柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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昔から律儀な彼。
おっちょこちょいな自分を
幼い彼はいつも心配していた。
もっと強くなれといい
しっかりしろといって
もっと前に進めるのだと
力強く楽しそうに笑った。
きっと彼にとって
自分は放っておけないほど、弱かった。

それから長い時が経って。
あのときの無敵の少年は
躊躇いがちな笑みで、
そっとそっと自分に手を伸ばす。

この手を取って、なんて。
……………一言さえもいわないで。





もう少しだけ、秘密。



 軽いノックの音が響き、入るように声をかけた。もう既に事務所は営業時間を終えているから、そのノックは今日約束した人物のものなはずだ。
 時間的にそろそろ来ると思っていたので所長室のドアを開け放ったままにしていた。そうすれば出迎えずとも声だけで彼を迎えられる。………もっとも、出来る限りはきちんと出迎えてやった方がいいことくらいは解っているけれど。
 そっと閉ざされたドアの音と躊躇いがちに小さな足音が室内に響く。
 「成………」
 彼が自分の名を呼ぼうとして、それが掻き消えた。
 少々乱雑に見えるだろう机を、おそらく垣間見たのだろう。彼から見たら相当ひどいと思われているのかもしれないが。
 また近付く足音。一瞬の躊躇いの後、彼が所長室へと続くドアから顔を出した。
 「ああ、御剣。いらっしゃい。ごめんな、15分くらい、待っていてもらえるか?」
 「ム………それは構わないが……」
 濁された言葉の後、本当にそれで片が付くのかという疑問が待っている。的確に読み取れるその心情に苦笑が浮かぶ。
 おそらくいつもいつも家を散らかしているからと彼の家に訪れるせいで、彼の中の自分は相当な掃除下手になっているのだろう。
 もっともそれは大概の人間に思われていることだし、自分も否定はしない。ただ、事実はほんの少しだけ違うだけだ。
 「平気だよ、いっておくけど、僕、別に掃除下手じゃないからね?」
 「ム?しかし君は…」
 「掃除が嫌いなんだよ。面倒だし、しなくても困らないからしたくないだけ」
 埃があっても死ぬわけでもない。まして物が乱雑に置かれていても自分が解っていれば困らない。それなのにわざわざ疲れた中に掃除をする気になれないだけで、掃除自体は下手でも苦手でもない。
 あっさりと教えた事実に彼の眉間に皺が寄る。衛生管理が云々などといわれる前にと、とりあえずソファーを指差して座っているように声をかけた。
 「……………」
 苦虫を潰したような顔で睨まれても背中への視線など痛くもない。素知らぬ顔で片づけを続けていれば、彼は最後の質問というような間をあけて、問いかけてきた。
 「しかし、何故、今日突然?」
 「ん?ああ、片づけのこと?」
 法廷と違い、日常生活では端的な言葉しか言わない彼の発言に付け加えて問えば、彼は至極真面目そうに頷いた。ついでに振り返った時に見えた彼の表情が、少しだけ不安そうなことに吹き出しそうになる。
 本当に素直になったものだ。もっとも、他の人間にはなかなか解らないらしいという不思議さもあるが。
 どうせ、自分との約束がある日に突然好きでもない掃除をしたのは、約束を断る口実ではないかとか。そんな消極的な考えが浮かんでいるのだ。彼は自分に負い目があって、それは多分、この先もずっと拭えないのだろう。
 だからこそ自分の一挙手一投足にひどく敏感で、大抵がマイナスの方向へと思考を走らせる。一種のそれは防衛本能なのかもしれないと、そう思ったのは、彼の弱さを知ったときだっただろうか。
 ………拒まれる痛みは、自分もよく知っている。それが大切な相手であればあるほど、傷は深い。そして彼は自分にそれを与え続けたと思っている。
 もう既に許したことであっても傷は傷なのだと、彼は悔やんでくれるから、それ以上に責める気になどならないのだけれど。
 許したことにさえ痛むというなら、それは自分の弱さに他ならない。彼が気にかける必要はないといったなら、泣きそうな顔で見つめられるので、決していわないけれど。
 「さっき電話があってさ」
 「…………?」
 「何か僕の担当した刑事事件に似た事件を担当するらしくて、参考にしたいっていわれたんだよ」
 それで探すついでにそれに関連したものも用意していたらこうなったのだと言ってみれば、安堵したように彼の瞳が揺れる。
 小さく数度頷いた後、納得したかのように笑って、やっと彼は隣の部屋のソファーへと向かってくれた。所長室のドアを開けたままなのは、多分無意識なのだろう。
 ぱたぱたとせわしなくファイルを開いては閉じ、付箋を付け、また新しいものを取り出し積み重ねる。繰り返されたそれがそれぞれの分野別に区分けされ、不要と判断されたものが棚に収まる頃、彼が来てからそろそろ20分が経とうとしていた。
 若干遅れたのは彼との会話分ということで差し引いてもらおうと、なんとか出来上がった資料の山を見遣り、次いで開け放たれたままのドアを見遣った。
 そこからはこっそりと彼の姿が見える。ソファーぎりぎりに陣取って座っているのは、こちらが伺えるようにしたせいだろう。
 彼は言葉にしないくせに、態度には嫌というほど表れる。そしてそれくらいでは決して人には伝わらないと本気で思っているのだから、ある意味凄いと思う。
 友人に向けるにしては少々度の過ぎる執着心だ。傍にいるときは決して目を離したくないと、全身で語っている。いっそそれは、傍にいない時間さえなくしたいというほどに。
 そこまで思われていて気付くなという方が無理だ。それを理解した上で諾といつも答える自分の方の感情に彼が気付くのは………相当先の話なのだろうけれど。
 彼はひどく自分を綺麗なもののように思っていて、感情の全てすら、清らかだと思い込む。
 同じ人間だし、彼が失踪した後の再会では相当ひどいことをいった自覚もあるけれど、彼にとってそれらは些事らしい。
 彼にとって重要なのは、そうした感情をぶつけながらも最終的には許し受け入れる、その結果だ。
 欠片ほどの不純物も介入させない感情であれば、どんなものでも嬉しいらしい。それが純然たる怒りでも悲しみでも、どんな要素も含まれず自身に向けられることが、多分彼は今までになかったから。
 天才だともてはやされ、その裏でやっかみを向けられ、疑惑に彩られ続けた彼の歩みを思えば、それは確かに頷ける。彼自身という一個人に向けた感情は、それを思えば心地いいものだろう。
 あやふやな何かに与えられるものではない。彼という個を知ろうとする行為。その道筋での確執は、おそらく初めて知った摩擦だ。
 だから彼は自分を求めて、同じくらい、恐れる。
 自身の執着が度を過ぎている自覚くらいはあるのだろう。それを突き付けて拒まれることをこそ、恐れている。
 「今更だよな………」
 そんなことを思い、ふと洩れた言葉。
 …………本当に、今更だ。結局いつだって自分は、彼のことを最後には許してしまう。それを知っていればもっとずっと強気にもなるのだろうけれど、彼にはその自信だけは構築されない。
 思いながら、苦笑が浮かぶ。いつかはきっと気付くだろうけれど、まだもう少しの間くらいは、こうした関係でもいいと思う。
 不憫なほど戸惑いと躊躇いをのせた眼差しでこちらを見遣るのは、おそらく重ねた月日の先にある揺るぎない絆以外に、打ち消せないのだろうから。
 そっとドアをくぐり抜け、待たせた謝罪を口にしようとした瞬間、息を止める。
 近付いても彼は動かない。足と腕を組み、少し俯いて、けれどその目は閉ざされている。足音を立てないように傍により、しゃがみ込んで顔をのぞいても同様だった。
 ほんの20分にも満たない間待っているだけでも眠ってしまうなど………どれほど疲れていたのだろうか。これで自分と夕食を、など、無理をしているに決まっている。
 彼のこうしたところだけは、いつも怒鳴りつけたい衝動に駆られる。ひどく自分を大事に扱うくせに、彼は自身に強いる無茶は目を瞑るのだ。それでは何の意味もないと幾度いっても、多分彼には解らない。
 彼はせめて少しでも一緒に居たいといい、自分は彼に身体をいたわって欲しいという。
 開いた穴を埋めるように一緒にいることを願う気持ちは解るけれど、それ故に彼が身体を壊すなど本末転倒もいいところだ。
 同じことを自分がしたなら烈火の如く怒ることは目に見えているのに、同じことを自分が思うなんて考えもしないのだ。
 小さく溜め息を吐いて、時計を見遣る。時間は夜の7時半。夕飯を食べるのには頃合いだろう。空腹感を感じなくもない。
 それでも起こすには忍びなくて、苦笑を浮かべ、立ち上がる。
 そっと彼の髪を撫でれば、さらりと質感のいい毛先が流れるように滑り落ちる。それを見つめ、いい夢をと祈りを捧げ、給湯室へと向かった。
 飲み物を入れて、彼が目覚めるのを待ってみよう。8時を過ぎても起きなければさすがに起こして、きちんと自宅で眠るように促せばいい。
 不満を示すなら一緒に彼の家にお邪魔して、軽い食事くらいは作れば、きっと嬉しそうにするだろう。
 こぽこぽと薬缶に水を汲みながら、ほんの30分程度先のことを思い、小さく笑う。こんな風に彼との会話を想像するなんて、夢にも思えなかった。永遠に送り続けるだけの情が、まさかそれ以上となって返ってくるとは夢想だにしなかった。
 それでもそれを心地いいと思うのだから、結局は(ほだ)されているのだろう。
 淡く色付く唇の笑みは、多分彼も知らない色。…………もう少しの間だけ、彼は知らないままで、いい。
 自分の感情もまた彼に寄り添えれば、その時には自然と知れるものだろう。思いながら、常備されるようになってしまった紅茶缶を見遣り、苦笑が浮かぶ。
 ゆっくりと侵食される、この感覚。
 心地よい微睡みにも似たそれに、ほんの少しの恍惚とともに目を瞑る。
 湯の湧く音が響くまでのあと数分。抱きしめられているようなその空気に、そっと吐息を落とした。



 じっと、ソファーから給湯室を見つめる視線があるなんて、気付きもしないまま。








   



 一応3の方でつき合っている感じにしたので、そこに辿り着く感じにしてみました。
 とはいえ、どう違うんだといわれれば、何も変わらんよ、としかいいようがありませんけどね☆
 まあせいぜい、御剣の独占欲が強まったのと自分が不満に思うことをなんとか口に出来るようになったくらいですか。
 ………あれ?成歩堂、いつから御剣の親になったんだ?
 まあ私が書く人たちですから。そんな風にもなるさ、うん。

07.6.27