柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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どうしてだろう
だってこんなに解りやすいのに
それでも解らないっていうのかな

だめだよ、それじゃ
ほら、背中を伸ばして
違うよ、その背中じゃないって
気持ちの、背中だよ?

寂しい寂しいって
ずーっと俯いてばっかり
ほら、顔を上げて
前に、進もうよ

仕方がないから、手、引いてあげるよ?





さよならの行方



 「ねえ、散歩していこうよ」
 「は?」
 唐突な言葉に目を点にして彼は答えた。何をそこまで驚くのだろうと、逆に不思議そうに見てしまう。
 だって空は青くて気持ちのいい風が吹いていて、予定もなくてお昼御飯も食べたからお腹も一杯で気分もいい。こんなとき、さっさと帰って事務所の中でぼーっとしているなんて勿体無い。そう思うのは道理なはずだ。
 ニコニコと笑顔のまま言った言葉に相手は面食らった顔をしていたけれど、どうせ歩きはじめてしまえば仕方がないと溜め息一つで容認してくれる。知っているからこそ、彼をあっさり置いて先へと歩き始めた。
 「ちょ……、真宵ちゃん?」
 戸惑った声が響いても笑顔で首を振り返らせるだけに留めれば、片眉だけを上げてしょうがないなぁと一言呟くと、彼は自分の後ろをついてくるように足先の方向を変えた。
 そういうところが甘いなぁと、思う。
 大の大人で、自分よりずっと年上の男性だというのに、彼はどこか無防備だ。
 主体性がないわけでもないのに、大抵のことには頓着しないで相手の意志に任せもする。淡白というのか無関心というのか知らないけれど、それを少し心配していた、今はもう肉体をこの世に留めることのなくなった、たった一人の姉を思う。
 それは多分、今のような時に痛感するのだろうと、空を目だけで見上げながら、考えた。
 「………………ねえ、なるほどくん」
 ぼんやりとついてきていた彼に声をかける。すぐに向けられた視線と、傾げられた首。それを見遣りながら、からかうように笑いかけた。
 「最近、何か落ち込んでいるでしょー?」
 真宵ちゃんは何でもお見通しだよ!なんて明るく断言してみれば、彼は大きな目を更に見開かせて驚いた顔をする。
 数度の瞬き。その後に、困ったような笑顔。………想像どおりの反応に苦笑しそうになった。
 「そんなことないよ?」
 「だめだめ、なるほどくん、嘘が下手だよ」
 隠し事も下手だね、と駄目出しを同時にいってみれば、彼は口をへの字に曲げて不貞腐れたように顔を逸らしてしまう。それだけで図星だということは解ってしまうというのに、彼は素直にそれらを差し出すのだ。
 それが、信頼とか、親しみとか、そんな嬉しい思いからさらされることも知っている。彼は案外警戒心があって、プライベートではあまり人を立ち入らせない。
 なんでかなんて、自分は知らない。彼も語らない。それはきっと、彼にとっての痛みであり、傷なのだろう。未だ癒されず血を流し続ける、なにか。………知りたいと思いはするけれど、だからといって問いつめるほどバカではない。
 顔を逸らしたままの彼の隣に一歩近付き、覗き込むように上半身を屈めれば、嫌そうに眉を顰めた。
 はっきりとした感情表現。怒っているわけではないらしいと解って、小さく笑った。………怒ったときの彼は、もっとずっと怖いし手のつけようがない。
 自分に向けられることはないけれど、少なくとも久しぶりに再会した当初の、彼の親友であるはずの人の事を聞いた際の返された鋭利な感情は、今をもってしても体感したいと思える類いではなかった。
 「だってさ、なるほどくん、ずーっと寂しそうなんだよね」
 「………気のせいだって、それは」
 会話がどこに流れ着くかを察したのか、彼は話を切り上げるようにして素っ気なくいった。
 それも解っていたことなので、小さく頷いて、空を見上げた。その動作に興味が引かれたのか、彼もまた空を見上げる。
 のんびり歩いている微妙に年の離れた男女が、そろって間抜けに空を見上げている構図は、さぞ滑稽だっただろう。人通りのないことを感謝してしまう程度には。
 歩きながら見上げた空はゆらゆら揺れて、けれど綺麗な青空だった。
 「そういえばさ、なるほどくんは知っているかなー」
 「?」
 「実はね、綾里の人間は魔法も使えちゃったりするんだよ?」
 にやりと悪戯を仕掛ける笑みでいってみれば、彼は吹き出すようにして笑った。
 バカにする笑いではなく、自分らしい発言だと、そんな安堵を含めた笑い。………久しぶりに、そんな笑顔を見たような気がした。
 寂しい寂しい寂しい。彼は再会してからずっと、そんな雰囲気を漂わせていた。憤りを身にまとっても、苛立ちをのぼらせても、ただそれだけは常に傍に控えていた。
 まるで、それこそ……空気のように、ずっと。
 どうしたのかと問うても答えてくれない。周囲の情報から知れた事実は、確かに彼を打ちのめすだろうことは容易に想像できて、同じ感情に身を浸したくなってしまうほどだ。
 けれどそんなものを一緒に味わっても、どうしようもない。悲しみは悲しみしか生まないし、寂しさは更なる寂しさしか呼び寄せない。
 哀れみあうような、そんな関係になったところで、自分達は結局前に進むことも出来ないし踏ん切りをつけることも出来ないだろう。
 それを彼は知っていて、だからこそ自分にも……他の誰にだって、弱音を吐かない。
 己のことに巻き込む気はないという冷淡にも見えるその裏で、傷を負いながらも相手を気遣う不器用さが、どこか微笑ましかった。
 そしてだからこそ、心配にも、なるのだ。
 姉が思っていたように、自分にも感じる。彼はどこか不安定で、ちょっとしたきっかけで瓦解してしまうものを抱えていた。
 そしてそれを彼自身が自覚していて、自分一人でどうにかするのだと背負っている。
 ………多分、背負わざるを得なくなったのだろうと、思う。それを自覚した瞬間から、分かち合える相手が、消えたから。
 「いっておくけど、本当なんだからね!」
 まだ笑いをおさめない彼にむくれた顔で抗議してみれば、目尻に涙さえ浮かべて笑った彼は、ごめんと小さく謝った後、自分達が大好きな笑顔を浮かべて問いかけた。
 「うん、じゃあ、どんな魔法なわけ?」
 「聞いて驚いてよね!なんと、なるほどくんを操っちゃうんだよ!」
 「……………………うん、ものすっごく驚いたよ………」
 威張って宣言した解答に、彼は滝のような汗を流してツッコミどころを探していた。
 多分、全部にツッコみたいけどツッコミきれないとか考えているんだろうと思いながら、びしっとその鼻先に人さし指を突き付ける。彼が法廷でやる、あのポーズ。
 不適な笑みをつけて真似してみれば、目を瞬かせて彼が自分を見下ろした。
 「じゃあ、魔法をかけるよ?『なるほどくんは前を向く』!」
 「へ?ああ……うん?」
 いわれたままに正面を向いて、彼は遊びにつきあうような顔でそのまま歩いていた。
 「『なるほどくんは思い出す』!」
 「………何を?」
 「……んっと……そうだな…よし、『子供の頃のことを、思い出す』!」
 怪訝そうに問い返す言葉に少し悩んで、答えた。多分、彼にとっての傷の元凶で、最も大事にしているだろう記憶の棲まう時代を。
 ひくりと、彼が一瞬息を止めたのが解ったけれど、知らない振りをしたまま、また魔法をかけた。
 「それからねー、『なるほどくんは忘れる』」
 「…………………………………」
 「『今思い出していたこと、全部忘れる』」
 「…………真宵ちゃん?」
 断言する声に戸惑いをのせて彼が振り返った。
 魔法が切れたピノキオは操り人形に戻るけれど、彼は解けた魔法の先を見遣ったまま、躊躇うように自分を見つめているだけだった。
 多分解ったのだろう。自分が言いたいことが。そしてその意図が。………それ故に、戸惑いと躊躇いしか返せない彼の誠実さと不器用さは、自分達は好むものだ。
 微笑んで、それを見遣る。どこか姉に似た仕草だったのか、彼が息を飲んだ。
 「魔法、切れちゃったね?」
 「…………」
 「嫌なんでしょ、魔法にかかった方が楽でも、そうするのは」
 「…………………」
 「それなら仕方ないよ。覚えていた方がいいんだよ。悪いことじゃないんだからさ」
 失って、悲しんで、寂しがって………それら全てを隠すために、憤って。周囲にかける負担を彼が思いやってしまったなら、それら全てを消去しようという選択肢は、あっさりと見つかって。
 それでも忘れたくないのだろう、彼が歩んできた今までを支え続けた、大切な大切な基盤。
 「悲しくって寂しくって遣る瀬無くってもね、ちゃんと笑えれば大丈夫なんだよ」
 この真宵ちゃんがいうんだから間違いないと太鼓判を押して、大きな背中を叩いた。遠慮のない力加減に彼が少し咽せて、抗議するように睨んできた。
 それを躱すように一歩先を歩いて、自分の小さな背中を晒す。
 失うことは、人生の中で珍しくはない。それを自分はよく知っている。実体験だけでなく、今までもこれからも………永遠に背負うこの血筋の業故に、多くの人間の喪失を目の当たりにしていくだろう。
 それでも忘れたいとは思わない。誰も、そんなことを思ってはいない。それならそれが正しいのだ。理性でも感情でもなんでもない。それがきっと本能なのだ。
 だから、いい。
 一番大切な魔法がかかることを祈って、小さな背中を彼に贈る。
 「うん………そうだね」
 小さく彼が答えて。
 …………優しく背中が、叩かれた。


 俯いて 泣いて 後悔ばかりを晒して
 それでもその先にある未来にさえ
 それを抱えていきたいと意固地に訴えるなら
 それはきっと大事な宝物。

 失ったと思い込まないで
 手に入れたと、喜べばいい

 ずっと目隠ししていた宝物が今、
 確かにその手の中にあるのだから


 傷を与える凶器であっても
 それは自分を支える確かな糧
 ……………(うつ)ろう中の、たった一つの確かなもの


 失ったその日から
 手を伸ばして、抱きしめる。
 たった一人でもずっと……………



 ………今はもう、この腕は伸ばすことすら叶わないから。








   



 真宵ちゃんはかっこいいと思います。可愛いのだけど、なんというかこう、頼りになるな!と。
 どんな逆境に陥っても真宵ちゃんがいればきっと大丈夫、そんな感じ。
 で、成歩堂は御剣の一件で何となく思うのですが、人に執着することの恐ろしさを知っているのじゃないかな、と。それ故に淡白な感じというか素っ気ないというか。
 あまり自身のことに人は巻き込まないスタイルがあるのかなーと。思う。
 そのことは小説で書けるといいのだけど。

 今回の話は千尋さんの話の『甘い雨垂れ』とちょっとリンクした感じで。まあより正確に言ってしまえば今回のお題自体が全部リンクしているのですがね。御剣失踪と。存分に反省しておけ、御剣は。

07.6.12