柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



enter






暗い暗い暗闇の底
耳鳴りがするほどの圧迫感
何もないその空間で
懺悔する、その意味すら皆無

微睡みすらないその場所で
亡者のようなこの目を開き
一体何を認められるというのだろうか

暗い、暗い
あまりにも

この心の内は、暗闇に染まっている





心に1つだけ、魔法がある



 「………結局、何が言いたいんだ?」
 躊躇いがちに問いかければ、相手の眉間の皺が数段深くなった気がする。おそらくそんな反応はするだろうと予想はしていたけれど、それを回避するカードが残念ながら手持ちにはなかった。
 話を逸らすことは出来るかもしれないけれど、それで彼が納得するはずもない。欲しているものは想像がつくけれど、自分はそれを振るう気もない。
 そうであれば、本人にそれを口にさせ、こちらがそこから方向を定めてしまった方が幾分ましだ。少なくとも不毛な押し問答はないだろう。
 そう思い言った言葉には純粋な疑問を込めて、眼差しには戸惑いをのせて、告げる。実際何故そうした結論を彼が抱くのか、自分にはいまいち解らない。
 「解らない、というのか?」
 「正直なところ、なんでそう考えちゃうんだろう、とは思うよ?」
 苦渋の選択でも迫られたような顔で吐き出された声は、その顔に見合った苦々しいものだ。
 それに苦笑が浮かびそうになって、慌てて唇を引き締めた。案の定、こんなときばかりは勘のいい相手がぎろりと遠慮なく睨んできた。
 「だってさ………不可抗力って言葉、君だって知っているだろ?」
 「だが、師を追いつめたのは私が放り投げた銃のせいだろう」
 「だから………何でそう考えちゃうんだよ………」
 溜め息を付け加えてもう一度同じ言葉を告げる。うまく言葉が見つからないのか、相手は視線を彷徨わせながら顔を顰めていた。
 …………糾弾することには長けているくせに、彼は自身を断罪させることが下手だ。否、下手なのはおそらく、自分自身を表現するという、そのことだろう。
 依存しやすい彼は自分のカラーを見いだすことが未だうまくはない。
 だからだろうか、感情や感覚、あるいは自身を客観的な視点で見遣ること、そんなことをうまく表現出来ずにいつも四苦八苦している。
 彼とは逆にそうした点には長けている自分は、だからこそそういった時に彼より先にその思考が読み取れた。
 「いや、そう悩まないでいいからさ。えっと、ようは」
 「ム?」
 「法で裁かれはしなくてもあの事件の発端は自分だから罪を償うべきだ、とか。そういうこと?」
 少しだけ淡々とした音でそういってみれば、その言葉を噛み締めて確認しているのだろう、僅かな間があった。そうして緩やかに彼の頤が揺れて、肯定を示す。
 それにまた、溜め息が漏れる。
 「あのさ………確かに僕はなんで誰にも相談せずにいなくなるなんて真似したのか聞いたよ?でも、それは君を糾弾しようとしてじゃないからね?」
 「理由はそこに行き当たる。それだけのことだ」
 話題を切り離そうかと思って告げた言葉にはすぐに答えが返ってくる。おそらくは本心ということなのだろう。
 片眉だけ上げて困ったように彼を見遣ると、彼もまた困惑しているのか、少しだけ寄る辺ない子供のような目をしてこちらを見遣った。もっともその表情はどう考えても不機嫌そのもので、同じ感想をどれだけの人間が抱けるかは甚だ疑問だが。
 そんな、少し無関係なことを思いながら、唇だけを笑みに溶かした。仕方がないと、そんな風に思うときの癖のような、笑み。
 気付いたのか、ぴくりと相手の眉が反応する。それを視野に入れながら、口を開いた。
 「つまり、自分自身を罰したかったってこと?それともその行為で責められることで代償行為にしたかったわけ?」
 「………そう思っていたわけではない。が、考えてみればそういうことになるのだろうと、思った」
 「ふーん?で、君は今、僕にどうしろっていいたいんだ?」
 こちらの言葉を聞き入れながらゆっくりと、今現在も進行しながら己の中を整理しているのだろう。証拠のように彼の返答には少しの間が開く。それを見据えながら、次の質問を差し出した。
 沈黙は、少しだけ長かった。この解答は初めから持っているくせに、それでも口にはしづらいのだろう。逡巡するように視線が彷徨ったままこちらへと向けられない。
 30秒待ってもそれが続き、小さく息を吐き出して、彼の視線を誘導する。
 自分を視野に入れていない彼には、それが溜め息にしか聞こえないし、表情が解らないからどういった類いのものかも判断がつかない。自然と合わさった視線を捉えるように、静かに笑んだ。
 「ねえ御剣。僕は真実だけを知っているわけじゃないよ。それを理解した上で、聞いてくれる?」
 「…………ム?」
 「僕には僕の理解出来ることしか教えられない。そういうことだよ」
 噛み砕いていってみればきょとんとした訝しげな顔で頷かれた。おそらくそんなことは知っているとでも思っているのだろう、不可解そうな視線が少しだけおかしい。
 「じゃあ、僕の解答。僕には、解らないよ、狩魔検事の行動は」
 あっさりと告げた言葉に彼の視線が険しくなる。
 当然だろう。その罪を暴き全てを白日の下に晒したのは、他ならぬ自分だ。その張本人が解らないなど、無責任だ。
 それでもどれほど考えても想像しても、自分には理解が出来ない。
 …………少なくとも自分は、彼が引き金となって罪を犯すことはないだろう。それだけは、よく、知っているから。
 「痛みに錯乱したことは解るよ。その直前にプライドを傷つけられて許しがたく思っていたこともね。それが合わさっての行動だったといわれれば、それは確かに君が元凶といえるかもしれない」
 ぴくりと彼の肩が揺れて、項垂れるように首が垂れ下がる。この言葉を願っていたくせに、実際に与えられれば彼は誰よりも消沈してしまうのだ。
 それでも、正しく自分はありたい。誠実に、全てに接していたい。虚偽の中に溺れるなど、我慢出来るはずがないから。
 痛みを覚える姿を真っすぐに視線に捉えたまま、言葉を続ける。………痛みを負わせることになるのか救うことが出来るのか、それは自分には解らないけれど。
 「でもね、僕は同じ目にあっても、彼と同じ行動はとらない」
 「………………?」
 「いっただろ、僕は自分が理解出来ることしか教えられないよ。少なくとも僕はそんな真似はしない」
 きっぱりと言い切った言葉に彼に肩が揺れる。持ち上げられた表は、憤怒ともとれる形相。………やはり曲解したかと心のうちで苦笑する。
 「慰めなど………!」
 「いっておくけど、肉体の痛みと心の痛みの間に優劣はないからね?」
 噛み付くように反論しようとした彼の気勢を制するように、そっと言葉を付け足す。そのタイミングはとうに覚えた。
 彼はどうも時折自虐的だ。ようやく狭かった世界から抜け出したせいか、その広さに戸惑って己の卑小さを罵りたがる。先ほどもそうだ。自分が言った言葉は真実ではなく彼をいたわってのものだと、そんな風に思い込む。
 自分は嘘など言わない。…………それを与えられることが辛いことくらい、十分身に滲みて知っているのだ。
 「僕は確かに君から肉体的な暴行は与えられたことはないよ」
 けれど、と、小さく言葉を付け足す。出来ることんならわざわざこんなことを比較対象に出したくはない。
 少なくとも、自分にとってそれが同列に出来る程度の傷であり痛みだと、彼に教えるのは少しだけ憚られる。
 それでも事実は事実で、告げなければ納得の出来ない不器用な彼を、おそらくは悲しませるだろう言葉を、唇に乗せた。
 「気持ちの上でなら……何度だって、首を切られてる」
 口にした瞬間、どうしたって揺れてしまう視界。感情に直結した涙腺を無理矢理やり込めることにも、もう慣れてしまった。
 唇には笑みを象らせ、細めた視界で微笑を作る。少しでも泣き出しそうなことを隠すために覚えた仕草。
 歪みかけた視界の先で、彼が息を飲む。うまく像を結べないせいで、どんな顔をしているのか正確には解らないけれど。
 「再会しても君は僕を嫌っていたし、冤罪であることを知っていても僕を有罪にしようともしたよ。………ようやく元に戻れたかと思えば、また相談もなくいなくなったし」
 鋭利な凶器で抉るような事実ばかりを列挙すれば、彼の首が背けられ、組んでいた腕がその身を支えるように強く握りしめられている。
 ………ひどいことをいっているなと思いながら、瞬きを一つして視界をクリアーにする。落とせない涙なんて今更だ。飲み込んでしまえば、後は笑うための武器になる。
 「それでも僕は、もちろん悲しいっていうのはあったけど、君を恨んでないし憎んでないよ」
 「………………」
 「だから、君のどんな行動をもとにしても、僕にはそれによって犯罪を犯す気持ちは解らない。君が犯罪の元凶になるなんて、あり得ないんだ」
 微笑んで、ゆっくりと噛み締めるように教える。
 ………この世の摂理なんて解るわけがない。自分は自分の腕の伸ばせる範囲の現実しか掴めない。けれど、だからこそ、その範囲の中であれば、譲らない。
 彼は俯いていて、その前髪に顔が隠され表情は見えない。それでもその噛み締められた唇だけは覗けて、遣る瀬無くなる。
 自分の持つ事実は、決して彼の心を軽くするものではない。おそらく、よりいっそう自身を戒める茨に変わるだろう。
 それでも彼は明るみに晒すことを自分に望み、自分はそれ以外の手段で彼の言葉に応える術を知らない。
 もっと自分に力があればいいのに。そうしたなら、こんな風に彼を項垂れた姿で放置などせずにいられる。
 自分の使える言葉は、守るための魔法にはなりえない。ただ、切り裂き白日の下に晒し、それを乗り越えてくれと願う程度の脆弱な言葉。
 ただ打ち沈まないでと、そう願うだけの、拙く稚拙な魔法の言葉。
 「ね?だから君がそう考えるのは、僕には解らないんだよ?」
 悲しいくらい無力な自分を思い知りながら、沈む気持ちを奮い立たせるように、少し弾んだ声で告げる。
 からかうような混ぜっ返すような声音に彼はゆるゆると首を回し、自分をようやくその視界に入れた。
 そうして、また、項垂れて。
 「…………君が、それを許してくれる、なら」
 それを信じよう、と。彼は小さく小さく吐き出した吐息と一緒に、言った。

 その言葉を祝すように俯くその髪を梳き、そっと抱き寄せる。



 自分よりも大きいはずの彼は、まるで幼い子供のように小さく、思えた。








   



 で。結局御剣は過失傷害とかにはなるんでしょうか。まあ訴えがないから刑事事件にはならんのかもしれんですが。それとも時効とか??実は1をプレーしてからずっと疑問。どうなんだろうな…………

 そんなわけでついでにその時思っていた自問自答を書いてみました。最終的なところ、どんな傷を与えた相手であれ、それを同じように返していい理由はあるまい。というのが持論なもので。そもそも同じ痛みを与えるということ自体、不可能だからな。
 相手が悔いているのなら罰するよりは許しを与える方がいいと思うが。………この場合、御剣にはそれが可能だが、狩魔検事にはちょっと無理だよな(遠い目)

07.6.28