柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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他意がないことくらい知っている
感情の質が違うことだって解っている
それでも押さえられないからこそ
人が人を想うということだと
自分は思うのに

君はいつだって不思議そうに
戸惑いと躊躇いで見上げて
少しだけ寂しそうに


そっとそっと、微笑むのだ





その後



 微かな寝息が室内に響き、めくっていた書籍のページを中途に、その発信源に目を向ける。
 自分のジャケットをかけて眠る彼は、少しだけ身じろぎをしてそれを更に引き寄せた。
 もしかしたら寒いのかもしれない。そう思い、ソファーから腰を上げる。
 勝手知ったる事務所を横切り、更に奥の、元は所長室の中に入り込む。整然とまではいかないまでも、使い易いよう馴染んだ雑多さを見せるその室内の一角に畳まれた毛布を取り上げた。
 ここで仮眠をとることも多い彼の常備品は、既に自分も全て記憶している。こんな場所での仮眠は身体に負担がかかるだろうが、実際少しでも休まなければ動けなくなる程度には彼は無茶を自身に課す。
 それを責めたところで自分のやるべきことだと、あの真っすぐとした目で言い切られると言葉が継げなくなるのだから、互いの立場というものが自分にも良く理解出来てしまう。
 ………彼は、努力を惜しまない。惜しむことをこそ嫌っているように。
 それを取り上げようとすれば、彼は彼でなくなると牙を剥くだろう。自身の存在証明のように、彼は動き続けなくてはいけないのだ。
 ……もっとも、そんなことを彼が考えているのかどうかなど解りはしないけれど。
 軽く息を吐き出し、毛布を抱えて彼の眠るソファーに舞い戻る。健やかな寝息の割に、顔には疲労が色濃い。…………やはりどれほど彼が抵抗しようと、何らかの救済措置をとれば良かったかといつも思ってしまう瞬間だ。
 彼は彼の中の価値観念に基づいて全てを受け入れてしまうけれど、自分には何一つ納得のいくことがないのだから。
 彼は自身の稀少価値など知らない。そんなはずがないとあっけらかんと笑うに決まっている。誰もが同じような心を必ず秘めて生きていると、信じて疑わない清純さは、危うさとともに確かな強さとして他者に知らしめられはするけれど。
 それが故にこうしてゆっくりと摩滅していくのではないかと、そう思うこの微かな恐怖は、多分、彼には一生理解されないのだろう。
 …………思い、そっと息を吐き出してその頬を撫でた後、自分のジャケットを取り除き、彼に毛布をかけた。
 むずがるように一瞬だけ眉を寄せた彼の髪を梳き、眠りを促すようにその背を摩る。どうすれば安眠できるかなどよく解りはしないが、少なくとも母親が赤子にする仕草はこのようなものだろうと、脳裏で思い描きながら。
 彼の顔をのぞいてみれば、微かな呼気をこぼす唇が、ゆっくりと噤まれていく。どうしたのだろうかと、晒されたこめかみにそっと口吻けた。起きている時にしたならさぞ怒鳴られるだろう行為も、子供を甘やかしているような今なら許されるような気がして。
 少しは安眠を促せたかと、もう一度顔を覗き込んだ。呼気は穏やかだが、どこかその顔には影が落ちている。疲労故ではないそれは、どちらかといえば誰かを慮るときの彼の癖だ。
 訝しんで更に見つめていれば、その眉が顰められた。………なにか方法を間違えたかと焦って離した腕を追うように、彼の睫毛が揺れる。
 言葉もなく見遣っていれば、数度瞬きをした彼は、そっとその唇から音を紡ぐ。
 「が………りゅぅ……?」
 問う声音は、誰かの名前だ。寂しそうな顔で相手をいたわる響きを乗せるその声は、どこか切ない。
 呆然とそれを見つめて、目を瞬かせる。……………訳が、解らなかった。
 彼は瞬きを数度繰り返し、とろりとした視線のまま周囲を見渡していた。まだ眠いのは当然だろう。眠ってからまだ1時間程度しか経っていない。
 その目が自分を捕らえた瞬間、ようやく現実に意識が戻ってきた。
 「あれ……御剣?」
 相手も夢現つから戻ってきたのか、きょとんとした顔で慣れ親しんだ名を口にした。その様はどこか幼い。………けれど今はそれを愛でている余裕がなかった。
 険しくなっている顔を自覚しながら、寝起きで思考もまとまっていないんだろう相手を睨みつける。
 案の定首を傾げて彼は不思議そうにこちらを見返した。怒気を向けても、彼はその原因を理解しない限り怯えもしない。ただ何故そうした状況になっているのか理解しようと努めるだけだ。
 「…………どうか、した?」
 問う声は静かで優しい。決してこちらを刺激しないように気遣っていることは解る。解るからこそ、それすらが苛立たしさを増長させて、睨む視線に更に力を込めた。
 彼が、苦笑する。起き上がり、数度瞬きをして眠りの余韻を払い落とした。
 首を傾げてこちらの言い分を聞こうと間をあける彼の穏やかさが、忌々しい。いっそもっと感情的であったなら、こちらとて同じようにそれをぶつけられるというのに。
 誰かが……彼の中にいるのだ。自分以外の誰かがその心を捧げられている。たとえ意味が違うとしても、それが自分が苦慮するような意味合いを孕んでいなくても、面白いわけがない。
 ギリッと、奥歯を噛み締める音が体内で響く。それをどこか遠くで聞きながら、そっと立ち上がった。
 ソファーに座る彼とその前に立つ自分では視線が大分変わる。自分を見上げた彼はやはり不思議そうにしているばかりだ。
 それを覆うように、手を伸ばす。ソファーの背に添えられた両腕の中、籠に閉じ込められた相手はきょとんと目を瞬かせて左右への自由を制限する両腕を見遣る。
 まだ寝ぼけているのか、目を瞬かせるばかりで理解していない相手に、無言のまま近付いた。
 「………………………っと、待った!」
 ようやく現状認識が出来たのか、叫ぶような声とともに両肩に彼の腕が添えられ、力の限り押し返される。たいしてそれに逆らうことなく離れれば、相手は真っ赤な顔でこちらを睨んでいた。
 同じように睨んだまま、それでも腕の檻だけは解かず、彼にとっては間近といえるその距離で、問いかける。
 「なにを?」
 「…………は、離れてほしいんだけど?!」
 頭が混乱して言葉がまとまらないからと、切羽詰まった声で彼が言う。スキンシップすら苦手な彼にとって、この距離は恐怖すらあるのだろう。それくらいは理解しているが、だからこそ、聞き入れる気はなかった。
 「別に問題はあるまい。それより、何の夢を見ていた?」
 「問題あるから!って、なに?夢って?」
 視線をあちらこちらに彷徨わせながら、必死に弱々しい抵抗を見せている彼の腕をそのままにして告げた自分の言葉は、焦ったような声に聞き返された。
 肩に添えられた腕は普段よりもずっと力がない。それが受け入れている証拠と思えるほど自惚れられる立場に、残念ながら自分はいなかった。
 身が竦んでいるだけだ。それくらい、少し震える彼の身体から自分にも予測できた。
 彼の視線が離れている隙にそっと近付き、その耳に唇を寄せる。抱きしめるような態勢に、盛大に彼の身体が(おのの)いたことは、予測というよりは確信で理解していた。
 それを無視して、苦々しい声で囁きかける。
 「牙琉……というと、検事か弁護士か、あの兄弟のどちらかね?」
 「…………………え?」
 声に滲む意味に彼が気付いたのか、目を瞬かせたような、そんな声が聞こえる。相変わらず身体は震えているくせに、そんな状況でも彼は相手の事ばかりに気に向けて、拒否の言葉を紡ぐことを忘れる。
 それが、嬉しい。
 ………それが、歯痒い。
 自分以外の誰かにも、この優しい男はあっさりとその心を注いでしまう。意味が違うからと困ったようにいわれても、こちらの心理に変化などないのに。拒まないその腕が、自分一人に向けられているなど、どう保証されるというのか。
 まして彼は触れあう以上に、心の繋がりを求める人間だ。ならば、彼にとって……触れることを許す意味など、重要性がないのではないか。そんな、愚かなことさえ考えてしまう自身の思考に吐き気がする。
 「御剣………?」
 問うように名を呼ぶ声。戸惑いと躊躇いに震えていて、現状が彼にとっておそらくは怯える状況以外のなにものではないのだと、如実に知らしめる。
 それでもその腕が………そっと背中へと回される。
 ……………目眩が、しそうだった。
 「えっと……よく、解らないけど…………」
 「…………」
 「ここにいるから、泣くなよ?」
 優しい指先で抱きしめるように自分の頭を抱える彼が、心底困ったように、そんなことをいった。
 歪んでいない視界に涙など浮かんでいないことは明白だ。けれど、彼にとって表面的な表情になど意味はないのだろう。
 声に、態度に、雰囲気に滲む、奥底に沈め込み隠そうとするそれこそが、彼が抱きしめようとするものだ。
 怖いくせに。寝起きに唐突に意味も解らずこんな状況に陥らされて、逃げたくてたまらないくせに。
 …………それでも彼は打ち沈む自分を放ってはおけないからと、その腕を伸ばしてくれる。
 檻の代わりに用いた自分の腕を解き、彼の背中にまわす。瞬間、怯えるように震えた身体が、少しだけ悲しい。それを隠すように擦り寄れば、彼は戸惑うように頤を揺らし、背中を撫でてくれた。
 怯えているくせに優しい彼は、手を拒まない。いっそ切り捨てればその心は安らかだろうに、受け入れた相手の思いをこそ、鑑みてしまう。
 自分はそれを理解していても、理解しきれない。不安と恐怖は、彼とはまた異質の形で常につきまとう。
 触れあうことにこそ意味を求める自分の感覚は、彼には戸惑いでしかないのだろうけれど。腕の中、怯えながらも健気にたたずんでくれるその人を思うからこそ、確かに解るものが欲しい。
 心、だけではなく。言葉、だけでもなく。………消えることがないと確かに感じることの出来る、この体温で。
 それを知りはしない彼は、躊躇うような逡巡の後、静かに囁くように小さな声で呟いた。
 「きっと………君の傍に、いるから」
 同じ場所に立てなくなったけれど、と。苦笑するように彼はいって、そっとその頬を自分の肩に埋めた。それはおそらく、先ほどの自分の問いかけへの答えでもあるのだろう。
 兄弟どちらかなど解らない。ただ、彼が現状で追い求める真相の先には、きっとその影がたたずんでいるのだ。
 理屈でも証拠でも何でもない、彼の直感ともいえるその才智によって、それは導き出されたのだろう。
 近い未来……あるいは少しだけ遠い未来、彼はまたその目に涙をたたえながらも寂しそうに笑う日がくるだろう。その時きっと傍にいると、彼は約束するように囁いて、目を閉じた。
 求めてばかりで尽きることもないこの思いを、きっと彼はどれほど負担と思っても突き放しはしないのだろう。
 与えられるだけの言葉と思いを捧げて、ほんの少しの怯えとともに体温を添えて。
 …………不安を溶かせればいいと、願いながら。




 抱き締めた身体はやはり、微弱に震えていて。

 いつかそれすら救いとれればいいのにと。



 身勝手な祈りを思い、彼の肩に目蓋を埋めた。






   その後(成歩堂視点)



 そんなわけで霧人さんの小説とリンクする感じでお送りしました。
 いやはや、ギャグになりそうだと書くの止めようと思っていたのだがね。愛知県民とチャットしながらまあ適当にまとめてみるかーと。………彼女にこのプロットでシリアスに進めたら殺人事件が発生するといわれたけどね。そんな度胸は御剣にはない(互いに同意見)
 結局シリアスでまとめました。悋気はいまいち私には縁の薄い感情なもので表現しきれているかどうか。そしてひたすらに甘やかされてきるな、御剣。
 そして結構ひたすらに身勝手になってしまった。まあ嫉妬している人間が身勝手じゃなかったらおかしいか(無理矢理納得)

07.7.11