むしろ自分の話を聞かせたいという意志を伝えるためだけのものだ。 胡乱な視線で彼を睨むが、喉の痛みで視界が霞んでいてはあまり意味は無いだろう。思った通り悪気の欠片も無い顔で自分を見ている相手は、既にこちらの状態など関係ないかのように口を開き始めた。 「だからよ、こんな感じなんだろうなってことよ!」 「………訳解らないよ。しかも僕が苦しかっただけだし」 「だーかーらー、そんな感じじゃん」 ただひたすらに相手のためにと思っての行動も、方向性が間違っていれば相手にとって不愉快だったり苦痛だったりするものだと彼はあっけらかんと言ってのける。………その言葉の重みなど、まるで気づいていないかのように。 例えば飲みたいと思ていた飲み物でも、飲もうと思ったとき以外に無理矢理口に含まされれば飲み込めない。むしろ咽せてしまって苦しいだけだ。相手は良かれと思い与えてくれても、望むものが同じでも、重ならない行為は、ある。 ………それを、自分は眼前に突きつけられている。そう、彼は言いたいのだろう。 それは自分がはぐらかして見ようとしていない、現実の根本に厳然と立ち塞がっている、モノを。 それが悲しいなら、拒めばいいのだ。自分を求めるのではなく、他の人たちを好きになって欲しいと、彼を手放せばいい。 たったそれだけで塞がれたこの道は拓け、自分たちは別の歩みを始めるだろう。解っているのだ、そんなことは。 解っていても目を逸らしていた。その解答だけは、見ないようにしていた。その理由を知らないほど、自分は馬鹿ではない。 彼を傷つけかねなかった再会当初、それでも自分は彼に関わろうとした。自分は彼にとって居るだけで痛みを与える存在だと解っていても、離れられなかった。全ては、そこから既に決定していたいのだ。 息を飲み、手元を見つめた。震えているのは、指先だけだっただろうか。………おそらくは全身が思い知った事実に小刻みに震えていたのだろう。 それを教えた相手は、自分の背中を撫でた。そうして仕方なさそうに軽く息を吐いて、頭を撫でるように掻き混ぜて、こつんと、互いの側頭部をぶつけた。小さな痛みにすら顔をあげない自分を黙認して、彼が慰めるように小さく、囁いた。 「まあ…あれだ。あいつがもっとダチを増やせりゃ、いいよな」 そうすれば二人とも幸せになれると、きっと彼は思ってくれたのだろう。それがどれだけ難しい未来かは、敢えて口にはせずに。 そっと目を瞑り、目蓋に写る寄る辺ない子供のように自分を見つめる彼の人を、思う。 いつか、自分が居なくても誰かを思い生きることが出来るようになると、いい。沢山の人と関わって、触れ合って、愛しまれていることを知り、同じ情を返せるようになると、いい。 いつか彼が、失えない人が増えたのだと、困ったように告げてくれる、そんな日を夢見ながら、そっと、優しい幼馴染みの言葉に頷いた。 その日まで、出来ることなら………今のままであれますように。 矢張を書くと成歩堂との兄弟っぷりがどんどん増していく気がします。 成歩堂は一貫してただひたすらに好意を差し出しているのですが、その質がどれに当たるのかと問われると本人も解らない。解っているのは失いたくないっていうことと、手放せないしまた消えてしまったら追いかけるだろうっていうくらい執着していることだけ。 傍に居たいし、居ることで相手が幸せを感じてくれるなら、それ以上の望みも無い。のに、御剣は同じことを望んでくれるのに、その他の一切を切り捨てた上で、望むから。 同じはずの願いが食い違って重ならない現状が出来上がるわけです。こればっかりは価値観とか概念とかの違いなのでどうしようもない。 07.11.13 |
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