柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
大事な友人だということくらい解っている 03:ナミダイロノセカイ 「やっと来やがったよ、遅ぇぞ御剣ぃ〜」 不機嫌なわけではない、どこか困ったような声でそんなことを矢張が言う。自分が入り込んだのは確か成歩堂法律事務所だったはずだ。そんな疑問にもならない現実を一瞬忘れかけた。 目の前では片手を上げてのんきに笑っている古い友人。そしてその膝元にはぐったりとしながら眠っているらしいこの事務所の所長である人。 ぎょっとして目を見開く。状況もさることながら、青ざめている顔は彼の体調の悪さを如実に知らしめた。 「これは……どういうことだ?!」 現状認識のための情報の足りなさに、つい詰問じみた口調で矢張に詰め寄った。それでも声を小さく押さえたのは、眠る彼を起こさないための配慮だ。 もっともそんなことは無意味だったのか、すっと彼の左手が伸びて、矢張の顔の前で挙手をするように示される。…………解答は自分がするという意思表示だろう。 目を瞑っていたが眠っていたわけではないらしい。それならばなおのこと、この状況がおかしいと不満に思うのは当たり前のことだろう。自然、顔つきが険しくなった。 「………矢張は悪くないから」 ぼんやりとした声で彼はそんなことを言った。数度瞬きをして、彼は深呼吸をしながらそっと起き上がる。目眩でもするのか、起き上がるとすぐにぎゅっと目を閉じて、その眉間には自分のような皺を寄せた。 その様子に、不安から目が揺れた。本来ならば矢継ぎ早に質問が繰り返される場面での沈黙に、彼は自分の状態を看破したのだろう。目を閉ざしたまま、苦笑のような笑みを浮かべて口を開く。 「ここの所、ちょっと暑かったから。食欲落ちたなーとは、思っていたんだけどね」 真宵ちゃんがいなかったから忘れていた、と。あえて言葉を欠落していったのは、出来る限りハッキリとは言いたくないという彼の心境の現れだろう。 当然だ。人の人生を背負って戦う弁護士が、己の体調管理も満足に出来ないのでは話にもならない。 何かに集中すると子供のように夢中になって他の全てを忘れる彼のことだ。舞い込んだ依頼にかまけて自身の私生活を顧みなかったのだろう。 その結果が今の状況という、それだけの単純なイコール関係だ。 深く忌々しい溜め息を吐き出し、睨みつけた先の彼は困ったように笑いながらその身を隣に座る矢張に凭れかけている。それだけ気分が悪いのだろうが、その姿に自然と眇められた視線が矢張を射抜いた。 ある一点に置いてのみ勘のいい矢張は、自分の視線の意味にすぐに気付き、困ったように目を泳がせた後、隣に座る成歩堂を見下ろしていた。離れようにも離れた後、彼が倒れ込むことは容易に知れて出来ないのだろう。 もう一度溜め息を吐き出し、つかつかと足音も高く二人の座るソファーに近付くと、ぐっと成歩堂の肩を片手で掴んだ。支えるその腕にきょとんとしたのは成歩堂だけで、矢張はその意を汲み取るようにさっさと立ち上がる。 離れた気配に目を瞬かせながら視線で追いかける成歩堂に、いつものようにあっけらかんとした笑顔を浮かべた矢張の腕が伸びた。 横になっている間に乱れた成歩堂の髪を、矢張が更に掻き混ぜるように撫でてグチャグチャにする。まるで肉親にでもするような遠慮のなさと親しみに、成歩堂の唇には自然な笑みが浮かんでいた。 「んっじゃーまー、保護者も来たことだし、俺様解放なっ!」 「………誰が保護者だよ………」 弱々しい異議を唱えながらも成歩堂は苦笑し、小さく頷いた。 「ありがとう、矢張、その……ごめんな?」 「礼はいいからちゃんともの食っておけよなぁ?」 億劫なら呼べばつき合ってやると人のいい笑みでそんなことをいって、彼は手を離した。……さすがに視線に痛みを感じたのだろう、引き攣るような笑みがこちらに向けられた。 瞬間的に逸らした視線は、けれどはっきりと彼には伝わっていたらしい。なんともいえない複雑そうな顔でこちらを見遣ってから、軽い溜め息を吐き出して成歩堂を見遣る。 「じゃ後は頼んだぜ、御剣!俺そろそろバイトいく時間だしよ、ちょうど良かったぜ」 何か彼にいうつもりかと慌てて視線を戻すと、特にそういった気配もなく、あっさりと矢張はそういうとこちらの返事も待たずに事務所のドアをくぐっていってしまう。 ばたんというドアの閉まる音の後、しばらくの間沈黙が流れた。呆然と立ち尽くす自分と、ソファーに凭れ掛かって動かない彼。第三者としてこの光景を見たなら、さぞかし滑稽であっただろう。 「…………何故矢張が?」 何から問いかけるかも解らないまま、とりあえず思い浮かぶことから順に告げてみようと口を開くと、彼の体調に関することより早く、自分より先にここにいた幼馴染みの名が出てきてしまう。 せめて彼のことを気遣うくらいの余裕があればいいものをと、自分自身を詰ったのは告げた直後だった。 それに気づくでもなく、彼は億劫そうな声音でそっと答えた。 「電話、したから」 「…………君が?」 「気持ち悪いから、食べやすいもの、持ってきてくれって」 あっさりと教えられたその内容に軽い目眩がする。 もっともそんなこと、いま俯いて自分の体内の不調と戦っている彼には気付かれる気配もない。あるいは、普段のような聡さを持っていても、彼だけは解らないかもしれないけれど。 思い、憮然としてしまう。不愉快というよりは、遣る瀬無い。 「………何故」 「…………?」 「私には、電話もなかった」 告げた声は思いのほか幼くて、拗ねたような口調に変わってしまう。彼を責めるつもりがないとは言え、これでは自分が不貞腐れていると如実に知らせてしまうのは明白だ。 言った言葉に軽い後悔の念を抱いていると、小さな間の後、彼は首を傾げた。 「だって……君は、忙しいし」 眠っていれば治るようなもののために我が侭はいえないと、不思議そうな顔で彼は呟いた。 あどけなくも見えるその表情は、あるいは不調故に取り繕いが出来ていないのか。発言もずいぶんとあっさりとしていて、本心のみが告げられている気がする。 思い、そっと彼に手を伸ばす。瞬間的に撥ねた身体に少しだけ傷付きながらも、彼の額に手を重ねた。………彼の平熱など知りはしないが、それでも自分の熱よりは熱く感じた。 眉を顰め、小さく息を吐き出す。 食べる食べない以前に、風邪でも引いていることは明白だ。季節柄もう少し先であったならおそらく熱中症でも併発しかねなかったのだろう。まだ初夏になったばかりの季節を感謝した。 「忙しくとも言い給え。倒れている君を見るのは心臓に悪い」 「倒れていないよ。寝ていただけだし」 ぼんやりとした声で、それでも彼はそんなことを言った。それにむっと顔を顰めて、彼を睨み据えるようにして告げる。 「………自分で言い包められないと解っている返答は、無意味だ」 憮然と告げた言葉に彼は小さく笑う。表情の変化の小ささは、眠りに落ちる頃のそれに似ていた。 「私とて法廷で戦う身だ。その程度の真偽は、解る」 見くびるなと睨む視線の先、彼はやはり静かに笑んでいて、まるで自分が我が侭でも言い募っているような錯覚を覚える。今回に限っていうならば、自分が彼を 小さく息を吐き、そんな現状に少しだけ空しさを感じる。………どこまで自分は彼に甘やかされているのだろうか。 「大体、矢張を呼ぶくらいならば、まず私を呼びたまえ」 「それは………ちょっと、……」 無理と続くだろう言葉を途中で飲み込み、彼は眠ろうとするように首を揺らす。先程の矢張のように隣に座り、そっとその額にもう一度手を乗せた。 そのまま髪を梳くように頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細め、ソファーから滑るようにしてこちらの肩に頭を寄せてくる。 珍しく甘えるような仕草にぎょっとしながら、それでも彼の態勢が辛くないように自分の座る位置を微調整する。その動きに離れるように示唆されたと勘違いした彼が起き上がろうとするのを、頭を撫でる指先で防ぎながら。 その仕草は自分には初めてだけれど、おそらく彼がこうして不調を訴える時呼び寄せられる矢張は、見知っているのだろう。そうでなければ自分が室内に入り込んだ時に受けた衝撃を、彼が受けていない理由が解らない。 当然のように眠る成歩堂の隣に座ってその頭を撫でていた矢張に、一瞬殺意にも似た激情が湧かなかったといえば、嘘になる。そんなことは露程も理解していないのだろう淡白な彼は、目蓋を落としながら小さな吐息を落としている。 「………何故矢張はいいんだ」 そっと答えを返されることのない疑問を告げてみる。眠る彼にしか問えない辺り、自分の勇気のなさを笑うことも出来ない。 実際、自分と矢張とどちらがより彼と親密かと考えると、自分にとって嬉しくない解答しか脳裏に浮かばない。 「矢張、は………」 そんなことを考えていたなら、不意に彼の唇が開く。どうやらまだ眠ってはいなかったらしい。さりとて起きているわけでもないのだろう。夢現つのあやふやさの中の、微かな声。 「ずっと一緒……だったから、君がいなくなったときも、一緒に泣いて…………」 あの絶望の中、未来を信じようとする彼の純粋な意志が自分を救ったのだと、そっとそっと辿々しい声が告げた。 大丈夫だと、根拠もなく言い切る矢張の言葉を、幼かった彼は必死に信じたのだろう。 信じたことが全て叶うわけでもなく、裏切りの数多いこの世界で、それでも一途にそれだけを。 そうして、彼が信じたその言葉は、確かに叶った。長過ぎる時間を経て、成就した。 幼いあの頃の時間を共有し、その愚かささえ共にして、彼らは時間を築いてきたというのなら、確かに自分の入り込む余地はない。小さく息を吐き出して、憤慨とも違う何かを飲み込んだ。 きっと矢張は信じきることは出来なかっただろう。何も告げず消えた自分を。送られる手紙に返事を返さない自分を。 それでも成歩堂が信じたいと願うから、それを支えるために一心に彼もまた、信じた。それはふりではない。そうした意味では彼も成歩堂同様、誠意の固まりのような人間だ。 似たような気質を兼ね備えながら、やはりどこかが違う二人は、互いの弱さを補いあいながら笑いあえる。それは自分などよりよほど好ましい関係なのだろう。……思い、胃が軋むような痛みを感じた。 微かな寝息を響かせながら、まだ青い顔で彼が眠る。これからさらに熱も上がるだろう。その頭を撫でて、いま確かに自分の隣にいる人を思う。 重ねた月日が、いつかは自分も彼の中、矢張と同じようにその思いのままの感情を差し出される存在に、なるだろうか。 いいものではないとげんなりとした顔でいう矢張を思い出しながら、それでも自分はそうした存在でありたいと、願う。 救われるばかりではなく、救える人間になりたい。 傷跡にしか気付けない自分ではなく、その傷を癒せる人間でありたいから。 今はまだ遠い位置のそれを手繰り寄せるように、眠る彼の頭をそっと抱き寄せた。 矢張の立ち位置がうちの御剣の理想だったりします。でもヤハナルではないのですよ。だって二人とも互いに友情以上のものは一切感じていないから。 どちらかというと兄弟のような、そんな親しみ。だからこそ御剣はそれが羨ましいのですけどね!(笑) まあ確かに具合悪いよ、という一報をます送るのがうちの成歩堂の場合矢張だからなー。拗ねもするわな、御剣。むしろ邪推しないだけ偉い。 07.7.16 |
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