柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
大丈夫 5.最後まで気丈に太陽みたいに笑ってた 落ち着かない気持ちで手にしたカップを口に運ぶ。以前彼に贈ったティーカップは思いのほか使用されているのか、使い込まれて手に馴染んだ。 香りの高いダージリンは、おそらく先日持ってきておいたオータムナルだろう。重厚な重みと濃い水色でそれが知れる。 つらつらと現実とは無関係なことを考えながら、一応の平静を保った。………現在、この事務所というべき場所は、以前にも増して乱雑で、その上方向性を模索中といわんばかりの雑多な荷物が山積みにされている。 もっとも、それでも以前あった荷物は何一つ減らされていない。そのせいで余計に見目が悪くなり整理も行き届かないのだろうことは知れるが、だからといって使わないのならば処分しろなどとはいえない。 この事務所は、彼にとってどれほど重要な意味を持つ場所か、知らないわけがない。そしてそこに残されたものが彼にとって何一つなくしたくないものだということも。 触れることさえ躊躇うように、事務所の本棚は閉ざされたままだ。 彼の自宅にはきちんと最新の六法全書もあるくせに、この事務所にあるそれは2016年度のままだ。…………何のためにそんな古いものを残しているなどと、いえるはずがない。 小さな溜め息がカップの中の琥珀を揺らした。ここに来ることはおそらくこの事務所の関係者をのぞけば、自分が一番多いだろう。にもかかわらず、未だここは不可侵の場所だと実感せざるを得なかった。 「ごめん、遅くなっちゃって」 ぱたぱたと足音を響かせて、自分が訪ねてからも事務所の奥で何やら資料をまとめていた相手が、ようやく顔をのぞかせた。 今までよく見ていたスーツ姿ではない、ラフな私服はこの場では奇妙に浮いて見えた。 …………もっとも実際に客観的にこの状況を見たなら、スーツを着こなしている自分がここで紅茶を飲んでいる方が、よほど奇異に見えたかもしれないが。 そんなことを思いながら、苦笑を浮かべてカップを置く。 「いや、構わないが……終わったのか?」 「うーん……まあ、そうはいってもまだ全然足りないけどね」 なんとか今日までの分はと苦笑して、彼は正面のソファーに座った。 実際、彼を見ているとよく動いていると自分でも思う。突然出来た養い子の面倒とそれに類する手続きと審査、日常生活はもちろん、夜は遅くまで仕事をして、短い睡眠の後、日中は駆け回って証拠を探している。 もっとも、その中には自分達の受け持つ仕事や弁護士仲間の依頼も入っており、彼の有能さが世間一般に公開された処分とはまるで違う形で立証されていることも確かだった。 「それに、今回のは依頼じゃなくて、僕の方の分だから」 だから平気だと彼は笑い、既に冷めてしまっているダージリンを口に含み喉を潤わせた。 あっさりと告げられた言葉に、知らず眉が顰められる。 出来る限りの配慮をこちらとしてもしたいと言っているというのに、彼は一度として助力を申し出ず、こうして事後報告で集まった情報を教えてくれる程度だった。 内容はまちまちで、情報元も秘密。それでもまだ共有しようとしてくれる分、自分は信頼を得ていると思っていいのだろう。 編集された映像を、帰りにでも解析するために貰い受けなくてはいけないと思いながら、緩く息を吐き出した。 「いっそ君は探偵にでもなったらどうだ。夜の仕事を辞められるぞ?」 月に一度は違法性がないかどうかの確認を巡邏の警察に要請しているおかげか、彼の行っている真夜中のゲームは違法性のないクリアーなものと周知は認識している。 実際、彼の相手を申し出るのは暇を持て余している金持ちばかりで、どちらかというと孫の遊び相手をしている感覚のものが多い。 ちょっとした刺激を手に入れるなら、それは当然心地よい相手との対話の中がいいのだろう。そうした意味であれば、相手によって応対を自在に出来る彼は向いている。 ………よくよく考えれば彼は元々役者志望でもあり、それなりの演技の基礎知識は持っているのだから、さして苦もなくそれをこなしている。 だからこそ肩書きもなければ実績もない、胡散臭いとしか言い様のない彼でも、あの店は重宝して雇っているのだろう。かなり時間などの融通を効かせてくれる点も頷けた。 きょとんとした目を数度瞬かせ、彼は破顔するように首を傾げて、窘めるようにこちらを見遣った。 「面倒だよ、そっちの方がよっぽど」 すっぱりと切って捨てられた意見はこちらとしても同じで、軽く肩を竦めるだけで流せば、彼は仕方がなさそうにまた笑った。ついで、思い出したかのようにこちらをじっと見遣り、問いかけてきた。 「でも御剣、お前の方こそ平気なのか?今……結構大掛かりな公判を控えているんじゃないのか?」 「…………相変わらず耳がいいな。どこから情報が行っているのか、ぜひ聞きたいところだ」 「企業秘密だよ」 にっこりと笑みを浮かべて彼がいう。自分がそうされたなら口を噤まざるを得ないと解っていないくせに、自然とそうしてしまうのだから彼という存在は底が知れない。 おそらくは無意識に感じ取ってしまうのだろう。相手がどうした時にどう反応するのか、彼は計算しなくとも肌で感じ取る。 そのせいか、カードゲームの強さは折り紙付きだ。実際自分など練習台として幾度となく対戦していながらも、一度も彼に勝てたためしがない。 もっともそれは完璧ではなく、時折驚くような失敗もしているが、最終的なトータルは確かに彼に傾いてしまう。 「それに、教えたら君が拗ねるだろうからね?」 からかう声音で付け加えられた言葉に、むっと眉間の皺が深く刻まれたのが自分でも解る。 ポーカーをやりはじめてからか、こんな風に彼はこちらの反応を見極めるような言葉を投げかけることがある。これもまた、先を予測する訓練の一環なのかもしれないが、正直嬉しいものではない。 努めて平静さを保とうと、再びカップの口を付ける。伏せた睫毛の先に見える相手の口元は静かな笑みをたたえていて、少しだけ苛立たしかった。 「私が拗ねる理由などないだろう。むしろ公私混合している輩を処罰すべきだと思わんか?」 少しだけ物騒な物言いで応戦するようにいってみれば、彼はすっと目を細めて、それを楽しむように笑った。 彼の言葉に脳裏に浮かんだのは、既に慣れ親しんだともいえる大柄な刑事の顔。情報源として最も有効で、最も粗忽な相手だ。彼が聞き出すとしたら妥当な人物だろう。 それを予測していたのだろう、彼は笑みをたたえたままの顔で軽く首を振って、否定を示した。 「残念。君が予想もしていない相手だよ。だから、秘密?」 ばれると君がもっとうるさくなるからと、どこか楽しそうな声で彼はいった。 いっそたった今そのことを暴いてやろうかとも思うが、それが出来るはずもない。こうした顔をしているときの彼は、幾重にも答えを隠していて、材料の一切ないこちらに勝つ見込みすらなかった。 「大丈夫だよ、そのうち嫌でも対面するから、そのときのお楽しみ、だね」 くすくすとおそらくその時のことを想像しているのだろう、隠しきれない笑みが彼の唇から洩れている。 楽しそうなその様子には、欠片ほども不愉快さも不満も見当たらない。それを確認して、少なくとも危険性のある相手ではないことや事件性を示唆する可能性の薄いことを理解する。 こっそりと息を吐いて安堵を思いながら、飲み込んだ紅茶とともに燻っていた苦々しさも腹に納めた。 「まったく、弁護士を辞めていっそう手強くなったな、君は」 奇妙なことだと苦笑とともに呟けば、不敵な笑みで彼が笑った。どこかそれは得意げな子供にも見える、そんな幼さを滲ませて。 「そうだろ?結構不敗神話のキャラクターを考えていたんだけどさ、もうちょっとふてぶてしい感じでいくつもりなんだ」 得意げなその顔は、まるでヒーローもののキャラクターを語る子供のようだ。それを演じるのが楽しみだという雰囲気は、学芸会を前にした、という方が正しいのかもしれない。 思いながら、呆れたように苦笑して、頷いた。 「その方がそれらしいかもしれんが……随分徹底しているな」 「んー、まあね。なんというかさ、折角だから楽しんでおこうかなって思って」 弁護士を目指さなければ進んでいただろう役者の道を、日常というこのコマの中で再現するのも悪くない。そんな風に彼は楽しそうに笑って、無邪気さに煌めく瞳でいった。 それはどこか悪戯を考える子供のようで、先程までの姿さえ幼稚な仕草に思えてしまう。 「まあそれはいまのところどうでもいいとしてさ、本当に君、平気なの?」 こんな場所で寛いでいていいのかと、不思議そうに問う彼に少しだけ顔を顰めた。現実的な問題として、彼がそれを心配する気持ちも理由も解る。同じ場所に立っていた人間だからこそ今の自分の状況が見えてしまうのだろう。 それは純粋に自分を心配する言葉だ。解っているが、もう少しだけこちらの心情を深くみとってほしいと思うのまた、事実だった。 「………今回の被告人は有罪だ。それは、どの観点から見ても決定的だ。たとえ君が相手であったとしても、有罪判決が下るだろう」 だから何の問題もないのだと睨み据えるようにして告げてみれば、彼はその目を大きく見開いて瞬かせた。余計なことをいって怒らせたとでも思ったのか、少しだけ顎を引いてこちらの様子を伺っている。 「そもそも今日は休日だ。どのように過ごそうとそれは私の自由だろう」 そこに異論を唱えられるはずがないと鼻で笑ってみると、彼は苦笑するように唇を持ち上げて、そっとソファーに背中を凭れかけさせた。 誰かと相対している時にはあまりしないその仕草に、片眉だけを上げて様子を見遣る。………どこかそれは疲労をまとう仕草に思えた。 そうして彼は言い淀むようにあちらこちらに目を向けてから、大きな溜め息を吐き出して、ようやくこちらに目を向ける。 訝しげにそんな彼を見遣りながらは言葉を促すように眇めた視線で睨めば、降参するようにしてその両手が小さく持ち上げられた。 「………あのさ、いっても…………怒らない?」 遠慮がちな言葉は、大抵自分を怒らせるだろうことを予測しているからこそだ。 こうして間を与え、こちらの冷静さを求める声に、どうしても顔が険しくなる。それを自覚し、なんとか小さく深呼吸することでさざ波のようなその感覚をやり過ごした。 そうしてから、彼に再び視線を向け、頷くことで更に発言を促す。 「えっと……ね?…………ごめん、すごく、眠いんだ」 「…………………………………」 「待たせてたのに悪いんだけど、あんまりちゃんと相手が出来ないと思うんだけど…………」 折角の休みに申し訳ないけどそれでもいいかと、戸惑うような声で問いかける相手に絶句する。同時に、自分が彼にいつも求めるものが彼の中でどれだけの比重で存在するのかを痛感した。 傍にいたいと、彼はいう。一緒にいられることが最上だと、無垢な子供の願いのように。それは自分とて当然持っている感情だ。 けれど、それにどうしたって付加されるものを、求めてくれない彼にいつも願っていた。それは否定しないし、今後も繰り返すだろう問答だ。 けれど、だからといって、……………それがないから一緒にいたくないなど、思うわけがないのに。 「馬鹿なことをいっていないで、寝たまえ」 自然と棘つきそうな声は、けれど実際に紡いでみれば、どこか力ない寄る辺なさを纏っていた。 ………来訪者がいても眠ってしまう、それだけ身体が疲れているというのなら、むしろ彼こそが自分を厭えばいいというのに。思いながら、帰宅を促す言葉を告げられるのかと、ほんの少しの暗澹たる思いで彼を見遣った。 「え………いいの?」 けれど彼は、驚いたように目を丸めて、素っ頓狂なことをいった。 帰れという言葉が続かない現実を訝しみながら改めて彼を見れば、どちらかというと申し訳なさそうな顔でこちらを伺っている。 それは、ひとえに……そう、思って。緩みそうな唇をなんとか自制し、そっと言葉を付け加えた。 「………起きるまで、ここにいよう」 首を傾げて自分を見遣った彼に、着ていたジャケットを放り投げ、眠るようにもう一度促した。 ジャケットと自分を数度交互に見遣った彼は、はにかむような笑みを浮かべて、嬉しそうに頷いた。 それを見て、息が詰まりそうになる。………いつだって自分ばかりが彼に願いを押し付けて、彼がそれを叶えてくれるばかりだけれど。 彼はここにいることを自分に願っていると、拒まないその言葉の裏で教えてくれる。 決して弱音を吐かず、救いも求めず、自身の力で前を向く彼だからこそ、その尊さを自分は知っている。 ………ソファーに蹲って自分のジャケットにくるまり目蓋を落とす彼の顔には、色濃い疲労が見て取れる。これからそれは溜まる一方で、彼が事実を解明し、それが晒されるその日まで続くのだろう。 それでも彼は大丈夫だと言って、数々の逆転劇を披露したあの法廷での笑みを、自分達に与えてくれるのだ。 傷は自分一人背負い、弱さを強さに変換することをよしとして進む彼は、笑うことこそを武器にこの先の、闇とさえ例えられる未来を歩むのだろう。 …………彼はいつだって不敵でふてぶてしく、誰にも平伏さないことこそを求められているから。 それを汲み取り、彼は笑う。 優しく、穏やかに。 あるいはふてぶてしく不遜に。 ……………微かに聞こえる寝息に、自分がどれほど至福を思うかなど、知らないまま。 4の成歩堂キャラ製作中のお話(笑)役者を目指していたそうだよと教えられた時には笑いそうになったけどね!でもラッキーな設定でした。うまいこと組み込める(笑) 結構言葉に出来ないけど感覚で解ること、は多いと思います。特に対峙した相手の反応の予測に関しては。繰り返してみると、ちょっとした声のトーンや言葉のニュアンスで同じ反応を返すポイントとかもあったり。 で、同じ条件でそうしているときははぐらかしてほしいことかな、と解るときもあったり。これだから、という判別は難しいけど、解るものは解る、みたいな。 成歩堂はみぬく能力はないけど、そういう感覚の敏感さはあると思うのです。……じゃなきゃあんなこっちがぎょっとするようなハッタリを自信たっぷりにいえないだろう(苦笑) 今回名前もまるで出てこなかった情報提供者は『蘇る〜』のあの警察局長殿ですよ。個人的に彼はボルハチ常連であってほしい。そして孫を可愛がるように成歩堂とポーカー勝負しては負けてほしい(大笑) そんな彼との話も書きたいなーと思ってはいるのですが、もう一回『蘇る〜』をプレーしないことには口調がトレース出来ません。……………いつになることやら(オイ) 07.7.4 |
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