目を向けた先で、シーツの上に包帯などを乗せて、キビキビと驚く程早く歩く監査官がいた。
歩く姿はいつも通りだけれど、持っているものが異様だ。あの監査官が、雑務をするなど有り得ない。
あまり彼と話が合うわけでもないクロウリーは、そそくさと進路に佇む事を止めて食堂に向かう。寄生型の特性故か、昔に比べて空腹を覚える時間が早い気がした。
慣れ親しんだ食堂の中、見慣れた赤い髪を発見し、クロウリーはパッと笑顔を浮かべると、そちらへと足を向ける。
「ラビ!奇遇であるな、朝食であるか?」
思いの外顔色の悪くない相手の様子に、クロウリーはホッとしたように声を掛けた。
…………今朝、帰ってきた時に見た、眠る少年の傍らにいた彼は、まるで彼自身こそが死と隣り合わせであるかのように、ひどい顔色をしていた。
それが、薄れている。もしかしたら、少年の状態が好転して来たのかもしれない。
「おう、クロちゃん♪なんか丸一日以上食ってないの思い出してさ、今補給中」
「…………それは有り得ないである、ラビ……………」
返された明るい声音に一瞬喜色に染まった顔は、その内容に情けなく垂らされた眉に取って代わられた。
いつだってお腹が空くような気がする、そんな胃を所有しているのだ。少年もそうだが、このクロウリーもまた、寄生型の特性を、時折他者にも当て嵌めて、食事事情に不安そうに目を揺らす。
二人とも、お人好しで自分の事より人の事を思ってしまう。その思いの深さ故に、その身に穿たれた傷はなかなか癒える事はなく、おそらくはこの先、一生共に分かち合って生きていくのだろう。
それはまるで、永遠を共にする、誓いのように。
思い、少しだけ遣る瀬無くなる。そう、なりたかった。一緒に、傍らにその存在を置いて、少年の見る、彼の愛おしむ世界を、同じように眺めて綴り、後世へと残していきたかった。
きっとそれは、後の世の人々の心に響き、種を埋め、優しく花開く楽園の礎になってくれる。
そんな、自分から手放した、…………夢想すら許されない、望んだ未来。
「……クロちゃんは寄生型だからさ。俺は装備型だし、燃費悪くねぇもん」
上手く戯けた声が出たか、少し悩む。けれど目の前のクロウリーの垂れ下がった眉が、少しだけ安堵したのか、開かれた。上手く音を綴れたようだと、にっこりと笑んでみせた。
その笑みに、クロウリーもまた、つられて幼く笑った。………もっと、打ち沈む姿を想像していたけれど、意外な程いつも通りだ。その事が少し、この時間を楽観的な色に染めた。
…………ただ、食事を押し込むような食べ方だけが、彼が時間を短縮しようとしているように見て取れて、久しぶりの食事が彼の胃に負担を与えないかと心配になったけれど。
急いでいる彼を見ていて、ふとクロウリーは思い出す。この食堂に来る直前、驚くスピードで廊下を歩いていた監査官の姿。
少年を監視している割に、先程までは見かけなかった姿だ。もしかしたら、彼と入れ違いで世話をしているのだろうか。しかし、それにしてはまるで医療班の手伝いでもするような荷物だったのが、気にかかる。
「そういえば、ラビ、リンクを見かけたである」
疑問は、自分で考え押し込めるより、共有した方が意外な解答が導き出されるものだ。
お腹は空いてきたけれど、とりあえずこの話をしてから注文に向かおうと、青年はフォークを口に含んだままの相手に話を切り出した。
「へ?あいつ、報告に行ったきりだったんに……戻って来たんか」
微かに顰められた眉と言葉。あまり彼が監視者である監査官を好んでいないのは知っていたが、まるでそれは拗ねるようだ。
同時に、彼の解答に、彼がその事実を知らなかった事を知る。という事は、やはり入れ替わりではなかったらしい。眠る少年は監視する必要がないからと、雑務を手伝っているのだろうか。
……………あの生真面目な監査官が、そんな真似をする筈がないと、誰に言われなくてもクロウリーにも解っていたけれど。
「それが、シーツ一式に包帯まで持って颯爽と廊下を歩いていたである。……むしろ、スピードは走っていた感じであったなー」
器用にも荷物は一切揺れていなかった。モデルは頭を動かさずに歩けるというが、それと同じだけの歩く技術を持っている気がした。足音すら、あのスピードでありながら聞こえなかったのだから、自分のブーツを見下ろしてしまった程だ。
何をしていたのだろうと、不思議そうな音色で呟いたクロウリーに、目の前の青年の隻眼が細められ、顔が顰められた。
「………………待った、クロちゃん、それいつの話さ?」
微かに低くなった声で問い掛け、彼は銜えていたフォークを皿に戻した。リゾットを食べている癖に何故フォークなのだろうと思いながらその皿を眺め、青年はきょとんと目を丸めた。
「?いつも何も、たった今である」
時間的にいえば、数分もない。食堂に入る直前の話で、そして食堂に入ると同時に赤髪の彼をすぐに見つけた。珍しく彼は意外と目立っていて、よく解った。
きっと、気配を殺すとか、死角に入るとか、そういった事の全てを放り投げて座っていたせいなのだろうけれど。
「どっち向かった?!」
自分を見る目が険しい。それは決して、怒気ではなかった。むしろ、必死さの方が上回り、その気迫に飲まれかけてしまう。
戸惑い、監査官の足の向いた方向を思い出す。どちら、と言われても困る。どこに行くと、明確に分からないのでは、正しい解答は出来ない。
「え………いや、私がきたのとは逆……」
結局有耶無耶ともとれる、そんな解答を口にすれば、彼の瞳が眇めるように細まった。
「って事は、アレンのいる部屋の方?」
クロウリーの部屋から食堂に向かうのであれば、そうなる筈だ。そう告げてみれば。ハッと気づいたようにクロウリーの顔が緊張した。
それだけで解答を得た青年は、椅子の音を響かせて立ち上がった。
「…………………まさか、アレンが怪我を?」
不安そうに立ち上がった青年を見上げて問えば、いつもの彼の笑顔を返された。
安心させるような、そんないたわりを乗せてくれる、優しい笑み。少年と関わる時間の経過とともに彼が得た、笑みだ。
「ちょっち見てくる!情報サンキュー、クロちゃん!ついでに悪いけど、皿、片しといて!」
「ラ、ラビ?!…………………早いであるなぁ…」
なんて事はないようにそう言って、彼は駆け出してしまう。食堂内にいたものが何人もそんな背中を眺めていたが、すぐにいつも通りの雑音に紛れて消えた。
呆然と、彼が駆け抜けていった入口を見遣り、青年は苦笑する。
一日以上食べるのを忘れていたと言った癖に、彼が食べていたリゾットは、半分を食べ終えた程度だった。普段の彼の食べる量を考えれば、普通の食事であったとしても全然足りないに決っているのに。
走っていってしまった。疲れも空腹も、きっと感じてもいないのだ。
「でも、元気でよかった。………アレンも早く、目が覚めるといいである」
愛しい人の傍に駆け寄れる幸福を、まだきっとあの青年は知らないだろう。
………いつかは必ず失うものだ。それでも失ってなお、思いは途切れず紡がれる、そうした絆が、必ずある。
それでも、出来る事なら今は、共に生きる時間を分かち合える、その間だけでも。
彼らが微笑み喜びの中、手を取りあって進む事を、祈りたい。
そう、思い。クロウリーは青年が残していった皿を片付け、落ち着いた頃に顔を見にいてみようともう足音も聞こえない入口を眺めたあと、自分自身の朝食を注文にいった。
駆け寄る足音に、老人は溜め息を落とした。
聞き覚えがある……などとは言ってはいけない音だ。その音を殺し、常に気配を隠し、どこにでもいてどこにでも消えられる、そうあれと諭し続けてどれ程経ったか、考えるのも虚しくなる。それ程、しっかりとその足音は響いた。
「ジジイ、アレン無事か?!」
考えた通り、盛大な開閉音と大声とをミックスさせて入ってきた騒音の主は、その全ての音を自在に操り、人々の記憶からさえ隠されるように生きる事を教え込んだ筈の、弟子だった。
「騒いで入るな、愚か者」
ちらりと、一瞬だけその顔を見てから、老人は囁く程度の音で答えた。これが聞こえないようであれば、現状邪魔にしかならない存在だ。
蹴り出そうと決めていたその意思を理解していたのか、ぐっと青年は息を飲み、微かな深呼吸のあと、声を潜めてゆっくりと室内を歩み、少年の眠るベッドの傍らまでやってきた。
表情は………焦りを滲ませはしている。当然だろう。明らかに青年が出て行ってから時間がさして経過していないにも関わらず、少年の右腕は血に塗れた痕がある。
それでも………その瞳に、絶望は浮かばない。揺らめきを自制し、記録とともに最善を模索する、ブックマンの気質が微かながら見え隠れしている。
……………しっかりと浮かんでいない辺りが、この弟子の未熟さ加減だと、老人は胸中で溜め息を落としながらも、ゆるやかに回復の兆しを見せ始めた翡翠に小さな安堵の息を落とした。
「てか、何かあったら教えろって言ったさ!!」
むくれるような戯けた声。表面上だけとはいえ、ポーズを取り繕う程度は出来るらしい。
それを確認しながら、老人は素っ気ない声で答えた。
「考えておいてやると言った筈だ。誰が確約した」
「あーもう!で、アレンは?」
子供の駄々のような声で返しつつ、ひたむきな眼差しがずっと聞きたかったであろう言葉を紡いだ。
視線が少年の右腕を辿る。既に包帯を巻かれてはいるが、それでもそこからまた血が滲み始めていた。決して浅くはない傷である事が窺える。
「右腕に裂傷が、3ヶ所。全て4本線の並行の傷だ」
それは診察した老人にも解っているのだろう。神経に傷が無いだけマシだと判断したらしく、特別傷の酷さには言及しなかった。
つまり、それを僥倖と思える程の傷という事だ、と。青年は心臓が冷える思いを、飲み込んだ息でなんとか押さえ込み、乾きゆく喉を癒す事を努めた。
まだ、怖いに決っている。眠っている少年は真っ白で。………いつも以上に白く、このまま永遠に目覚めない恐怖に駆られる。
それでも、それに身を任せて見ぬ振りをして、手放せない。己の宿命を理由に、離れられない。それが出来ないからこそ、痛むのだ。恐ろしいのだ。
当たり前過ぎるイコール関係を思い知るのが、それを眼前に突きつけられてからだという己の愚鈍さに、今更ながらに溜め息が出そうだ。
腑甲斐無い。この未だ発展途上の少年よりも、年上だというのに。
「……………野生動物と喧嘩でもしてんのか、アレン…」
小さく、呻く事を抑えた掠れた音で揶揄するように言ってみる。声は、出た。視野に少年を入れられる。傷も、見られる。……………ならば、まだ、大丈夫。
固く握り締めた拳で己の冷静を押し止め、浅くなりそうな呼気を心音に耳を澄ませる事で平常化させる。
大丈夫。恐怖も悲嘆も、心音が包めば、和らぐ。生きた証を、優しいその音色を、この身が包めば耐えられる。
遠い昔、誰かが教えてくれた事だ。……………思い、あやふやなその意識に一瞬引き攣るものを感じたが、青年はそれに蓋をして押し込めた。今は、他の事に意識を分散させる余裕はなかった。
「近いかもしれんな。もっとも、傷の裂け方からして、その爪が鈎型である事が見てとれるが」
囁き返す老人の声は、静かだ。テンポも、いつもよりもゆっくりしていると思う。気のせいではなく、おそらく師は未熟な弟子の為、狂乱に陥らぬよう、体内に取り入れる酸素の量を考えてくれているのだろう。
浅くならず、深く吸い過ぎず、いつも通り、恒常性を保つ。
そうして一定量の酸素があって、初めて脳は正常に機能する。血液の流れを正しいサポートで巡回させ、四肢の隅々にまで呼気を行き届け、万全を常に保つ。………それが、どんな戦火の下であろうと冷静に記録し続ける為の、必須手段だ。
「てか、ホクロ二つ、何やってん?」
小さな呼気を二回、吸うように肺の奥、丹田にまで押し込め、緩やかに吐き出すままに、問い掛けた。
四肢の凍えが、少しだけぬくもりに変換される。大丈夫、まだ、己の脆弱さに飲み込まれない。眠る少年が目覚めるまで、惑う足は押さえ込む。それが、せめて今出来る、青年の精一杯の誠意だ。
…………それしか出来ない、未熟者のままの己を笑う事も出来ない、ちっぽけさだけれど。
「手当が出来んからな。新しいベッドの準備をするのも手間だし、小僧を椅子に座らせている間にベッドメイキングを完璧にして、今は汚れたシーツを破棄しに行っとる」
何故知っているかなど、老人は問わなかった。
どういった経緯でそれを知ったかは解らなくとも、推論は成り立つ。監査官を見ない限り、少年の状態に変化があった事が解る筈が無いのだ。当然の疑問は、問い返すに値しない。
それに面白くなそうに青年が顔を顰める。あともう少し、自分が部屋を出るのが遅ければ、そこに居て立ち会ったのは、監査官ではなく自分自身だった。
監査官は少年に触れる事は出来ないけれど、それでも想い人に常に貼り付く相手が自分以上に近しい場所にいた事が、面白い筈がない。
どうして自分を呼ばなかったか……と、問いたくとも解答が解っているだけに、言えない。八つ当たりにしかならない事だって、解っている。
歪めた唇を引き締める事で飲み込んだ悋気を、青年が肚の奥に閉じ込める頃、微かに廊下に気配が漂った。
ぴくりと、師弟の視線が同時にドアに向く。が、気配はそこに留まり、ドアは叩かれる様子は無かった。
「…………戻って来た…けど、入ってこない?」
この気配は監査官だ。ドア越しに聞こえる微かな物音、位置、反響の具合。それらを加味し、老人は軽く息を落とした。
「音から察するに、机を持ってきたな。外に貼り付くつもりであろう」
主人に忠実なゴーレム同様、あの監査官も己の職務には忠実だ。否、そう己に言い聞かせる事の出来る状況だからこそ、そう出来るのだろう。
そうでなければ、おそらくは彼もまた、この愚かな弟子と同じように惑い恐れ躊躇いとともに、歩む先に途方に暮れる事だろう。
………少年も含め、彼らはあまりに大切なものを抱えて生きているが故に、それ以外を見つけてしまった時の対処法を知らない。
緩やかに穏やかに、関わり合う事を許されなかった、悲しい世代の子供達だ。
「邪魔さ!!」
吐き捨てるというよりは癇癪のように、少し強めの声が青年から零れる。それはドアの先に響くよう計算された音量だ。
子供の癇癪がぶつかり合う様を想像しながら、それでも老人は監査官がドアの外、椅子から立ち上がりもしない事に気付き、ちらりと青年を見遣る。威嚇したりない子犬のような弟子の様に、今度はわざと、大きな溜め息をこれ見よがしに吐き出した。
「安心しろ、邪魔さ加減ならばお前も同じレベルだ」
あの監査官の方が、まだ今は冷静に対処出来ているだろう。少年に触れる事が出来ない、それ以外ならば出来る。だからこそ、雑務のような真似すら、顔を顰めながらもきちんと行なってくれたのだ。
惑いの中で己を保つ事に精一杯な青年と比べるならば、どちらかといえば、青年の方が分が悪い。
「俺まで?!ちゃんと俺は手当て出来るさ!」
「寝ろとわしは言った筈だ。何故ここに来た」
触れもしない癖に何をと、言わなかったのは慰めでも気休めでもなく、本人が未だ無自覚だからだ。
この少年の傷を、まだ直視も出来ないだろう。無理強いをしてそれを暴き、再び頑迷に陥らせるわけにもいかない。
「…………アレンが怪我してんのに、目も覚めないのに、俺だけ寝てらんない」
ぽつりと、返されたのは寄る辺なき幼子の啜り泣きのような、声だった。
おずおずと差し出された青年の指先が、辿るように少年の左手を撫でる。傷のない、左手を。
「だからお前は未熟というのだ、馬鹿者」
握り締めるならば、傷のある右手を、癒える事を祈って包めばいい。血に染まる腕を見る事が出来るだけ、まだマシかも知れない。が、鎧を取り払うが故に、この弟子の内面の脆さは危う過ぎる。
8年前の事件から一転、記録の意味を理解し正しく歴史を読む事を覚えた青年は、それが故によりいっそう人の愚かさと救いなさに絶望を覚えるようになった。それも全ては、感受性の豊かさ故だが、それを殺さず花開かせる事は、酷く困難な作業だ。
…………今もまだ、この花は未開花のまま、蕾を奮わせるだけだ。
少年が目覚めればまた、変わるだろうか。綻ぶだろうか。………あるいは、蕾みすら萎れさせ、土へと帰してしまうだろうだ。
解らない、けれど。どの状況になろうと、導き手としての己のスタンスが変わる事はない。思い、どこまでも手のかかる弟子だと、萎れる赤い髪を見遣った。
「アレン……血、結構ひどいさ。包帯もう、赤くなってきた」
白かった包帯が、赤く染まる。出血がひどいのか、傷の治りが遅いのか。それでも滲んだ赤を覆うように、イノセンスの結晶がまた、現れた。
この結晶が現れるポイントは、未だ解明されていない。ただ、適合者の命の危機に関係しているのか、致命傷にもならない今回は随分と悠長な出現だった。
それを見つめながら、不意に既視感に頭痛がした。
…………白を染める赤。眠る少年を見つめていた時、幾度も浮かんだイメージだ。
なんだろうか。確かに少年はよく怪我をする。血に塗れる事も珍しくない。それでも、何故今、こんなにもそれが脳裏から離れないのか。
解らない。顔を顰め、少年を見下ろした。
真っ白な包帯と赤い血。…………不意に、種類は違えど同じ色のカテゴリーを思い出す。
幼い頃に使っていた白いマフラー。何故か血で汚れボロボロになったのに、捨てられなかった。そうして、師に願って赤く染め直し、ずっと大切に身に纏った。
あれを使わなくなったのは……確か、少年を失い先に進む船上でだ。何故か突然それを忌避する気持ちに、引き剥がした事を思い出す。
そうして再び纏ったのは……………己の命もまた賭けるべき、AKUMAの巣窟に乗り込む事を決めた、時だ。
少年を失い、己の命も同じように掻き消えるかも知れない、その時に、赤いマフラーが身に纏ってと囁いた気が、した。
思い出す、幼い頃。薄汚れたマフラーが、それでも大切で、捨てたくなくて、泣きながら拒んだ。赤を身に纏って、そうして…………何故か、抱き締められるのではなく、抱き締めた気で、いた。
遠い記憶だ。たかが8年といえど、その間に蓄積した脳内の記録を思えば、幾万分の一に過ぎない程、遠い過去だ。
それを、思い出す。
そっと落とした目蓋の中、白が舞う。赤が、翻る。
そうして、囁く声が聞こえた、気がした。
それが誰の声かなど、知らない。
本当に囁かれたのかも、解らない。
ただそれはひどく、眼下の少年の祈りに似た、無償の声だった気がする。
早く目覚めて、その声を聞かせて。
そうすればきっと、こんな物思い、忘れてしまえるから。
君の笑顔が花咲けば、自分など足蹴にして進んで構わないから……………
現実世界のラビも、ちょっとずつ頑張ってますよ。
ビクビクしながらも、精一杯出来る事を。守り方も愛し方も、まだまだよく解らなくて空回り気味ですけれど。
それでもちゃんと向き合えるように。一歩ずつ、怯えながらも進む覚悟を、臆病なまんまの心で決めているのです。
…………なんかやっぱりジュニアの方が潔くてカッコいいよ、ラビ………(遠い目)
10.12.26