柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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多分きっと、君の願いと僕の願いは
重なっているけれど
形が違う
僕はそれを知っていて
君は少しだけ、知らない

だからきっと
君はいつも不満そうな顔をして
同じくらい
幸せそうな顔をするんだろ?





僕に光を 君には愛を



 ことん、と机とコップがぶつかる音に彼が視線をあげた。それに気付き、持っていたもう一つのコップにそのまま口をつけ、彼にも自由にするように視線で促す。
 軽く頷いて礼の言葉とともに彼もコップに手を伸ばす。家に来る途中で買ったペットボトルの茶は程よく冷えていて喉を潤すのに申し分なかった。半分ほどを一気に飲み、軽く息をついてコップを机へと置いた。
 一口しか飲んでいない相手もまた、机へとコップを置き、しげしげとまた室内を見回している。この部屋に入ってからもうずっとだ。
 「そんなに珍しい?」
 あまりにもずっとそうしている相手に不可解そうに問いかける。
 別段おかしな部屋ではないと思うが、彼にとってはそうではないのだろうか。………とは言え、自分が彼の家に赴いても特にそんな態度を示したこともなければ、そこまで興味の引かれるようなものを見かけた覚えもない。
 お互い相手の趣味に驚くような間柄でもないのだから、規格外のもののないこの部屋にそこまで彼が興味を持つことは不思議で仕方がなかった。
 けれど彼はそうは思わなかったらしく、苦いものを口に含んだように眉間に皺を刻み込み、睨むようにしてこちらを見遣った。一見して怒ったように見えるが、実際は拗ねているだけのその表情に目を瞬かせる。
 何が気に入らなかったのかと首を傾げて考えてみても、想像もつかない。自分にとって当たり前のことをいっただけで、彼は時折こんな風に凹んだり拗ねたりするから、同じように戸惑うことは多かった。
 「………君は、だから淡白だというのだ」
 「?ごめん、全然解らない。ちゃんと教えて?」
 むくれたような声でぼそりと呟いた相手の言葉を咀嚼してみてもやはり解らない。こういう時に解ったふりをしても何もならないと理解しているからこそ、あっさりと白旗を振って問いかけた。
 その応対こそが淡白だといいたそうな顔でこちらを睨んだ後、彼は盛大にわざとらしい溜め息を一つ吐き出し、むっつりと唇を引き結んでから口を開いた。
 「……………好意を寄せた相手の部屋に、興味があって悪いか」
 拗ねた子供のような物言いで告げられた内容を自分の脳内でリピードする。そうして理解した言葉の意味と、自分の過去の行動とを鑑みて、目の前の男が何故そうも不貞腐れた顔をするのかが何となく解った気がした。
 ………あくまでも何となく、であるのは、結局はその感覚が自分にはいまいち把握しかねるものだからこそだが。
 頬を掻きながら視線を彷徨わせ、なんとフォローを入れればいいだろうかと少しだけ悩んだ。
 「悪いわけじゃ……ないとは思うけど。そっか、そういうものか」
 結局自分には備わっていない感覚をどう言い繕っても相手にとって慰めにはならないだろうと結論づけ、解っていなかったことを白状する。知らないことを恥としないのは長所であり短所だと、相手がまた深い溜め息を漏らす。
 そんな相手の姿に苦笑を浮かべて何か謝罪の言葉でも告げようかと一瞬だけ考える。
 けれど自分が感じたのは嬉しさであって罪悪感ではない。それならばそれに従おうと目を細めてにっこりと笑いかける。途端、相手が息の詰まったような顔をするのはいつも不思議な彼の癖だ。
 「うん、でも、だからか」
 子供の些細ないたずらを見つけた気持ちも込めてそう告げてみると、相手は少しだけ警戒したように視線に力を込めてこちらを見遣る。心なしか、まだその視線の威力は弱い気がしたけれど。
 「………なにがだ」
 「ん?君が今日はうちに来たいって言い出したのだよ」
 普段であればスペース的にも広い彼の家を選ぶのが当たり前だった。けれど一昨日に家の掃除をしたという話題が出た途端、彼は突然今日はそちらの部屋に行きたいと我が侭をいいだしたのだ。
 別段誰に迷惑がかかるわけでもない可愛らしい我が侭だ。あっさりと聞き入れて今に至ったが、ようやっとその理由が解ってどうも胸裏がくすぐったい感じがする。
 彼が、自分を少しでも知りたいと、そう思ってくれる。それはなんともいえない気持ちを沸き起こさせるのだ。
 喩えようもないそれを無理矢理言葉に換えるというならば、雲間からこぼれる陽光を見つけたときの感嘆に近いのかもしれない。
 それはどこか、神聖めいていて、そして………どこまでも非現実的な象徴に思えた。
 もっともそんなことを口にしたなら、きっと彼は盛大に顔を顰めて滔々とその事実を打ち崩すために言葉の限りを尽くしそうで、告げることは憚られるけれど。
 「いつも部屋が汚いからと断られれば、いい加減疑いたくもなる」
 むっつりとまた不貞腐れた顔でいうのは、きっと図星を言い当てられて照れているせいだろう。
 自身が相手の感情の機微に疎い分、こちらがそれを見抜くと彼は少しだけ不機嫌になる。その大部分が照れや腑甲斐無さなど、自分自身に帰着するもので構成されているのだから、厄介といえば厄介だ。
 困ったように笑いながら、彼の名を呼んだ。逸らされていた視線が少しの逡巡を経て、こちらへと帰ってくる。
 …………この数秒の間の自分の幸せを知らない彼だからこそ、そんな風に考えたりするのだろうと、脳裏で思いながら。
 「僕、嘘は吐かないよ。嘘を吐かれるのが嫌いだから」
 明確な理由のもと定められている自己倫理を提示してみれば、彼は言葉に詰まったような顔でこちらを見遣った。
 そんな顔を見ると迷子になった子供を連想してしまうが、実際は同い年の、しかも自分よりも体格のいい男だ。それを可愛いと思うこと自体、あばたもえくぼという意味を考えさせられる。
 そんなことを考えながら、愛しい人に言葉を綴った。
 「君は僕より忙しくて疲れているだろ?」
 「…………………?」
 「だから、君の家にいれば、僕が帰ってすぐに休めるだろ。たいした理由はないよ、汚いっていう以外には」
 せいぜい君の体調くらいなものだといってみれば、彼は惚けたような顔でこちらを見遣った。
 また何か気に触ることでもあったのかを首を傾げて自分の発言を反芻する。けれどどう考えても怒らせるようなことは言っていないはずだ。
 それともまた自分には希薄な感覚の問題だろうかと相手を見遣ってみれば、戸惑いを乗せた顔の中、目元が色付いている。
 「…………?御剣?」
 「っ………い、いや、その…………君がそんな風に私を気遣ってくれていたとは、思わなくて」
 てっきり警戒されているか照れているかだと思っていたのだと小さく付け加えられた言葉に目を瞬かせる。
 別段、彼を自宅に招くことに抵抗はないし、嫌だとも思わないが、やはり言葉にしなくては伝わらないことは多いものだと改めて実感した。
 「君ってそういうところ、本当に自信ないよね」
 驚きのままつい口にした言葉に相手はむくれたような顔で睨んできた。パッと口を噤んだところでもう出た言葉が返ってくるわけもない。失敗したかなと思いながら、相手の出方を窺った。
 「君は、一度も泊まろうとはしないだろう」
 どんなに遅くなっても帰宅することを不満に思っているらしいその言葉に首を傾げる。確か、それについては初めにちゃんといっていた気がする。そう思い、確認を込めて問いかけた。
 「え……でも、だって、いっただろ、初めに」
 「……………………」
 「僕、人の家でだと寝付き良くないんだよ。熟睡しても寝た気がしないし。余計に疲れが溜まるからって」
 それは納得したはずだと不思議がってみれば、また深い溜め息が聞こえる。疑問を乗せた視線で訝し気に見遣ってみると、顰められた顔がどこか寂しそうに見つめ返した。
 目を瞬かせていれば、顔を俯けるように逸らした彼が、言いづらそうに小さな声で呟いた。
 「それは何か月前の話だ」
 「さあ?でもそういうのは別に時間で解決するものでもないだろ?」
 「………だから、気心が知れていないのではないか、と……そう考えるのが当たり前ではないか」
 安心出来ない場所なのだと、そうレッテルを貼られているのは寂しいと、向けられたその顔が告げている。
 言葉が不自由な割に、彼の表情は存外素直にそれを表し、足りない言葉の分まで如実にこちらに知らしめてくる。
 足りない言葉と不器用な態度の中で、こちらが驚くほど雄弁なそれに、苦笑が浮かぶ。
 彼は多分、自分と彼の感情の差異を未だ理解はしていない。向けるモノは同じ言葉でくくられるけれど、その質は若干の違いがある。
 手放したくないと、どんなことがあろうとその隣にいたいと願うことがただの友情だと思うほど自分は馬鹿ではないし、はっきりとした欲求を自分に向ける彼の感情もまた、友情を超えているだろう。ただ、その先が、きっと違う。
 自分は傍にいて、生きていることを理解し、彼が彼の道を歩み進んでいる姿を知れれば、感情の大部分は満足するのだ。それは彼が自分を認め、手を伸ばす瞬間に感じる…あの厳かさと感嘆に近い感情だ。
 けれど彼はそれだけではなく、確かに相手がいるということを確かめたがる。言葉も心も、あるいは体温などというものさえも。全てをと願い望む。
 まだその感覚を獲得しきれていない自分には戸惑うばかりで、当然のように同じものを理解していると思い込んでいる相手にしてみれば、拒絶しているようにすら受け止められていることも、何とはなしに知っている。
 けれどそれは告げるつもりはない。告げればきっと彼は今以上に傷付いて悲しむだろう。………理解もしないで押し付けたと。
 それなら、自分と同じ土俵の中で、少しずつお互いが歩めばいいだけのことだ。
 「そんなことないよ。人の匂いが染み付いていると落ち着かないのは性分なんだ。だからさ」
 「………………」
 仕方がなさそうに苦笑して、ポンと、彼の額を軽く叩く。眉間の皺が深くなった瞬間に、笑みを微笑みに変えて、彼に提案した。
 「家が片付いている日なら、泊まっていってもいいよ?別に御剣がいるから寝れないとか、そういうわけじゃないんだしさ」
 「…………本当か?」
 疑うような声は、不安に染まったまま。本当にこういったところは自信を持てない奴だと苦笑する。もっとも、その因は全て自分にあると、彼は苦虫を潰したような顔でいうに決まっているのだけれど。
 「本当だよ。それならいいだろ?」
 にこりと答えてみれば、彼は少しだけ惚けた顔をした後。


 こちらが顔を逸らさざるを得ないほど優しく綺麗に、笑った。








   



 一応ちょっとつき合っている感じに。…………一方的に御剣が甘やかされているように見えるのは私だけだろうか。でも多分、ずっとこんな感じなんだろうな、うちの二人は。
 そして日常において……というか、物的証拠以外に対して、うちの御剣は面白いくらい鈍い。目に見えるものに対しては鋭いのだけど、気持ちとか感情とか、そういう推し量りづらいものにはとことん鈍い。
 ………むしろそうじゃなかったら『被告人は全て有罪に!』なんて無茶なことは実行出来ないと思う。ていうかするな。

07.6.26