柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
何も感じなかったことが、逆に不思議だった 4.見え隠れする弱さが彼の強さを引き立てて 目の前の男は困ったような顔をして、自分を見ていた。おそらくは厳しい顔を晒しているのだろう、憤りが自分自身でも手にとるように解ったほどだ。 苛立たしさをなんとか収めるようと微かに息を吸い込むが、肺を痛ませるような軋みになるばかりで意味はなかった。 忌々し気に唇を噛み締めて吐き出した息は、やはり重く、目の前の彼は苦笑を色濃くして首を傾げた。 「……………結局、嵌められたというわけか」 「まあ、端的にいうとそうなると思うけどね」 のんきとさえ感じる声で頷きながら彼はそういい、ここに訪れてからずっと顔にのぼっている苦笑を少しだけ崩した。 ………それが、例えば悲しみだったり、憤りだったり、そうしたものであったなら、あるいはよかった。 そうであったならきっと、自分は彼のためになにかしらの行動を取れただろう。…………褒められた手段でないとしても、あらゆるツテを使い、彼のために。 それなのに、その顔に浮かんだのは、静寂だった。まるで湖畔に落とした真珠のような、静かさ。まろみあるその表面をただ揺らして沈む、流れに身を任せた静謐。 諦めたのか、と。その顔を見て愕然とする。戦うことを、弁護士であることを取り戻すことを、投げ出したのかと。 …………だからこその苦笑であり、その平静さか。 知らず、睨む視線に力が篭る。それは身勝手な憤りだ。傷付き疲弊しているはずの彼をいたわりもしない自身を、罵れもしない。 ただ眼前に静かに座る彼が、苛立たしい。 「貴様は………」 言いかけた言葉が何であるか、自分でも解らない。 ただ、悲しくて。………苦しくて。何も訴えることもなく、ただ静かに自身でのみ採択を行い結論を導く彼の強さが、この上もなく憎らしかった。 自分を頼りになどしないことは知っている。彼はその身一つで立ち上がり進む胆力と意志を携えている。 誰に依存することもなく見つめる先がどこにあるかを知っている、その至純の視線。 それが失われるのが、ただひたすらに…………… 「御剣?」 自己の思いに捕われて鬱々と沈んでいた耳に、涼やかな音が触れる。法廷にいる時と変わらない、真っすぐとした揺るぎなさ。 弾けるように頤をあげる。視線の先には、相変わらず困ったように笑う彼。………その目だけが、静かな煌めきをたたえて、自分の更に先を見据えていることを教えた。 微かに眉を寄せ、疑問を浮かべるも、それが言葉にはならない。 彼に何を問えばいいのかが解らなかった。あまりにも膨大な疑問符は、そうであるが故に形にならずにさらさらと瓦解していった。 それすら気付いたのか、惚けたように彼を見たままでいれば、その唇が開かれ、また名を呼ばれた。小さく頷くだけで聞いていることを示せば、静かな笑みを彼はたたえた。 「決めたんだよ。それだけなんだ」 「…………………?」 「僕は知りたいんだ。真実を。……………今回の件で僕が被った罰は、相応だと思っているしね」 だからこそ、その原因となったものが何故に存在したのか。どうしてそれが作り上げられたのか。何故自分の手元にやってきてしまったのか。解らない全てをこの手に掴みたい。 ……………貪欲な、それは意志だろう。どんなものも介入など出来ない、彼の資質ともいうべきもの。 バラバラのピースに過ぎない事実の先にある、まだ形すら見せない真実を、彼はその直感ともいえる才で嗅ぎ分ける。 そして、言葉にも出来ないくせに、それを受け入れてしまう。その結果が、今の静謐か。 何を勘付いたのかなど、自分には解らない。それは彼だけが解る、彼だけに与えられた才能だ。他のどんな力もそれに勝ることはない。 「弁護士じゃなくなったけどさ。出来ることが、なくなったわけじゃ、ない」 真っすぐに、淀みなく彼の声が響く。 言葉など挟めるわけもない。ただその音に耳を澄ませたい衝動に駆られる、純乎さ。 「時間はかかるだろうし、引き取ったあの子にも、負担をかけちゃうんだけど………でも、あの子もそれでいいっていってくれたから」 だから何があっても諦めないでいられる、と。 彼は笑った。………不敵に、法廷で見る、あのふてぶてしいまでに強かな笑みで。 それを遣る瀬無く眇めた視界で見つめた。………きっと彼は、その笑みの意味を知らない。幾度も幾度も与えられたからこそ、何とはなしに勘付いた、一つの共通事項。 それを浮かべる時、彼は必ず守るものを抱えているのだ。誰かのために何かを成す時にだけ晒される、彼の絶対的な武器。 自分のためには何一つ行わないずぼらな彼の、それは悪癖。 彼は、自身と契約を結んだのだろう。笑い続けることを。そしてそれは同時に、誰かとの契約だ。 先ほど彼が口にした、引き取ったという幼い女の子と交わした約束がなんであるかなど、自分は知らない。それでも予想はつく。………おそらくは、他愛無く些細な、優しいもの。 そしてそれはきっと、相手が何よりも切実に望み願った、こと。 それを守るために彼は笑うだろう。へこたれそうで蹲りそうな、そんな弱さを抱えているくせに、誰にもそんなものを見せずに立ち上がって、なんでもないと平然と笑える強さを彼は持っているから。 ……………守る時にだけ発揮される、彼の強さと弱さ。 自分は守りたくてこの腕を差し伸べるけれど、彼はいつだって首を振り、一緒に前に進めばいいのだと、傷付いた足で進んでいく。 遣る瀬無さを突き付けるくせに、隣で歩めばいいと笑うから、非難も出来ない。 相手の求めるものを、彼は知っていて。与えられる全ては、あっさりと与えてしまう。執着心のなさ故か、元来の性質か判断はつきかねるけれど。 「君は………相変わらずだな」 決して譲れないことだけはその手で掴んでいると苦笑してみれば、彼が子供のような屈託のなさで笑い、目を煌めかせた。 それはどこか、悪戯を思い付いたような、輝き。 「まあね。大切なことは、ほんの少しでいいものだよ」 だからちゃんと覚えておけと、彼はいう。………何を、とはいわない。おそらく問いかけても教えてはくれないだろう。 時折仕掛ける駆け引きのような言葉遊び。自分が与えたり彼が与えたり、それはまちまちだが。 ただ知っている。彼がそれを与えるときは、大抵が自分が欲しくて仕方がないものをそっと差し出しているときだ。言葉に換えることが苦手な彼の、精一杯の譲歩。 苦笑を少しだけ色濃くして、彼が呟いた言葉のすべてを忘れずに記憶する。すぐに解らずとも噛み砕き咀嚼し続ければ自ずと真実は露見する。そのためのカードは一つとして取りこぼすわけにはいかない。 じっと自分を見上げたまま、彼は静かに笑んだ。 言葉も表情も、彼を前にした時にはその一切を忘れぬように必死になってしまう。 まるで法廷にでも立っているような心持ちになるのは、その場に彼があまりに相応しく毅然と背を伸ばし立っていたからだろう。 …………それがもう、二度と、見れないなんて。 思い、鬱屈とした思いが胸裏に蘇った。まるでそれを見計らったかのようなタイミングで、彼が口を開く。 「僕は僕なりの方法で、真実を探すよ」 そっと囁く声。その唇には笑みさえ浮かべて、彼はいう。 何一つ諦めない、その命。見据える先に何があるかなど解りもしないのに、それでもその手は弛むことなく未来を指し示す。 眩いほど、まっすぐに。あの、法廷で突き付けられる指先が脳裏に蘇り、静かに散った。 同じ場所に、もう立つことはないだろう。自分を真実の道へと導いてくれたその腕は、今度はまた別の形で、誰かを救うために奔走する。…………否、救いかさえ解らないと、きっと彼はいうだろう。 それでも自分には解る。彼が歩む先には必ず傷付いた人がいて。彼はそれに気付きもしないで腕を伸ばし、癒しを与えて更に先に進んでいくのだ。 振り向かないくせに。先に先にと歩むくせに。………彼は背後で伸ばされた腕には躊躇いもなく振り返り、引き寄せるのだ。 彼はきっと、守ることをこそ喜びとする、生き物だから。 「ならば………」 彼に倣い、そっと言葉を紡ぐ。出来るだけ穏やかに、彼の負担とならぬように、静かに。 「私は更に上を目指そう」 「うん?」 「…………どうせ君のことだ、真実を掴めば、また法廷が騒がしくなるに決まっている」 そんな時に自分の力が必要だろう、と。願いを込めた声音で、それでも不敵に笑んで告げた。 きょとんとした彼の大きな目が瞬き、じっと自分を見上げる。ほんの数秒のその姿は、あどけなささえ垣間見せて、微笑ましい。 そうして彼は、ゆっくりと目を細めて唇を笑みに染める。 自分の良く知る、幼い頃から変わらないその笑み。…………親しいものだけが知る、柔らかい、笑み。 「信用ないな、僕は」 真逆の意味を孕ませて彼はいい、自分と同じように不敵そうな笑みへとその唇を変えた。 彼は、どれだけの時間がかかろうと必ずそれをやり遂げるだろう。既にそれは過去に実証済みの事実だ。 …………一切の連絡手段を断った自分を、15年という歳月をかけて再び相見えるようにしたのだ。足がかりのあるこの現実に、どれほどの困難があろうと彼が敗北することはない。 ただ、傷付かなければいい。それだけは、無茶をし続け自身を顧みない彼を見るにつけ、思う。 「そう思うなら、努力することだな」 せめて傷を負うことを躊躇う意志くらい持ってくれればと思いながら、そんな生き方の出来ない彼だからこそ、人々が慕い真実が引き寄せられると知っている。 飲み下しきれない寂寞は、おそらく瞳に滲んでいたのだろう。彼は困ったように苦笑して、手を差し出した。 握手でも求める気かと訝しげに見遣ってみれば、それはそのまま自分へと近付き、頬を滑る。くすぐったく感じるその体温に微かに目を眇めて視線で追った。 その間に腰を上げた彼が机を越え、その影が自分の膝にまで落ちる。 驚いて目を丸めた先には、相変わらず困ったように笑う彼の顔。その唇が開き、間近で音を紡ぐ。 「解っているよ。………ちゃんと、ね」 呟いて、唇が視界から消えた。見えたのは、彼の喉元。額にかかる前髪を撫でるように梳いた指先とは別のぬくもりが、眉間に触れた。 「だからあんまり無茶するなよ?」 君の方こそが、と。 そう告げた彼はどこか泣き出しそうな顔で。 ……………それでもやっぱり綺麗に、笑っていた。 呆然と彼を見遣ったまま、彼の強さを思う。 弱さすらも強さに換える彼だからこそ。 自分とて無茶くらいしなければ釣り合わないと。 情けないことを承知の上で、思った。 みぬきちゃんの方とリンクする感じで。ってまだもう1つ書かなきゃ話繋がらないのですが。すぐ書きますのでしばしお待ちを。 そして相変わらず甘やかされっぱなしな御剣ですよ。彼は彼なりに努力しているけど、どうも空回り傾向にあるなー。 というか、その行動全部ばれているから仕方がないのかもしれない。 多分この話を成歩堂視点で書いていたら相当情けなく子供っぽい御剣になるんだろうな。………一応成歩堂視点のときの御剣も御剣視点の時同様、色々一杯考えているのですよ。 それが成歩堂からみるととても必死に頑張っているなー、って感じなだけで。駄目じゃん、御剣! 私は成歩堂には弁護士でいてほしいなーと思います。彼の弁護は好きですよ。彼の信念が好きなだけかもしれませんが。 それでもそれ以外の道でやるべきことがあるなら、諦めるしかないのかなーと。もの凄く残念だけど。戻れよ!と幾度でも思うけど。本人が決めてその道を歩むというなら、奨励してあげないと、とは思う。 ……………きっとそうすることを決めた本人こそが一番不安に怯えているだろうから。 07.7.2 |
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