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柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
失った過去を取り戻す 4.限りある世界の そっと空を見上げると、透き通った青と浮かぶ白が見えた。 今なら願わなくても勝手に網膜がそれを映し、自分に景色というものを見させてくれる。恐ろしいと思っていた全ては、愛しいと思う全てで埋め尽くされていた。 それらを噛み締めるように目蓋を落とし、暗闇にならない、光を透き通らせる目蓋に、小さく笑う。 「…………どうか、されましたか?」 不意に、傍から人の声が聞こえる。それが先ほどまで話していた相手であることは明白で、落とした目蓋のまま、柔和に笑んでみせた。 ますます不可解そうな気配を感じた。視覚を失っていた頃、呼気や音、布ずれから想像した仕草、そんな些細なものから相手の状態を読み取ることに慣れてしまっていて、こうして目を閉ざしていても、何となくではあるが、相手の心の推移は感じ取れた。 だからこそ、より笑みを深めて、静かに睫毛を持ち上げた。 「………感謝、しています、あなたには」 歌うような朗々とした音でそう告げれば、面食らったように彼は目を瞬かせた。 先ほどの法廷の、陪審員の審査をしていたあの顔とは似ても似つかない。おそらく……否、確実に、それこそが彼の本質なのだろう。感じるのは好ましさだけだったのだから。 思い、頷くように首を揺らして、真っすぐに彼を見つめる。それを逸らしもせずに見返す彼は、きっととても誠実な人なのだろう。 彼は、知っているはずだ。自分がどんな能力を持つ人間であるのか。そしてそれが、決して好まれるものではないということを、自分はよく知っていた。 …………その上で、彼は決して目を逸らさない。 その心に一点すら曇りがないというなら、それは嘘だろうに。 醜ささえも晒すことを恐れないのは、相手の醜さを受け入れる覚悟を持っているからに他ならないのだろう。彼の目は、優しさをたたえた静かなものなのだから。 そんな人が、自分の子供たちを見守ってくれている。この事実を一体何に感謝すればいいのだろうか。 もう既に失ってしまった夫たちの人を見る目こそを、感謝するべきか。彼は、この国でも他の国でも尊いといわれる類いの人間だ。…………本人にそんな自覚はないのだろうけれど。 思い、苦笑になりかけた唇を微笑みにして、小さく開く。 「あの子たちを見守ってくれて、ありがとうございます。面倒をおかけするとは思いますが、今しばらくは………」 「ちょっと、待って下さい」 頭を下げた自分に、ぎょっとしたような慌てた仕草で彼が声をかけてきた。 そんな反応にこそ驚き、きょとんとした目で彼を見遣ると、心底困ったという顔をして、彼がこちらを見つめている。 何がおかしかっただろうかと頬に手を当てて振り返ってみるが、思い当たりはしなかった。彼がそんなにも戸惑う理由が、自分には解らない。 産み落とした子供たちをいま庇護し守ってくれているのは紛れもなく彼で、その上、記憶をなくしていたとは言え、親としての責務全てを放り投げていた自分に、その挽回のチャンスをくれたのもまた、彼だ。 感謝を捧げるのは当然だろう。その上、まだしばらくの間、彼にその役目を託して自分は消えるというのだから、身勝手極まりないと詰られてもおかしくはない。 それでも彼は自分の事情も慮り、子供たちの身の上も配慮して、そうして自身にかかる負担には目を瞑り、諾と答えてくれるのだ。 それに感謝せず、何に感謝しろというのか。そう思い、首を傾げて彼を見遣れば、彼は困ったような笑みを浮かべて小さな声で囁いた。 「…………感謝すべきは、僕なんです」 「………………?」 「みぬきはこの7年間、僕を支え続けてくれたし、オドロキくんは、僕がもう立てない法廷という場で僕の理想を具現してくれる。………そのことを感謝しないわけが、ないんです」 そんな二人を自分のもとに残してくれることを、少なからず喜んでいるのだと、彼は懺悔するようにいった。 本来なら一刻も早く自分に引き渡し、親子で幸せに暮らすべきなのかもしれないと、その目はいっている。揺らめいて、不安定に瞬くくせに、毅然とした輝きをのせて。 …………なんて不器用な人だろうと、この時初めて思った。 何もかも見抜いていて、自分でも驚くほど用意周到に思えたというのに、そのくせ彼はどこか無防備でいとけない。 きっと彼にとって、この7年間は限られた時間としてずっと認識されていたのだ。 いずれは夫が、あるいは消えてしまった自分が現れて、幼子を引き取りにくると。それを覚悟して、それでも心の限りに愛情と慈しみを与えて、健気に真っすぐに育ててくれた。 いずれ離れると思っていれば、誰とて心を与えきれないというのに。 ……………別れるその時こそが辛いと、自身の保身故に、一歩の距離を抱えてしまうものなのに。 血の繋がらない、義理とてほとんどない、そんな相手の身勝手さを受け止めて、幼い子供を育てるというその労苦を当然のように引き受けたのか。いつかという、見えもしない未来の別れをいつだって漠然と感じながら。 「あなたは………」 驚きに染まったままの声が零されてしまう。何を伝えるべきかも解らないけれど、ただ、問いかけたかった。 …………そこにいるその人が、自分に子供たちを思い出させてくれたその人が、あんまりにも寂しそうに見えたから。 「あの子たちを、本当に愛して下さったんですね」 感嘆と感謝を込めて落ちた言葉は、あるいは諸刃の剣だったのかもしれない。 そうだからこそ自分に返すことは辛いはずだ。それこそが最良と彼が思っていようとも、心にかかる痛みが減るわけがない。それほど人は単純になど出来ていない。 真っすぐに、彼は変わらず自分を見つめた。逸らされない瞳が、いっそ痛ましかった。 「いわなくても、あなたなら解ると思いますよ」 言葉に換えられないと、彼は苦笑していった。 確かに、自分には解る。捧げた言葉への反応で、その解答は、嫌でも。それはとても悲しい能力だ。生きることを苦しみと思わせるほど悲しい能力を、それでも今だけは、感謝した。 手首に違和感はなかった。捧げた言葉は真実として受け入れられた。目蓋を落とし、彼の気配を探れば、物悲しさの中の、静謐さ。そしてその更に奥にある、健気なまでの、献身。 「はい。…………ありがとうございます」 だからこそ感謝の言葉を贈りたいのだと、そう告げるように再び口にしたその単語を、彼は困ったような目で見つめていた。 そうして、その戸惑うような視線を細めた瞳に溶かして、そっと………微笑んだ。静かな静かなその笑みは、少しだけ泣き出しそうにすら、見える。 「こちらこそ」 彼は短いその返答の中に、どれだけの思いを込めているのだろうか。 言葉になど出来ないものが、この世には多すぎる。………そうだからこそ、自分のような能力者が真実を暴くことが可能でもあるのだが。 それでもあまりにも彼は、静かすぎて。己の感情を飲み込む術を覚えてしまったのは、あるいは娘が傍にいたが故の、悪癖なのだろうか。 思いながら、落とされた目蓋のまま、唇だけに微笑みを浮かべて、そっと彼に言葉を捧げた。 「…………もっと、堂々となさって下さい」 「?」 「あなたは私があの子たちを育てたのと同等かそれ以上を、一緒に過ごされているんですよ」 そしてこれからも過ごすのだから、と。いつかという限られた時間を含みながらも、彼に告げた。 それはあるいは残酷な宣言かもしれない。それでも、せめて今しばらくはその微睡みに浸ることを彼に教えたかった。 今まで以上の寂寞をその身に溶かし、一人で背負い、子供たちにすら気付かせないほど上手く隠してしまえるのだろう、彼だからこそ。 告げたかった。…………血の繋がりだけが親子の証ではないという、そのことを。 躊躇うようなひとときの逡巡の後、彼は頷く気配とともに唇を開く。その呼気は、幽かに浅くそれでいて、静謐だ。 「知っていますよ?」 「嘘、ですね?」 さらりと告げられた言葉に、同様の軽さでもって返せば、きょとんとした瞬きの気配。 落とされた目蓋では自分が見抜くことが出来ないと思っているのだろう彼に、静かな微笑みを浮かべて揺るぎない自信とともに答えた。 「目が見えない間でさえ、この能力は消えないんですよ?」 視力だけの問題ではないのだ、と。そっと勘違いしているのだろう事実を彼に告げる。 確かに人の情報を得る手段のほとんどは視力によるものだ。けれど、だからといって視力の良さだけで全てが解るわけではない。 あらゆる感覚の機敏さだけが、他者の心理の推移を知らしめてくれる。そして一時的とは言え視力を失っていた自分は、その感覚がより鋭敏となった。 だからこそ、解る。隠され押さえ込まれている彼の心裏。誰にも晒すことなく一人抱えることを決められた、美しくも物悲しいそれを。 「………まいったな」 彼は驚きを滲ませた声でそう呟いて、苦笑した。そうして降参するかのように両手を挙げて、子供のような笑みで首を傾げた。 「さすがあの二人の母親ですね。見抜かれたのは、初めてですよ」 そう、呟いて。先ほどよりも少しだけ長い逡巡を見せ、視線が逸らされた。 誠実な人だ。そう、思う。見抜かれたからといって、告げなくてはいけない話ではない。 ましてやそんな義理を自分に持つ謂れもない。ここは法廷ではなく、彼は真実を話さなければいけない立場の人間ですらない。 それでもきっと、彼は知りたいと差し出せば告げるのだろう。ぎりぎりのところまで隠し続けても、それでもそこに行き当たったなら。 …………それは隠蔽することすら知らない、生粋の生き物。 「家族はずっと一緒にいてほしい。僕は、そう願うタイプの人間なんですよ」 出来ることなら死に別れることも、遠く離れ離れでいることも、あってほしくない。それは多分、彼自身か、あるいは身近な誰かがか、経験していることなのだろう。痛ましいほど彼の瞳が揺れている。 「それが叶わないなら………叶うまで、僕がそれを代わる。それだけです」 それ以上を望みはしない、と。寂しい決意を本心として彼は差し出した。 どれほどの愛情でもって子供たちを慈しんでも、必ずこの手に返すのだと………彼は常にそれを自覚しているのだろう。 自身に何の益もなく、将来的にはたった一人になる可能性すら視野に入れて。それでもいま目の前にいる子供たちを愛しいと、彼は素直なその感情だけで、子供たちを守ってくれる。 もしも彼にその意志がなかったなら、きっと自分の視力は戻らず、記憶も失ったまま彷徨っていたのだろう。 彼の尊き潔さに感謝と敬意を思い、そっと頭を下げる。 「………よろしく、お願いします」 戻らないなどという約束すら、彼は願っていない。別れることを悲しむくせに、別れるそのその瞬間こそが、子供たちにとって最良の時間の始まりだと信じて疑わない。 それに見合う人間で、自分はいなくてはいけないのだろう。彼が手放した後も、子供たちが笑顔でいられるように。 思い、その過酷さと重責を認識する。 …………それを背負い、それでもなお誰一人としてそれに気付かせずに笑んでいる彼の偉大さを思いながら。 そっと、泣き笑う彼と同じ笑みを、浮かべた。 私は親というものへの理想が人よりちょっとばかり高いかと思います。より正確に言うのであれば、子供に関わる人間への、という感じですが。 惜しみない愛情と揺らぐことのない芯をもとにした、判断基準を。 それはたいしたことじゃないはずなんですが、それでもとても難しいものです。自分自身を常に律し続けることが出来ないなら、子供を育てることは出来ないな、と。個人的な意見ではありますが、思います。 しかし、まさか優美さんを書くことがあるとは思いもしなかった。最初で最後だろうて。というか、成歩堂とセットで書くと成歩堂があまりにも切なくなるからなぁ。 基本的に物悲しくなる話ばかり書いている人間ではありますが、決して意図してそうしたものを書いているわけではないので!むしろ幸せな話を書きたいと思い、落ち込んでいる相手の救済話のつもりで書いているので!(最終的に救いがあればいいのですよ!) 凹んでいようが何だろうが、相手を理解しようと努める態度と、それを理解し受け止める相手がいるなら、幸せだと思うのですよ。それがどれほど傷を負う現実であったとしても。 07.7.10 |
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