柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
寂しい笑顔 その後(成歩堂視点) 心地よい眠りだった。 少しだけ肌寒くて引き寄せたジャケットからは、慣れ親しんだ人間の残り香がする。室内は静かで、時折本をめくる音がそっと響くだけだ。 優しいこの空間は微睡みを更に助長させて、早くに起きなくてはと思っていた入眠時の思いなど今はもう掻き消えてしまった。 眠っていたい、この穏やかな空間で。ここには自分を悲しませるものも苦しませるものもない。おそらくは辛い思いをするだろう未来を、自分はどこかで知っている。 それを恐れる気はないけれど、出来ることなら誰も傷付かなければいい。真実を追うことは誰かを傷つけることでもあると、自分はよく知っているから。 思い、空寒さに少しだけ身体を震わせた。 そうしたなら、何故かあたたまった空間の中、微睡みをより深めようとする優しい指先が注がれた。 自分はそれを知っている。先日も与えられたものだ。自分のことを恐ろしいといっていた、何も恐ろしいものを抱かないだろう、微笑む人。…………瞬間その笑みの寂しさに眉を顰め、恐れるままに離れたぬくもりを追うようにそっと目蓋を持ち上げた。 見遣った視界の先はまだどこ曖昧で、思い描いた相手はそこにいない。名を呼んでみても、答えはなかった。 それならば思い違いか。そんなことを思い、微睡みの思考は そうして改めてクリアーになった視界の先には、驚いたような顔をした男が一人、たたずんでいる。 寝転がっている自分とたいして違わない位置の顔が真横に倒れて見える。まだ眠った態勢のままで彼の名を呼んでみれば、何故か彼の顔はどんどん険しくなっていく。 面白いほどはっきりとした憤りがその顔に浮かんだ。 ぼんやりとした思考であまり切迫した危機感もないままそんなことを考えていれば、更に睨む視線が激しくなった。いっそ憎悪を向けられているといっても過言ではないだろうそれに、小さく苦笑をこぼす。 彼は不器用だ。感情の出し方が不得手で、表現の仕方も不得手だ。向けられる怒気の全てが純粋な怒りではないと、自分は知っている。 まして眠っていて起きたら怒られるなど、そうはない状況だ。きっとなにかしらの勘違いか思い違いがあるのだろう。 「どうか……した?」 眠りにそのまま誘われたい衝動がまだ消えず、横になったまま問いかけた声に彼はいっそう顔を顰めた。それ以上深くは刻まれないだろう眉間の皺が少しだけ滑稽だ。 思いながら起き上がり、困ったように笑む。どうやら有耶無耶にしてもいられない状況のようだ。きちんと彼の話を聞かなくては、彼はこのままおそらくは不可解な方向に思考を伸ばしてしまう。 ………法廷では腹立たしいほど自信に満ちているくせに、自分の隣にいる彼は、いつもどこか不安そうで戸惑ってばかりだ。 その手をとり、方向性を定めるのはもう、それなりに長い彼との付き合いの中での自分の役目にもなっている。 無言のままの彼を見つめていれば、不意に彼が立ち上がる。拗ねたのかと首を小さく揺らすが、そのまま部屋を出ていく気配はない。 見上げた彼はどこか忌々しそうに唇を噛み締めた。傷にならなければいいと思いながら見つめていると、その腕が降りてくる。 肩に触れるわけでもなくソファーに添えられた彼の両腕は、何故か自分を囲うように布陣された。話し合うには奇妙な構図だ。何か理由があるのかと怪訝に思いながらもその腕を見遣る。 すると……唐突に視界が、陰った。目の前には、やはり無言のまま顔を近付ける男が一人。 いくら自分が鈍くても状況判断くらいは、出来る。彼の行動の意図に思い当たり、ぎょっとして両手で彼を押し退けた。 自分がそうしたことが苦手であることは、彼も熟知しているはずだ。だからこそ、彼自身が望んでも最終的に自分が許さない限りは無茶な真似はしない。 なにより、怖がることを知っているからこそ、彼はきちんと事前に自身が触れたいということを伝えてくる。………それ自体も十分苦手な部類の問答だが。 訳が解らない状況に少しだけ憤りが芽生えた。何があったにしろ、こちらの意志を無視してやっていいことではない。睨み付けて離すように声をかければ、彼はしれっとした顔でそれを却下した。 そうして、問いかけてくる。何の夢を見たか、なんて………覚えているわけもないのに。 そもそも近すぎる距離に他者の熱があると思うだけで思考が撹乱されるのに、普段からあまり覚えていない夢の内容など明確に口に出来るはずがない。 相手に告げられる解答を持ち合わせていない自分に、彼は少し焦れたように舌打ちをする。無意識の恐怖感が、どうしても身体を震わせた。 せめて顔を見なければ平気かと逸らした視線の端で、それすら許さないというように彼の髪が揺れた。逃げた視線への仕置きのように、彼の声が耳に直に響く。 「牙琉…というと、検事か弁護士か、あの兄弟のどちらかね………?」 それはひどく切羽詰まった、苦しそうな声。………内容よりもその声の質に驚いて、目を瞬かせた。 泣き出しそうだ。思ったのは、それだけだった。 まるで理解出来ない現状に戸惑って、かける言葉も忘れてしまう。どうして、と、きっと問うたところで彼は何も答えないだろう。答えるべき言葉を、彼はおそらく持っていない。 だから彼は自分に問うている。答えが欲しいと。質問すらないくせに、それでも自分に答えろと差しせまる。 「御剣?」 名を、呼んで。彼がこちらにだけ意識を向けるようにそっと誘導する。何が原因かなど解らないし、知らない。彼が求めるものがなんであるかさえ、自分には解らない。 ただ、泣き出しそうな彼をどうにかしたくて、惑いながらこの手を伸ばす。押さえていた肩を滑り落ち、背中に回った腕に、彼が少しだけ震えたのが、解った。 飲み込まれた息。意識がこちらに集中している感覚。まるで赤子が母親を探すような、全神経を使った探索の先に、自分がいる。それを全身で感じながら、彼に告げる言葉を必死に考えた。 「えっと……よく、解らないけど………」 彼が泣きそうな理由も、自分が寝ている間に何があったかも、今現在の状況も、彼の言葉の意味も。 …………何一つ、自分は解りはしないけれど。 「ここにいるから、泣くなよ?」 だからこそ、解ることにだけ、目を向けて。そっとそっと、囁いた。 びくりと震えた彼の身体が遣る瀬無くて、泣き出しそうなその意志を抱きしめるように、彼の頭を抱え込む。 相変わらず険しい顔で、憤りを向けるようなその目で、それでも彼を見ると自分には泣き出す寸前の子供のように見えた。 それに小さく苦笑して、自分の背中にも回された彼の腕をどうにか許諾した。 これは、傷つける腕ではないと、知っている。それすら恐れるのは、彼に対して失礼だろう。 どうしたって震える自身の身体が厭わしいが、いずれはきっと慣れてくれると信じてくれたから。怯えながらもそれを、受け入れる。その度に彼を傷つけるのもまた、事実なのだけれど。 それなのに彼こそが怯えるように擦り寄ってきて、奇妙な現実の陳腐さに小さく笑い、その背を撫でる。すると安堵するように彼の身体から少しだけ力が抜けた。 それを見つめながら、ぼんやりと考える。起きた瞬間に感じていた、違和感。自分は不安を感じたから、手を伸ばした。悲しむ人がそこにいたと思ったから。 けれどそれは、こんな風に それは、もっと…………と、考えて。脳裏に浮かんだのは、いま抱きしめる彼の言葉。 脳裏に微笑む人を思い出す。笑みの中にこそ全ての感情を溶かし、覆い隠す人を。 そうして、思い知る。………………きっと、自分はその腕を掴もうとして、たった今の夢の先と同じように、掴めないのだろう。 不安を、悲しみを、怯えを、苦しみを、全てを溶かして笑む人を、自分は救うことは出来ない。あまりにもちっぽけな自分の腕は、たった一人のためにしか差し出されないから。 遣る瀬無さに胸中が軋む音が聞こえた。 それを噛み締めて、自分に擦り寄る人の背中を見つめた。………今までもこれからも、きっと、と。微かな祈りを思いながら、そっと言葉を紡ぐ。 「きっと……君の傍に、いるから…………」 それが正しいのかどうかなど解らないけれど。それによって救われる事実があるかどうかさえ、解らないけれど。 それでも自分はもう既に選び取ってしまった。そしてそれを………手放すことなど出来ないから。 自身の欲深さとエゴを隠すように、彼の肩に顔を埋める。 全てを救う人になど、自分はなれない。 どれほど願っても、この腕から零れ落ちるものはある。 噛み締めながら、思い知る。 いつの日か、自分が裁くであろう人の背を、思い描いて。 そっと、一粒だけの贖罪の涙を、彼の肩に溶かした。 気付かれないことを、願いながら。 一回くらいは成歩堂視点と御剣視点で考えていること見えていることの違いを出したいなーと思っていたので、やってみました。面白ないなー、この勘違いっぷりが。お互いに。 最終的に見ている観点が違うのですな、どっちも。だから慮る部分も違うし思い込みもあると。まあ思い込ませておいている部分もあるのですが。特に御剣は上手く誘導されているぞ☆(それはそれでどうなんだろうか) まあ今回わざわざ成歩堂の方まで書いたのは御剣視点だと霧人さんを絡めた意味があまりないから。もうちょっと霧人さんの話してよ御剣、と自分で思いながら書いていた。 そして最後に震えている意味を取り違えているのもそっと書き加えておいてみました(笑) まあどんなことであれ、成歩堂自身のことに関しては成歩堂が気付かせようとしない限り一生気付かないままだと思うけどね、御剣。 遣る瀬無かろうが切なかろうが、こればっかりは彼が彼として生きている限り仕方がないと思いますけどね。頑張って精進しておけ。 07.7.12 |
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