柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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突然のこと過ぎて呆然とした
彼にそんな疑惑などあるはずもなく
彼がそんな行為をするわけもなく
彼を知り関わった検事であれば
疑う余地もなく真っ先にその情報をこそ疑うはずだった

それなのに
よりにもよって
そんな日に限って

彼を知らない、愚かな若者が、相手だった

どれほどの悔恨を飲んだだろうか
自分を救った人を、自分は救えない、この現実に。





私がそれを嫌がる理由



 「悪かったな、無理いって」
 どこか悪戯を仕掛ける子供のような顔で彼はいい、軽く手を挙げた。
 昔はしっかりとセットしていたその髪を帽子の中に隠し、パッと見は過去を知るものにさえ彼が誰であるか解らない、そんな風貌だ。
 それでも知っている。その身の奥底に眠るものは、今もまだ消えていない。覆い隠すようにして身に付けた所作程度で、自分は惑わされない。
 睨む視線の先ではへらりと笑う彼がいて、やはり昔と変わらないと、どこかでそんなことを思った。
 「相変わらず眉間にヒビ入れちゃって………ああ、もう定着しちゃったのかな?」
 「……………君も変わらず減らず口を叩くな」
 むっと口元を引き締めて返す言葉に彼は笑った。楽しそうな声だ。機嫌がいいのかもしれないし、あるいは全く逆かもしれない。
 こんな部分は昔から上手く彼は隠すのだ。単細胞なくせに、自分の感情を誰にも拠り所として与えはしない。
 淡白なその面を彼らしいと一言で済ますには、どうしても溜め息と眉間のしわが付随してしまうけれど。
 それでもそれは彼らしさの一面であることは否めない。昔は人懐っこさに隠れて知られていなかっただけで、存外変わっていないのだ。
 もっとも、それが故に変わっていない部分はその他も同じで、表出する形が変化しただけの彼に、幾度となくやきもきとさせられたことも否めないのだけれど。
 「まあそういうなよ。さすがにこれ以上の無茶は頼まないしさ」
 「………これ以上の無茶が存在するならば、だがな」
 溜め息とともに返した言葉に、相手はそれもそうかと朗らかに笑った。欠片ほども悪いとは思っていないのだろう楽しそうな顔は、どこか幼かった。
 「でも感謝しているよ?僕は僕の手で、どうしてもこの事件だけは解決したかったんだ」
 笑みはそのままに、彼がいう。真剣な眼差しにぞくりと背筋が緊張を孕んだ。
 ここが法廷であったなら、どれほど良かっただろうか。彼と対峙し、真実を導くその過程は、どれほどの充実感に満ちていたことか。
 あまりにも手応えのない、表面的な弁護や手抜きの法廷。そんなもの珍しくもない。目の前の彼やその師らの存在こそが希有であったことを、自分は身に滲みて知っている。
 だから、帰って来れるならいいのにと、思わない日はなかった。法廷こそが彼の生きる場所だった。真実を見据え続けるその目が、他のどこに向けられると言うのか。
 それでも現実は残酷だ。彼の胸元に、あの光るバッチはもう、存在せず、その時間はとうに携えていた時間をこえた。
 遣る瀬無い。誰よりもあの場に立つべき人間が、不当な手段で退けられるなんて。
 幾度も手出ししようとして、彼本人に止められた。本当であれば当時のうちに全てを暴いてしまいたかった。誰でもいいから、誰か、生け贄の羊を祭り上げてでも。
 …………………もっともそんな危険な思想だからこそ、彼に止められたということが解らないわけではないのだけれど。
 「御剣?眉間」
 己の中に深く沈んでいたのはほんの数秒だったが、あっさりと看破していたらしい相手が弾くようにその指先で眉間を突いた。
 僅かな衝撃に顔を顰めるが、おそらくは情けない子供のような顔なのだろう。彼がひどく優しそうに笑っていたから。
 じっとその姿を見ながら、彼が今日赴いた先を思い、溜め息が漏れた。
 「君は……もう少し人を恨むことを覚えた方がいい」
 「……………また唐突に暗いこというな、君は」
 あっさりとした声で一蹴するように成歩堂が呟けば、目の前の相手に眇めた視線で睨み据えられた。久しぶりの視線だと飄々とした笑みでそれを受け止める。
 彼は存外感情的で、その目にはいつも思いが浮かんでいた。だから何故に彼がその視線を自分に投げ付けるかも、何となくは解るのだ。だから、怖くはない。恐ろしくもない。
 ただそれだけで、人は人を憎むことがなくなってしまうものだと、実感とともに噛み締めた。
 「自分を陥れた相手のことなど、気にかけるな」
 子供のような物言いで、彼は懇願するように呟く。許可を求めて、それを許したのは彼のくせに、それでも嫌だなど、子供以外の何者でもないとも思う。それでも、解るのは彼の中の、おそらくは悔恨といわれるべきもの、か。
 過去に彼は自分を裏切った。初めて二人法廷で立ったとき、彼は自分が冤罪であることに気付いても有罪判決を与えようとした。そのことを気に病んでいるのか。今更過ぎる、過去の話だというのに。
 独房にいる彼と、目の前の彼は、確かに自分に同じことをした。片方はそれに失敗し、片方はそれ故に己が囚われの身となった。
 真実はいつだって自分の前に転がっていて、正しく見据え続ければ、必ずそれは明らかになった。
 だから、それ以外に意味のあることはないと思うのだ。
 事実は事実としてそこにある。それをどう解釈するかは人それぞれだ。彼は過去を悔やんで己を律し、自分はそれを見つめて愛しいと思う。そんな相互関係すら、彼は気付かないけれど。
 「気にかけてないよ。僕が会いにいったのは友達だし」
 「…………同じことだっ」
 「違うよ。僕は7年間僕の親友でいてくれた人に、会いにいった。それだけだよ」
 自分を陥れた人間ではなく。たとえ手段であったとしても心砕き自分を思い続けてくれた人に会いにいった。それだけなのだ。
 そしてそれは多分、同様に、目の前の彼にもいえたこと。憎んだり恨んだり少しはすればいいと罵られたとき、不思議に見返すことしか出来なかった理由を、きっと今ようやく彼はうっすらと知り始めている。
 微かな動揺が、目を過る。それを見据えて、静かに笑んだ。唇が動き、耳に響くだろう鋭い音をやんわりと見つめ続ける。
 「そんなもの、奴の身勝手な計画だろう」
 視線に耐え切れずに御剣が小さく呟く。噛み付くように甘い成歩堂の見解に異議を唱えれば、目の前の相手は軽く首を傾げて、窘めるような口調で返す。
 ………落ち着かない。まるで幼い我が侭を包み込まれているようなものだ。
 何に異議を唱えたいのか、解らなくなってくる。
 自分を陥れた相手を憎めというなら、己もまた憎まれたはずだというのに。そのくせ自分は、彼を手放す気など毛頭ないのだ。
 …………たとえ逃げようと、きっとその腕を掴み引き寄せる。
 それでも、否、そうだからこそ、他の誰にも同じ真似をさせたくはないと、独占欲のような幼稚さが頭を擡げる。
 「うん。半分は確かに自分のためだっただろうな。それくらいは解るよ」
 それならばと畳み掛けようとして、言葉の違和感に一瞬の沈黙が落ちた。
 自分の言葉との食い違い。決定的なそれに、眉が盛大に顰められる。
 「…………半分?」
 問う声は低い。脅すような声ですらあっただろう。それに気付かないように彼はのんびりと笑んでいて、激昂している己が空しくさえ感じる。
 小さく息を吐く。感情的になって現状を見ても何も出来ない。昔から、この男に勝てた試しがないのだ。彼の中には自分の知らない真実がいつだって横たわっているのだから。
 呟いた自分の言葉をそのまま己の中で反芻し、考える。彼のいう意味を理解しようと、舌の上で繰り返す。もっとも、幾度繰り返そうと彼と感性の違う自分にその真意を見いだすことは不可能に近いけれど。
 それを理解しているのだろう、彼はさして間を置かず、すぐに口を開いた。
 「そうだよ。振りであろうとなんだろうと、僕はそれに助けられた」
 「……………………」
 「だからね、これが僕なりの報復、だよ」
 仕方がなさそうな笑みで、どこか諦観さえ見せるような、その笑みで。
 それでもこの上もなく優しく慈悲深く、彼は笑んで、囁いた。
 「彼を嫌いになってやらない。きっとそれが一番、あいつには辛いんだ」
 少なくともあの7年間は嘘ではなく、確かに自分達の間に友情は成立していたから。だからこそ、裏切りの後に責めもなく許されるその痛みを、彼は受け入れなくてはいけない。
 そう呟く成歩堂が一番、泣き出しそうだ。……………笑んでいながら泣くなど、矛盾もいいところだと御剣は唇を噛み締める。
 「…………バカだな、君は」
 「君にいわれるとは思わなかったけど?」
 痛ましさに伸ばしそうな腕を自制し、呆れたような声で呟けば、困ったような声で彼が言った。
 変わらない軽口を返して、愚かな自分の言葉から始まった不毛なだけの寂しい会話に終止符を打つ。
 どうせ彼は知っているのだ。
 真実を見つめることに長けたその視線は、自分の思いも独房にいる彼の思いも、解っている。
 裏切らずにはいられない弱さも、それでも受け入れてもらいたがる愚かさも、全てを理解した上で許される痛みも、何もないかのように振る舞うこの強がりも。
 そうして最後の最後には、必ず与えてくれるのだ。

 欲しいとずっと願い続けた、ものを。




 ……………裏切ることなく注がれる、優しい感情。







   


 うーん、普通に書いているつもりでも何故かミツナル風に。むしろミツナル←霧?

 裏切ろうが何だろうが、それでも離れないでとずっと手を伸ばし続ける相手はなかなか切り捨てられないと思うのですが。強がっていきがって平気だと嘘を吐くから余計に。
 まあ霧人さんはプライドが高いので御剣以上に絶対に自分の弱味を見せようとはしないだろうけど。でもきっとバレバレなんだ(笑)

07.5.18