柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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朋友、親友に憐れみをかけ、
心がほだされると、おのが利を失う。
親しみにはこの恐れのあることを観察して、
犀の角のようにただ独り歩め。
同伴者の中におれば、
休むにも、立つにも、行くにも、旅するにも、
つねにひとに呼びかけられる。
ひとの欲しない独立自由を目指して、
犀の角のようにただ独り歩め。

頼まれて読んだ釈迦の言葉は
どこかの誰かを彷佛させて。
だからこそ彼はそれを恐れているのか、と。
何とはなしに思い、苦笑した。

そんな筈があるわけがない。
それを、自分は誰よりもよく、知っているのだ。





3.強気な言葉なのに震えてる



 唐突に訪れた親友の事務所は、相変わらず彼以外誰もいなかった。かと思えば今まで見たこともない不可解な道具類が所狭しと顔を見せている。
 何事かと呆気にとられて見遣っていると、ようやく奥から顔を出した当の本人はのんきな声をかけてきた。
 「あ、矢張。来てたのか」
 「気付いてなかったのかよ!俺ずっと呼んでただろうがよ!」
 「うーん、ちょっと徹夜しちゃって、さっきまで寝てた」
 ぼさぼさの髪を手櫛で整えながら、ラフなスエットの上下を着た彼はあっさりとそうのたまった。
 内容はあまり褒められたものではないが、この際その点については目を瞑り、改めてソファーの上の荷物を床に落としてそこに座った。
 小さな声で乱暴に扱うと自分が怒られると文句を言っている彼を無視して、とりあえず指で座るように示した。
 「んっで。結局失業なわけか、お前。お気の毒様」
 「相変わらずお前はあっけらかんというなぁ。まあいいけどさ」
 様子を伺ってみてもとりあえず消沈した雰囲気がなく、不思議に思いながらもそっと今現在最大級のタブーであり関心ごとに触れた言葉に彼は笑って答えた。
 座りながらの解答はあっさりしていて、特にそこに隠し事は感じられない。幼馴染みとしての特権というべきか、彼は自分へ隠し事をしなかった。よくも悪くも感情全てがはっきりと差し向けられる。
 首を捻りながら、とりあえず落ち込んでいないなら平気かと思い、ついでもう一人の幼馴染みを思い出して、問いかけた。
 「そういや、ちゃんと御剣には言ってやったのか?」
 自分は電話である程度の話は聞いたし、今後どうしていくかも教えてもらった。
 現状で解らないことは、多分彼自身も解らないことだけだろう。少なくとも彼が知っていることのほとんどを自分は知っていると思う。
 そうした立場に自分がいるせいか、時折ひどく消沈した目で自分を見遣る幼馴染みを思うと、余計なお世話と思いつつも確認しておきたくなった。
 「?あいつはいま公判中だよ」
 当然、当たり前だろ、という返答を予想していたのだが、返ってきた声は至極不可解そうな、そんな解答。
 ………嫌な予感が脳裏を過るのは、多分この場にいたなら誰もがだろう。冷や汗を流しながら、恐る恐るもう一度問いかけた。
 「ま・さ・か!教えてないとか……言わないよな?!」
 「いったよ。弁護士辞めたってことは。でもまだ詳しいことは言ってないよ。だって、あいつ忙しいから」
 彼がいま抱えている仕事のケリがついたら連絡を取ると言っておいたと、不思議そうに答える顔には、一切悪意はなかった。
 むしろ、相手の精神的な負担と苦慮を思いやっての配慮……なのだろう。それが正しいか間違っているかは別にして。
 深く息を吐き出して、どこか感覚のずれた親友を見遣る。胡乱そうな視線に困ったように眉を寄せて、彼は叱られる直前の子供のような目を向けてきた。
 「成歩堂よぉ………出来るだけ早く連絡とらないと……あいつが倒れるぞ」
 「なんで?!」
 「仕事を少しでも早く終わらせようと無茶を重ねて?」
 ぎょっとした彼の顔に、そうしたことは考えもしなかったらしい事実が、少しばかり哀れに思えた。勿論、放置されたままの相手に対してだが。
 しばらく呆気にとられて口を間抜けに開けたまま目を瞬かせていた彼は、ようやく自分の言葉と現実との繋がりに思い至ったらしく、慌てて携帯電話を取り出してメールを打ち込んでいる。それを眺めながら、苦笑した。
 「なんつーかさぁ、お前見ているとお釈迦様の言葉を思い出すわけよ、俺は」
 必死に画面を睨んでいる相手に聞こえているかどうかはよく解らなかったが、少しだけ遅くなった指の動きに耳が傾けられていることは知れた。同時に、なんで、と少し焦った声のまま返された言葉に、のんびりとしたペースのまま答えた。
 「お前、知ってるか?お釈迦様ってのはさ、家族も友達も恋人も、どんな奴との縁も絶って一人で生きろって言ってんだよ」
 「…………なんだよ、それ。そんなの、絶対的な孤独じゃないか」
 ある種この世の地獄と同じだと、顔を顰めた相手はようやくメールを打ち終えたらしい携帯電話を机の上に転がした。
 おそらく返信が来たらすぐに確認出来るようにと思ってのことだろう。
 そんな様子一つとっても、自分には彼が釈迦の言葉に追随するとは思わない。それでも、浮かんだ。
 ただひたすらに前を進み歩んでいく彼の背中。それをどうすることも出来ずただ見つめて、伸ばす腕を自身で戒める、馬鹿な友人の姿を。
 だから、お節介と知りつつ、来てしまった。思い立ったら吉日というのは正しいだろう。実際、そのおかげでまた端から見て溜め息が漏れそうな擦れ違いをしかけた二人の修正が行われたのだから。
 「んーまー、俺もそう思ったわけだ。詳しいことは解んねぇんだけどよ、そうすることでしか悟れないらしいんだわ、人間ってのは」
 「まあ、そういうものなんだろうけど、でも別に……誰もが悟りたいって訳じゃないと思うけどな………」
 絶対的な真理を求めることを悪いとはいわないけれど、それを誰もが追い求めると押し付けるのは違うだろうと、彼は首を傾げていう。
 それは確かだろう。そんな本を読んでおきながら、それは自分も思う感覚だ。
 「というか、そもそもなんでお前がそんな似合わないもの読んでんだよ」
 「ん?今の彼女がなんか放送大学の講義とっててさ。そのレポートの手伝いしたんだ」
 「……………ふーん………………」
 笑顔で解答したならどこか胡乱そうな目でいった彼は、それ以上何も突っ込もうとはしなかった。
 自分としてはかなり気になる間と声音ではあったが、今はそれを追求する暇もない。
 いつか彼女のことは今度耳にタコが出来るほど教えてやろうと心に誓いながら、改めて話を元に戻した。
 「でだ。俺はお前の友達ずっとやってきたわけで、その間のお前の執着心も努力も意気込みも、まあ、ぶっちゃけこっちが呆れるほど恥ずかしいくらいよく解っているわけよ」
 「…………お前は僕がそういうのいわれるの好きじゃないって解っていっているよな?」
 軽い調子で言ってのけた言葉に、瞬時にして座っているソファーに転がっていたらしいトランプの箱が額目掛けて飛来した。
 寸でのところで掴み取ったそれは、一応避けられるタイミングを見極めてのものだが、相変わらず物騒なほど素直に感情をぶつけてくれると心の中で嘆息した。
 どうも彼は自身のそうした感情を知られるのを好まない。単に恥ずかしいようだが、別段自分のように開けっぴろげに宣言しても構わないことだろうとも思うのに、だ。
 自分とは感覚が違うから無理だと不貞腐れていう彼には、確かに難しいことなのかもしれないけれど。
 あるいは、それが可能になったらこんな注進することもなくなるのかもしれない。そんなことを思いながら、手の中のトランプの箱を自分のソファーに放り投げた。
 「別にからかうつもりじゃねぇんだし、怒るなよなー。短気だよな、相変わらず」
 「………解ってんならいうな」
 むくれたように顔を顰めて唇を突き出して。
 少し小さくなった身体は、多分大人げないとは思っているせいだろう。子供の頃の拗ねた顔そのままな相手を見ると、自分が兄にでもなった錯覚を覚える。………相手にいわせれば自分こそが弟のようなのだろうが。
 「まあそんなわけでだ。俺にはお前はそんな風に、昔のまんま、子供っぽい奴な訳だけどさ」
 「………納得したくないけど、それで、何がいいたいわけ?」
 「だーかーらー、御剣にとっちゃ、お前ってお釈迦様と同じなんじゃねぇの?って話だよ」
 顔を顰めて首を傾げる彼に、いい加減気付といわんばかりにきっぱり言い切った。
 その瞬間の彼の惚けた顔は、多分、誰も見たことなどないだろう。
 無防備極まりない、驚きだけを表した、幼さの残る顔。…………保護欲とか庇護欲とか、守るべき対象に抱いてしまう感覚を刺激する、顔だ。
 そうしてその一瞬のあどけなさはあっさりと霧散して、ゆるゆると舞い戻ってくるのは、ほんの微かな痛みと遣る瀬無さを溶かした、不器用な微笑み。
 「僕、そんなに強くもないし、綺麗でもないんだけどね」
 「俺から見りゃ、御剣だってそうなんだけどなー」
 それでもお前にとっては最良の部類の人間なのだろうと。そう揶揄を込めていった言葉に、彼は解りやすいほど顔を赤くして俯いた。
 ………そうして、きっと、気付いたのだろう。
 寂しさが、そっとその頬を撫でている。緩やかに揺れた頤が、それを嫌って振払う仕草に見えた。
 きつく噛み締めた唇が強く引き締められて………そうして、覚悟を飲み込んだときの彼の威風堂々とした笑みに、それは染められる。
 笑う彼を見ていると、確かに彼を思う友人の気持ちが解る気がする。
 …………この男はきっと、一人で全てを背負い進んでいくのだろう。
 蟠りも痛みも傷も、他の誰も抱えないでほしいと、その重さを知っているからこその祈りのせいで。
 釈迦とは真逆の理由で、それでも彼は同じ歩みを選びそうで。…………ひどく歯痒く遣る瀬無い。
 「………本当に、感情って難しいよね」
 単純なままでいれば相手も自分も傷付かず、喜びだけを共有出来るのに、と。
 不可能なことを知っていながら呟く彼は、傷つけることの恐ろしさを、多分よく知っているのだろう。…………数多くの傷を、被って生きてきたからこそ。
 それを見つめ、微かな遣る瀬無さは、募る。けれど満面の笑みを顔には乗せて、彼の傷を思いながらも同じには染まらない自分を彼に告げた。
 「でも俺はその方が楽しくっていいと思うぜ?」
 「…………………?」
 「だから俺はたっくさんの女の子を大好きになって、それで毎日幸せにいられるんだしよ」
 こんな幸福を与えてくれるのは、こ難しくて厄介な感情が存在してくれるからだと、屈託なく笑って告げる。
 それをまた、彼は惚けたように見遣って、ついで………ひどく静かに優しく、微笑んだ。
 多分それは誰もが見惚れるのだろうと思える、そんな静謐の笑みで。だからこそ、彼の相手は彼に重ねるイメージがどこか現実離れするのだろう。
 そんなことを思いながら、歩む彼の背中を脳裏に描く。…………その背後には、立ち竦んで声もかけられない、馬鹿な友人。
 そうして、声もなく伸ばす腕に、背中しか向けていないはずの彼は、きっと。
 ………振り返るのだ。それはあたかも風が揺れ囁き教えるような、そんな奇跡的な偶然と必然を織り交ぜて、いつだって必ず。

 ……………泣き出しそうな綺麗な笑みを浮かべた彼なら、きっと。


 そう、思いながら、

 机の上、存在を必死に主張する携帯の姿を、目で追った。









   



 冒頭初めの部分は釈迦の言葉から。宗教の入門書みたいな本に載っていたやつを一部抜粋しました。
 私の書くキャラは意味合いは違えども、周囲にそうした目で見られかねない危険性を多く含む子が多いな、と。
 ちょっと思ったので、否定しやすい方で描かせていただきました。ジバクくんで書いた日には否定しきれなくて泣けてくるから(汗)
 矢張を相手に持ってきたのはとても単純で、恋愛至上主義のような彼に、感情の難しさこそが幸せの元だといって欲しかったせいです。
 他の誰にもそんなことをあっさりと本気でいえる強さはないと思うから。
 折角だと思い、時間的に前後が繋がる感じにしておいてみました。しかし姿が出てきていないにも関わらず彼の必死さがよく解る。不思議な奴だ、御剣。………むしろ哀れだな(遠い目)

07.7.3