ウロウロと廊下を彷徨っていると、視界の先に小柄な老人が映った。
 それに気付き、青年は安堵したような笑みを浮かべると、駆け寄るようにして老人に声を掛ける。
 「ブックマンっ」
 少し弾んだ声は、息が上がるというよりは心が急いていたせいだろう。それを知っている老人は足を止める事なく青年に近づき、その距離を縮めた。
 「クロウリーか、どうかしたか」
 続く言葉を綴り慣れていない唇が戸惑うように数度蠢くのを眺めながら、老人はのんびりと問い掛けた。
 その間に感謝をしながら、青年はまとまらない言葉をなんとか絞り出した。
 「いや……あの、アレンは、どうであるか?」
 何が言いたいのか、きっとその名だけで伝わってくれる筈と、そんな願いを織り込んだような拙い言葉に老人は苦笑をしながら、それでも微かな溜め息を落とすようにして答えた。
 「…………変わりない。眠っているだけのようにしか見えん」
 告げられた言葉に、途端に青年は泣き出しそうな情けない顔を晒した。感情表現の素直な、人間関係に拙い青年らしい、ありのままの表情だ。
 「見舞うか?」
 彼の望む解答は持ち合わせていない事が、老人自身も同じ色に染まりそうな気分にさせる。
 もっとも、そうしたものと対面する事に慣れた老人は、それを飲み込む吐息とともに沈下させ、面に現す事はなかったけれど。
 あの部屋の中、眠り続ける少年と、触れれば高熱を感じる弟子が二人、ただ静かに存在している。
 それは切り取られた空間のように静謐で、けれどどこか現実味のない虚構の景色だ。………動かぬ時間と人物が、そこから現実という当たり前のものを切り落としてしまった。
 いっそそこに踏み入って泣きわめくくらいしてくれてもいいと、そんな弟子への揶揄も込めて告げた言葉に、けれど青年は小さく首を振った。
 「………多分、ラビが落ち着かないである」
 だから止めておこうと、少し寂しそうに笑う青年は呟いた。
 昏睡状態になったアレンの事を、調度任務から帰ってきていた為にすぐに知った青年は、その足で部屋に駆け込んだ。
 その時に感じた、あの静謐。…………覚えがあるのだ、自分自身にも。
 外の空間から切り取られた、二人きりの世界。甘美で寂しい、互いで自己完結してしまう世界。
 それは浸りきったなら一人では抜け出せない場所だ。自分もそうだった。あのままずっとあの城で彼女と二人朽ち果てたいと、今も夢に見る。
 それでも、自分は這い出た。………這い出された。そこが居場所ではないと、当たり前の顔をした子供達が腕を差し出してくれた。泣き喚くみっともない大人の自分に呆れる事もなく、力強い腕が殴る衝撃に近い痛ましさで叫んでくれた。
 いつだって、涙に濡れて目覚める夢の最後、二人の声が響く。………少年の叫びが、谺する。
 あの世界に、今は二人が浸ってしまった。望むわけもないまま、眠りに落ちた少年をその手に戻す為の、あれは共にいる事を許された彼の戦いの場だ。
 踏み込めば、きっと彼は笑んで迎え入れてくれるけれど。それでも思考の海を泳ぐ事を中断させ、その意志を僅かでも自分に向ける事で少年の眠りが深まる事は、青年とて願う事ではないのだ。
 「あの未熟者の事など考えんでいいというに」
 溜め息を落とし、老人はたった今出てきた室内を振り返った。
 老人の気配など初めから黙殺出来る程傍に居続けたからこそ、あの空間に自由に出入り出来るのは、彼と老人…この師弟だけだ。
 入り込めないわけではないけれど、一歩踏み込めば、その空間の雰囲気に己が加わるべきではない事を一瞬で悟ってしまう。
 「ブックマン、ラビは未熟ではないである」
 老人の言葉に青年は苦笑して、寂しい音色で呟いた。
 みんなで元帥を捜す旅をしていた最中、幾度も見ていた。女性を口説くのに慣れている筈の青年が、少年を甘やかすのに四苦八苦して、間違えては少年の瞳に影を落とし、慌てて謝る姿。
 初めは傷つけた事すら解らなくて、寂しそうな少年の笑みに戸惑うように困惑するばかりだったのが、ゆっくりと馴染むように少年の機微に敏感に反応するようになっていった。
 それは辿々しく幼い、秘め事にもならない幼稚な手管だ。誰の目にだって……おそらくは、少年の目にすら、鮮やかに映った事だろう。
 思いに敏感で、自分を誰かに背負わせる事を恐れるように忌避する少年は、いつだってそれに戸惑う眼差しと、憧れるような慕う眼差しを交互に乗せては、小さく笑んで躊躇いがちの指先を差し出していたけれど。
 初々しいという言葉さえ、まだ当て嵌らない二人だった。
 ………初めて見つけた宝物を前に、それが宝であると解らずただ眺めているような、そんな二人だ。
 「ただ気持ちが追いつかないだけである。責任感が強いから、誰も巻き込みたくないのは、アレンと同じであるな」
 感情を凍てつかせた少年と、感情を捨てた彼とでは、お互いにその色が携える意味を知り得ず、首を傾げながら同じものを共有している事を不思議に…けれどひどく満足そうに見つめているばかりだった。
 優しく出来るようになった事に満足して。ぬくもりを傍に引き寄せられる事に満足して。
 どちらもがその柔らかさに浸っていた。
 …………あの、少年の喪失の日までは。
 思い、青年は苦味を飲み込むように唇を噛み締めた。
 たとえAKUMAに襲われる事ばかりの過酷な旅でも、あの二人が一緒にいたなら、きっともっと柔らかく優しく花開いた思いだ。開花を待つ前に地面に落ちた花弁が、その色をゆっくりと悲しく染めていく。
 それすら、誰にもどうしようもなくて。
 失う痛みを誰よりも実感していた青年には、それでも告げる言葉すら、なくて。
 突きつけられた現実の中、彼が少年への思いを自覚していまった事すら、悲劇だ。隣から消えてから思い知るなんて、己自身の感情に戸惑っていた彼の心には凶器だった事だろう。
 過去の悼み故に感情を閉じ込めていた少年は、現在の人々を思う事でその扉を開き始めたけれど、過去に捨てた感情に怯える彼は、その膨大な彩りの中、初めて実ったモノの重さに押し潰されてしまう。
 それは決して、自身を傷つけるものではないと知り得ず。実りを食む事で同化し昇華出来るその種を、植える事で変化する事すら知らず、握り締めた手から零れ落とした。
 それはきっと、彼の初めての選択の誤りだ。……………情報量の多さ故に、知らぬままに忌避したのは、得なくては己を成り立たせる事すら困難な、そんな根源的なもの。
 離れた腕を、同じように少年は眺めるだけだった。…………知らないわけではなく、少年は彼の痛みを自分ではどうする事も出来ない事を知っていた。
 乗り越えられるのも、それと向き合えるのも、彼自身でしか有り得ず。己が願い、我が侭を吐き出し、そうして強制的に向き合わせても、そこには彼の意志が添えられない事を知っている。
 多くのものをその身に抱える少年は、その重さを知るが故に、己を背負わせる事を厭って、結局離れる腕を眺める以外の手立てなど、どれ程望み傷付こうと選ばないのだ。
 ………離れる事で彼の歩みが彼の望むまま続く事を祈るばかりの、他者の願いの成就ばかり祈ってしまう、それは彼の悪癖だ。
 「二人合わさってもいいものではない。乗り越えるべき悪癖じゃな」
 呆れた響きの中、憂いを感じるのは多分、同じ感情を共有して欲しいからだろうと青年は寂しく笑った。
 自分ではこの老人の感情を辿れない。老人が示してくれたもの以外、拾えない。
 それが、こんな時はどうしようもなく寂しくなる。
 「もっとゆっくり、全てが流れればよかったである。そうすれば、こんな事も無かったである」
 彼らの間に横たわったものも、こんな寂しさだ。伸ばしたい腕を抱きかかえて、誰の目にも見えないようにしてしまう。そうして、それを知りたいと願いながら、見えないそれに落胆するのだ。
 …………ただ、そこにあるものを互いに見せないようにしていただけだというのに。
 「変わらん、何もな」
 「?」
 「原因が解らなければ結果は変わらぬ。それだけの事よ」
 あの馬鹿な弟子は、過去の何かに起因して、そうして現在の逃げに走っている。
 普段であれば明晰な解答を辿れる思考すら、手放して。何かを闇雲に恐れて目を背けていた。
 ようやく晴れ始めたその眼差しは、それでも恐れを忘れてはいない。ただ目の前に眠る少年が、自分の努力によって目覚める可能性に縋り付いている。室長には更に重責を与えるような発言を控え、回復傾向のように伝えたが、現状はさして変わってはいない。
 あの眼差しに潜む喪失への恐怖の源が解消しない限り、おそらくは永遠に続くイタチごっこだ。自分が傍に控える間にそれを乗り越えなければ、この先の孤独にあの未熟な弟子は押し潰されてしまう。
 それを憂える事を嫌い、老人は敢えて弟子を卑下する事で己の見据えるものに私情が挟まれる事を避けた。
 …………『ブックマン』は情に流されてはいけない。けれど、情のない『ブックマン』は存在してもいけない。
 厄介極まりない、生業だ。思い、まだまだ未成熟の愚かな弟子の腑甲斐無さが、覚悟とともに咲き誇る花に変わる姿を夢想する己に苦笑する。
 結局、どれ程排除しようと努めても、己の後継者に与える情を消し去れる筈もないと、今更ながらに思い知る。まだまだ、世の中には老人でさえ計り知れぬものがあるようだった。
 「よく解らないであるが……ブックマンは、二人の事が大切なんであるなぁ」
 青年は首を傾げ、不思議な問答をする老人を眺めつつ、それでも嬉しそうな声音でそう綴る。
 ……どこか幼い音色は、純粋な喜色だ。
 「何故そうなる」
 決して老人の内情など解る筈のない青年の、それでも嬉しそうな声音に老人は興味を向けるように目を据える。隈取りの奥、年月を重ねた老人の眼差しは冷たく光るが、それに怯える事もなく青年は笑った。
 「アレンがよく言うである。『見ていれば解ります』と。私には難しいであるが……なんとなく、解る気がするのである」
 昔の自分なら、きっとこの老人に怯えただろう。探られ暴かれ晒される、そんな恐怖に耐えられず、きっと逃げただろう。
 自分に勇気が欠けていた事くらい、解っているのだ。幼い頃から泣くばかりで、解ってもらう為の努力はせず、それ以上の傷を恐れて諦めてばかりいた。その癖、不満はあった。幼いままの我が侭で傲慢な意識だっただろう。
 それでも、全てを諦めるのではなく生きろと、そう告げる悲鳴を覚えている。………あんなにも力強い声が、それでも泣き叫ぶ悲鳴に響いたのは、同じ悼みに染まった声だったからだ。
 教えてくれた。沢山の世界を。感情を。祈りを。
 生きているならばいつ潰えるか解らないその美しい旋律を、それでも惜しむ事もなく綴り、織り上げ、世界の煌めきを愛おしむように、綴ってくれた。見せてくれた。
 それが今、こんなにも自分の見つめる世界を鮮やかに色づかせてくれる。
 同じ立場で同じ経験で同じ悼みを重ねながら、幼い少年は尚生きる為に足掻き掴みとったものを、隠すのではなく差し出して共に歩む道を教えてくれた。
 示してくれた人々への思いは、いつだって優しい月明かりに包まれ柔らかく仄かに輝いていた。
 …………怖いと思っていた眼差しのこの老人すら、好々爺に見えてしまう、そんな不思議な少年の思いに沿って、青年は目に映る全てを眺めていた。
 それは、美しく悲しく愛おしい、不思議な世界だった。
 「ラビがアレンを大事に思って、空回りしながら大切にしようと努力していたのを、見守ったのと同じである」
 世界の中、不条理が罷り通り、いつだって足元が崩れそうなくらいの闇と恐怖が傍に控えていたのに。
 二人の間を通う不思議な空気は柔らかく、時に張りつめ、包むように寄り添うように辿々しく見つめ合い、そっと同じ色に染まってそこに控えていた。
 …………それは不器用で拙い、あやふやなままの色だ。けれど、それでも祝福するに足る美しさだった。
 彼らよりも歳経た自分達は、それを見つめていた。ハラハラしながら、窘めながら、それでもこの手を差し出す事なく、二人で乗り越えるように。
 見守っていた。ずっと、そんな優しい世界が綴られる事を祈るように。
 「またあの頃のように、空回りしながら必死になっているラビを、ブックマンは信じているのであろう?」
 着地点を違える事なく正しく導けると。………少年を巻き込みながらも、老人は弟子が出すであろうその解答の先を、きちんと見据えている。
 そうしてその上で、必要な最小限の手を差し出し、叱咤し、甘やかす事なく、それでも二人が笑みを彩れる場所への道を教えている。
 それを選ぶかどうか、それすら弟子の意志に任せ。それが不可能であれば、どう掬い取ればいいか、その事すら見遣った深く世界を見つめ探る、記録者の眼差し。
 それを優しいのだと、笑んで告げる少年の面差しを思い、同じように青年は笑んだ。
 「アレンもきっと、信じているである。ラビと………ブックマンの事を」
 だからこそこの冷たさすら愛おしいと囁けるのだ、と。今なら青年にも解った。
 「酔狂な話だな」
 即返される反論すら、少年の言う通りだ。それに笑んで、楽しげに青年は答える。
 「人生とは、得てして酔狂である。閉じ篭るか踊るか、それしかないものであるよ」
 「………おぬしも図太くなったのう」
 切り捨てる言葉にすら恐れずに返答をする、それはイノセンスを発動していない時の青年には珍しい仕草だ。微かな驚きに隈取りの中の瞳が大きくなった気がした。
 それにすら気付いて、青年は嬉しそうに笑った。ここ最近の、二人の間に通うものが迷い行き先を探し倦ねて以来、ずっとなりを潜めていた珍しい、笑みだ。
 軟弱と言って差し支えのない優しさを抱える青年にとって、老人は近寄り難い面を内包していたであろうに。それでも示されるがままに全てを受け入れる、そんな柔軟さもまた、兼ね備えていたらしい。
 「アレン達のおかげである。あの旅で、私は色々なものを学び、得る事が出来たである。とても大切な、この先の人生で失い難い美しい華を」
 嬉しそうな青年の言葉に、老人は呆れたように息を吐き出し、脳裏に浮かぶ二人を思う。
 「片方はどう見ても美しくはないがな」
 「ブックマン、この比喩で解ってしまうのであれば、やはりあなたはアレンもラビも、大切で大好きな証拠であるよ?」
 少女とていたのに。老人とて、加わるというのに。それでも複数形にした言葉に、即座に浮かんだのが少年と弟子であるというのならば。
 そう楽しげに、幼い響きで語る青年の性情の柔らかさに、老人は苦笑してしまう。
 少年とはまた質の違う、しなやかな美しさだ。情の深さも脆さも既に知り、それを乗り越え少年と同じくその背に業を背負い、生きている。
 どこか似ていて、決定的に違う、二人の寄生型はまるで本当の兄弟のように寄り添って過去の花を慈しんでいる。
 そこには、同じものを抱えぬものが割り込めない、独特の雰囲気があり、遠くそれを眺める寂しそうな弟子の視線を思い出す。
 「………ただの観察結果から導き出した解だ。深読みされるな」
 「そうであっても。気付いてくれる事が、何よりも嬉しい事もあるのである」
 告げられない多くのものを抱えたものにとって、察して与えてくれるものは、何よりも掛け替えがない。
 伝える事を許されないのでは、なく。共有する事で己の重荷を背負わせる事をこそ恐れる人にとって、それを気に病む事はないと示す腕は、ひどく優しく温かい。
 どれ程それが傍観者であるが故と言い募ろうと、無関係に情を捧げてしまう。
 …………傍観者であるならば尚、その腕を差し出す必要など、ないのだから。
 そこに優しさと慈しみを見出す事に、何一つ躊躇わない銀灰の瞳を思い、青年は緩やかに息を吐き出した。
 「ラビも、早く気付くといいであるなぁ」
 あの優しい月色(げっしょく)の瞳が、柔らかく綻ぶのがいつであるか、誰もが知っているのに。
 「アレンも、誰よりもラビを大事に思っているし」
 恵み深き慈悲の御手のように、背負う傷すら癒したいと、願う指先のたおやかな美しさを、彼だって知らない筈はないのに。
 それでも、怯えるのか。恐れるのか。………ただ傍にいられない、その事を。
 「………この先、別の道を歩もうと、思いは途切れない事を」
 呟き、青年はそっと目蓋を落とした。薄闇の中、鮮やかな赤い髪が翻り、消沈するように俯いている。寂しいと、全身で訴えるそれは、たった一つの月が光り輝く事でしか救われない背中だ。
 思いが消えるそれ以上の恐怖など、ありはしないのに。
 生きていればいい、なんて。それは夢見事だ。思いが存在しなければ、互いに生きている意味などどこにあるのだろう。
 ………途切れた情は、死と同じだ。紡ぐ事すら許されず、辿る事も出来ないそれは、その人が生きている事すら知る事を許されない。
 それでいいと、願える筈がない。たとえ別の場所に生きていても、通う情があればこそ、その人を思い生きられるのに。
 この思いを、自分を、…………殺さないでと、嘆く事すら許されない。
 その悲しみに気付かないから、彼は歩みに惑い闇の中、進む先にある筈の光を探し倦ねているのだろうけれど。
 「………夢物語が好きだのう」
 それは、どちらに対しての言葉か。思い、あやふやなまま明言せずにおかざるを得ない老人の立場に、青年はそっと向けた眼差しを隠すように再び目蓋を落とした後、囁く程に小さく、告げた。
 「私とアレンは、それを実感して生きた証であるよ、ブックマン」
 感傷を嫌う冷徹な老人の声に苦笑して、青年は笑んだ。
 この世界に存在するAKUMAを愛おしむ事は、青年にも出来ないけれど。
 それでも、少年がその魂の救済を願う気持ちは、解る。あの悲しい魂が、愛した人の抱える闇であるならば。
 それを救い浄化出来る武器を持つ自分達がそれを行なわずして、どうするというのか。
 命の限り、守るべき愛おしい仲間とともに、AKUMAを破壊し続ける。
 それは永遠とも言える情の紡ぐ糸の彩るものだ。悲しむ事もなく、それを共に出来ぬ事を悔やむ事もない。
 …………その糸の中、思い寄せ支えてくれるものがいるからこそ、途切れる事なく糸は紡がれ、歩む足は留まらずに進めるのだから。
 「ラビも、それをあなた程に、思い知ればいいであるなぁ」
 「……………」
 老人は答えなかった。
 答えない沈黙こそが解答で、青年は感謝するように笑んで頭を下げると、その場を辞した。
 背中には老人の眼差しが貼り付いた。それでいいと思う。自分の事は、観察対象の一人でいいし、仮初めの仲間で構わない。
 ただ、それでも。
 彼らが情を寄せずにはいられないあの幼気な少年の事だけ、その手に掴んでくれればいい。

 それはとても難しくて。
 彼らの生業を踏みにじりかねないのだとしても。

 それでもと、祈る。


 ……………彼らの歩みに、どうぞ優しさが降り注ぎますように。







   



 現実世界の様子。
 クロウリーのしゃべり方はブックマン並に難しいですよ………。多少の違和感は笑って許して下さい(涙)

10.11.14