ずっと、誰かが呼んでいる気がした。
 誰だろう。首を傾げ、少年は周囲を見回した。ぼやけた視界は辺りを霧で包むように白く染めている。
 それを眺めながら、心のどこかでこれが現実ではない事を確信していた。
 確か……自分は自室にいた筈だ。色々な騒動があった数日が過ぎ、なんとか平穏に戻って。
 老人とその弟子は今回の任務地に、今度はただの本職としてもう一度向かい、監査官はほんの数日で山となった仕事を片付けるのに勤しんでいた。
 その手伝いは出来ないけれど、せめて監視するというその職務を軽減させる事は出来るので、少年はこの数日の無言の気遣いへの返礼に、大人しくティムと二人、部屋の中にいた。
 そうして、老人が貸してくれた本を読みながら………おそらく、微睡んでしまったのだ。
 たった数日、けれどその時間は濃密過ぎて、寄生型の少年も、まだどこか身体が気怠く疲れを感じ易かった。きっとそのせいで居眠りをしてしまったのだ。
 その証拠のように、頭に乗っていたティムがいない。
 けれど、それならば、一体自分は誰に呼ばれたのだろう。そう思い、もう一度靄に包まれた周囲を見遣った。
 『マナ………!』
 同時に響いた、懐かしい声。
 喜色に濡れたその明るい音に、少年は目を丸めた。
 『………え…、その、声、は』
 『やっと気付いた!マナ、呼んでもずっと眠ってるんだもん。驚いたさ』
 にゅっと、どこから現れたのか、靄などものともせずに赤毛の子供が腰に抱きついて来た。…………あの洞窟の中、同じだった背丈は、今は随分小さく、自分の半分程もなかった。
 にっこりと子供は嬉しそうに笑って見上げてきた。まるで今の体格差にも、少年の外見の変貌にも頓着した様子はなかった。
 それに目を瞬かせながら、やはり夢なのだと苦笑して、そっと子供の髪を撫でる。
 『え、そう、だったんですか?ごめんなさい、平気ですよ?』
 心配しただろうかと思い告げてみれば、子供は撫でられた感触が心地良かったのか、上機嫌で手に擦り寄ってきた。まるで猫のような仕草が可愛くて、少年は癖のある元気な赤毛を何度も梳いて撫でた。
 『ん。あのさ、マナ。実はね、とっておきの重大発表があるんさ♪』
 それに目を細めて喉を鳴らしそうな顔で笑みを浮かべながら、本当に猫のように身体を伸び上がらせて、子供は手を伸ばし、少年の首に腕を回す。
 首にぶら下がるような体勢だ。けれどそれは、きっと抱き締めたいのだろう。少年は困ったように笑み、片膝をつくと、彼の望み通りその身体を腕の中に収めた。
 それに喜ぶように首に埋められた頬のあたたかさが心地良かった。
 『発表って……何かあったんですか?』
 一体これはどんな夢なのだろう。クスクスと突拍子もない子供の様子を見遣り、少年が問い掛ける。
 『あったさ!もうすっごい事!』
 自信満々の子供は胸を張る勢いだ。実際はより一層身体を押し付けてきたので、少年はなんとか足に力を籠めて倒れ込まないようにするのに必死だ。
 『そうなんですか………どんな事ですか?』
 『ふっふ〜ん♪なんと、俺!マナとずっと一緒にいれるんさ〜v』
 ぺちりと、少年の頬を叩くようにして包み、子供は嬉しくて仕方がないという笑みでそう告げた。
 告げた、が。………告げられた少年には、その意味がよく解らない。
 『え?ど、どういう事ですか?』
 驚きにあげた声には、解っていたというようなしたり顔の子供が眼前に映される。と、ちゅっと、可愛い音を立てて鼻先にキスをされた。
 …………夢の中でも性格は改善されないらしい。そんな事を思いながら、微かに赤くなる頬を気力で押し止めた。
 『そのまんま♪っていっても、マナの後継者みたいに、一緒にはいれないけど』
 ほんの少し、戯けた子供の声が寂しげだった。………夢でくらい、そんな事考えないでいいのにと、少年はそっと子供の背中を撫でた。
 『ジュニア?』
 『でもでも!そんかわし、俺はたとえそいつがいなくなっても、ずっと一緒!マナが死ぬまで、一緒なん!』
 戸惑う少年の声に、慌てたように子供は首を振る勢いで叫んだ。それはほんの少し、間近な耳には大き過ぎて痛かった。
 それに苦笑しながら、少年は子供の言葉を反芻する。
 『死ぬまで?ずっと、ですか?』
 瞬き、苦笑が濃くなった。
 …………なんて、これは、都合のいい夢だろう。もっとも、夢なのだから、都合が良くて当たり前かも知れないけれど。
 それにしても、大それた夢だ。こんな事、彼に言わせるなんて。
 『……………マナ、信じてないさ。本当なん。マナのね、心臓』
 むぅっと、子供の頬が膨れた。ついでに尖った唇が拗ねたようだ。
 『うん?』
 相変わらずすぐに勘づいてしまう、頭のいい子だ。その頭を撫でて、少年はそっと、彼のいう言葉を追うように、視線を自身の胸に落とした。
 それを辿るように、子供の小さな指先が、トンと、服の上、心臓を叩く。夢でも、しっかりとそんな些細な感触も伝わる事に、少し驚いた。
 それに気付いたのか、にんまりと子供が笑う。それが少し不思議で、少年は目を瞬かせた。が、彼は何もそれには答えてくれず、言葉を続けてしまう。
 『心臓は、ここ。ここがね、止まるまで。一緒にいれる。そういう約束。だから、ずっと一緒なんさ〜』
 『心臓と一緒に?』
 一瞬、ほんの少し、そう告げた少年の声に子供の指が跳ねた気がした。けれどそれはそのまま振り上げるように伸び、もう一度頬を包んできた。
 今度のそれは、ひどく繊細に触れている気がして、不思議だ。
 『そうさ!マナの心の中、血となり肉となり、ずっと一緒。だからマナはね、この先絶対、独りっきりにはならないんさ』
 それでも響く声は明るくあどけない。………きっと、それはわざとだ。
 彼がそれに告げられる答えに怯えているから、だからきっと、軽やかな声で気にされないように、話している。………そんなところは、本当に臆病なのだ。
 『ジュニアが、ずっと一緒、だから?』
 くすりと笑んで、問い掛ける。途端、不安そうに揺れる素直な眼差し。
 『…………嫌?』
 小さく呟いた声は、精一杯の虚勢で微かな戯けを滲ませたけれど、寂しそうな眼差しがそれを裏切っていて、少年の眼差しが柔らかく綻んでしまう。
 この子は素直だ。自分のように包み隠してしまおうとしない。好意を、こんなにも真っ直ぐに差し出せる優しい子。
 『死が分つまで、ずっと、一緒?』
 歌うように告げた声に、厭う響きはない。それに気付いたのか、子供は微かに目を輝かせて、大きく頷いた。
 『うん。ず〜っと。俺は、それがいいん。マナと二人、ずっと一緒。マナを独りにしないの』
 『そっか。…………うん、素敵だね』
 共に生きられる事が嬉しいと、言ってくれる子供。それを噛み締めて、少年は胸に迫る愛しさを必死に飲み込んだ。
 代わりに、泣き出しそうな瞳で、不器用に微笑んで、ぎゅっと、子供を抱き締める。鼓動が、ほんの少し跳ねた。それは自分なのか、彼なのか、解らない。
 解らないけれど、きっと一緒なのだと不思議な程当たり前にそう感じた。
 『君がずっと一緒なら、僕はいつかの別れも、きっと大丈夫』
 『マナ?』
 『君がね、いてくれるなら。ちゃんと笑顔で見送れる』
 これがただの夢でもいい。………自分に都合のいい、ただの夢でいい。
 それでも。この子がそう告げ、この心の中、確かにいるのだと笑んでくれるなら。それだけで、もう充分だ。
 そう噛み締めるように囁く声に、子供は抱き締める腕に指を絡めながら、拗ねたような声で問い掛けた。
 『…………マナ、またなんか、悲しい事考えてる?』
 きっと尖らせた唇で面白くなさそうな顔をしている。そんな事を思い、ほんの微か、少年は吹き出してしまう。
 『違いますよ。ただね、想像するんです』
 『…………なにを?』
 『大好きな人の、血の連なりを。いつかその人が腕に抱く、可愛い赤毛の赤ちゃん。僕はそれをあげられないけど、いつか誰かが彼に与えてくれるといいなぁって、思うんです』
 きっと、彼は家族を大切にするだろう。連なる血を己で育てられなくとも、慈しみ心寄せ、その子が育む全てを優しい翡翠に融かして眺め、導くだろう。
 自分では、彼にそんなもの、与えられない。
 彼はいらないというかも知れない、けれど。それでもそれが、決して軽んじていいものだなんて、思わない筈だ。
 受け継ぎ背負い、そうして次代に託す、その意味を誰よりも痛感しているのは、次代を担い当代を見つめる、彼自身だ。
 だから、もしも彼がそれを必要とするなら、止められない。解っている。それは、彼が彼として生きる為、必要な事だ。
 『…………マナ、それ、寂しいさ』
 『そうですね、ちょっとだけ、泣くかもしれないです』
 震えそうな声で言う子供に感化されて、つい零した、本音。
 寂しいとか悲しいとか、思う事が許される筈もないけれど。耐える事なんてもう、慣れたけれど。
 それでも、この子が問えば、つい零れてしまう。今もまだ疼き傷付く事を忘れない、大切な人を抱える事に歓喜する、自分の浅ましい心。
 包む事だけ望んで、与える事だけ、願って。………求める事なんて、縋る事なんて、望んではいけないのに。
 『………でも、君が傍にいるんでしょう?なら、大丈夫。あの人が幸せになるなら、きっと笑って手を離せるよ』
 この心の中、彼がいる。そうして、彼の幼い姿は、こんなにも優しく自分を気遣い労ってくれる。
 …………それ以上、何を望むのだろう。
 もう、これだけで、充分だ。こんなにも自分は満たされているのに、それを手放したくないなんて我が侭、言える筈がない。
 『マナはさぁ………もっと、我が侭になるさ』
 まるで考えていた事を見透かしたようなタイミングで、溜め息と一緒に子供が言った。
 それはあの老人のような仕草で、少年はつい、笑ってしまう。
 『それ、他の人にも言われましたよ』
 困ったようなその声の響きに、子供は溜め息のように長い息を吐いた。
 『マナはね、知らないんさ。こんなに沢山、俺に教えたのに。でも、知らないん』
 『?』
 『手放す事、考えて傍に居たら、ダメなん。大好きって、沢山伝えて、抱き締めて、それが幸せなんさ』
 ぎゅっと、子供は少年を抱き締めてみる。伝わらないかと願う仕草に、少年は首を傾げた。
 『………?でも、もう僕は、十分幸せでしたから。これ以上は分不相応ですよ』
 そう、教えた気がする。そうして彼に、もっと幸せになってと、願われた。
 そうして………そう、答えた筈だ。一人でそれは、無理なのだと。誰かが笑ってくれなければ、笑い方なんて解らない。
 そのあとの、羞恥で顔から火が噴く思いをした事実もまた思い出しそうになり、なんとかそれだけは記憶の中、無理矢理蓋をして押し込めた。
 それでも思う。笑って、欲しいのだ。だから、彼が望むなら、その全部、叶えたい。………こんな自分でも、彼に笑顔を咲かせられるなら、叶えたいのだ。
 『全然足りてないん!マナの幸せは、もっと沢山、未来にあるの!』
 『………未来、ですか?』
 きょとんと首を傾げてその単語を繰り返せば、子供はびしっと指を突きつけて宣言するような強さで頷いた。
 『そうさ!だから、諦めないで、我慢しないで、ちゃんと言うんさ』
 『……………難しい、ですね』
 『でも、言って。そうしたら、俺はもっと幸せ。ねえマナ、幸せにして。一杯、もっと』
 あなたが言った事だと、そう言うように。にっこりと笑った子供は強請るようにそんな事を綴る。
 笑顔が贈られれば笑えるというなら、笑顔を贈ってくれれば、自分も笑う。どちらが先かなんて些事だ。贈り合い、満たし合い、捧げ合って、笑みの中、全てが連鎖していけばいい。
 『君は相変わらず、我が侭ですねぇ』
 苦笑するように、そのあからさまな願いに息を吐いた。呆れたのではない、むしろ感嘆を籠めて。
 多分それは、誰もが願い、けれどなかなか口にする事の出来ない、我が侭で横暴な……けれど、根源的な祈りだ。
 『マナが言ってくれないからさ!伝えなきゃ、マナは解ってくれないもん』
 頬を膨らませ、子供らしさを全面にアピールする様も、相変わらずだ。
 その頬を指先で突ついて、小さな身体、そっと抱き寄せ、細い肩に頬を乗せた。
 …………子供の鼓動がほんの少し跳ねたのが、耳に触れた首筋から伝わった。
 『そうですね、僕は多分、凄く鈍いんですよ。でもね、ジュニア』
 『うん?』
 『君の事、本当に大好きなんですよ。それはね、嘘じゃないんです』
 しっかりとはっきりと、たった一つ間違わないでと、願うように呟いた。この子供が与えてくれた全てを、自分はとても愛しいと思っている。それは、未来の青年へ思うのとはまた少し違う、この子供への思いだ。
 『うん、知ってる♪』
 『それでね、もうひとつ』
 明るく跳ねた声に微笑んで、もうひとつ、告げなくてはいけない事を添えた。
 『どんなに遠く離れても。やっぱりあの人の事は、一番好きなんだって、思います』
 『俺より?』
 不思議と、彼はあの洞窟の中とは違い、クスクスと笑うような余裕までもって、そう聞いてきた。それは、微かな違和感だった。
 もっとも、これは夢の中の、自分の記憶の改ざんしかない筈だ。それを考えるなら、少しくらい違和感を覚える仕草があって、おかしくはないのかも知れない。
 『難しい事は聞かないで下さい、ジュニア。君への思いと、彼への思いは、ほんの少しだけ、違うんですよ』
 『うん、解ってるさ。でも、俺はマナが一番。他の何より、一番なんさ』
 そっと寄り添わせた頬になお機嫌が良くなったのか、髪を梳く幼い指先を感じた。
 まるで壊れ物を抱き締めるような、そんな繊細な動きに苦笑する。どこかこの子は、自分をひどく儚いものに思う節があって、おかしかった。
 『だから、忘れんで。傷付いても悲しくても、俺はちゃんと傍にいるから』
 奏でられる極上の言葉。………きっと、自分がずっと欲しかったと思っていたのだろう、言葉達。
 途切れる事なく、傍に。そんな事、言える筈もないけれど、願う事も、出来ないけれど。それでも喪う悲しみも嘆きも忘れない心が、永遠なんて陳腐なものを求めていたのかも、しれない。
 だから、こんなにも言う筈のない言葉ばかり、この子に言わせているのだろうか。
 ………自分の身勝手さは相変わらずだ。そう思っていると、まるでそれに気付いたように柔らかく、子供の腕が頭を抱き締めた。
 『もしかしたら、また、マナはさ、我慢して一杯傷付いたり、辛い事飲み込むかもしれないけど』
 いとけない声が、悲しそうに綴る。これはきっと、あの洞窟の中、一人戦った事を言っているのだろう。
 あんなにも真っ直ぐに悲しみ願う姿に、驚いた。
 …………それを不思議に思ってしまう自分自身に、驚いた。
 今は、解る。彼があの時自分に縋って泣いていた。一人戦わないでと、己の無力を嘆いていた。喪ってしまい、その衝撃に泣き崩れ動けなくなっていた、幼かった自分と同じように。
 『俺も一緒にそれ、抱えるよ。一緒にそれ背負って、一緒に泣くの。で、マナが嬉しい時は、一緒に笑うんさ』
 独りにしない、と。もう一度彼は呟いた。まるで本当なのだとそう念を押すようで、少年はそれに、ほんの少し、眉を顰める。
 『僕、自分の分くらい、自分で背負いますよ?』
 なんとなく、やはり付き纏う違和感。
 自分が勝手に望んで作った夢の中の幻想とはいえ、どこか何かがちぐはぐだ。
 それがなんなのか、まだ解らない。夢だからと、全てをそれで括ってしまってもいいのだろうか。………それすら、解らなかった。
 『だ〜め!ずっと一緒って言ったさ。だから、マナの痛みも傷も、嬉しいのも楽しいのも全部、半分こ』
 そんな逡巡を知ってか知らずか、彼は明るく歌うようにそんな事を言った。
 困ったように腕の中、無邪気に笑う彼を見下ろしながら、小さく息を吐く。どうしたら、躱せるだろう。この愛しい子供を傷つけず、捕らえず、手放せるだろう。
 自分はきっと、この子程純然と、何かを望み、願えない。
 『半分こ、ですか?』
 そんな微かな寂しさを飲み込んで、微笑み問い掛ける。
 この子と二人分け合う事は、きっと楽しいだろう。自分も同じくらい小さい子供だったなら、きっと彼と二人、どこまでも駆けていっていた。
 ………そんな有り得ない夢想を思うには、この身はあまりに罪深く、背負うものが多過ぎるけれど。
 『そうさ。だからマナも、マナの後継者の嬉しいも楽しいも、………傷も辛いや悲しいも、半分こ』
 『?君、じゃなく?』
 得意気に笑い、頬を寄せた子供の言う対象に、驚いて目を瞬かせた。
 いつだって、この子は自分の言う後継者に好感を持っていなかった。むしろ嫌悪に近い感情が見え隠れしていた筈なのに。
 それが、まるで嘘のように無くなった。彼が与えられるべきをその人に与えてと願うような、そんな仕草、洞窟の中の彼には有り得なかったのに。
 瞬く眼差しの中、子供は苦笑した。そんなに驚かなくてもと言いたそうなそれに、不意に気付いた。
 …………違和感の、源。あの洞窟の中の子供と、今の子供との違い。
 青年の仕草によく似た、躊躇いの仕草や、願う笑み。祈る声も、我が侭で利己的な癖に、どこか幼く自分を守りたいのだと願っていた。
 青年と、この子供にある、共通項。それが、微かに増えている。そしてそれは、自分と関わり育まれ晒すようになった、そんな仕草達。
 目を見開き、少年が微かに驚きに息を飲んでみれば、その意味を悟ったのか、子供が笑った。………その顔に似合わない、どこか大人びた笑みで。
 『それでいいんさ。マナがそれで嬉しいなら、俺も嬉しいになるん』
 『………ねえ、ジュニア。君は、どこまで知っているの?』
 囁く声の深みに、つい眼差しが力なく揺れてしまう。
 この子供の言葉は、子供だけで終わる言葉。そう、思っていたのに。そうではないのか、それともこれは、それさえも自分の望んだだけの、夢なのか。
 解らなくて問う、震えた声。それに子供は寂しく笑って、そっと頬と頬を重ね、耳に注ぐように囁いた。
 『秘密さ♪だからマナ、すぐには無理でも、ほんのちょっとずつでいいから、考えて』
 明るく弾ませた声は、それでも切なさを内包して響いた。そっと睫毛を落とし、銀灰は霞む事を耐えるように隠される。
 それを気配だけで感じたのか、子供は小さく息を飲み、それから、覚悟を決めたように、低く、その明るい声を少年の知る深みある低さに変えた。
 『アレンの幸せは、どこにある?』
 そう、寂しそうに子供は笑い、囁いた。問う声と、その名に、身が凍るかと思った。
 …………すぐに答える言葉が見つからず、少年は息を飲む。
 答えないと、そう、思った時には、霞んだ視界の先、揺れるように子供の影がぼやけてしまう。
 まだ答えていないのに。そう、思い、伸ばした指先。
 それは子供の服の裾を掴む筈、だった。けれど握り締めた指先はなんの感触も掴む事はなかった。
 寂しくて溢れかけた涙を、慰めるようにほんわか、心臓が鼓動を投げかけた。

 ………………ああ、と。静かに納得する。

 心とともに永遠に。君はここにいると言っていた。
 だから、嬉しい事も悲しい事も全部、共有するんだと、少年は泣き笑った。

 それが記憶というものなのか、思いというものなのか、解らない。
 けれど、この心臓の中、確かにあの小さな子供は佇んでいる。

 その喜びに笑めば、嬉しそうに同じ笑みを返してくれる、あたたかな心臓。

 君がここにいるのなら、きっとこの先の寂しさなんて、1つもなくなるだろうと。

 

 思ったなら、咎めるようにちくり、痛んだ………………








エピローグ1   エピローグ3


 このお話は、初めは書かないでおこうと思っていたのですよ。
 あんまちはっきり書くのもなぁ、と。
 この辺は、イメージ補完というか。ミュアンスや咀嚼した先でこうかな……という雰囲気の方が、綺麗にまとまるから。
 でもどうしても、ジュニアの思いはちゃんと、守ろうと思ったその意志がアレンの中、守り石と一緒に残っているよ、と。
 あんまりにもあの子が可哀想になったので、書き残したくなりました。蛇足と解っていても!

 そしてこれと、3との間、2.5話目が、あります………。微裏程度なのですが。でもサイトには載せていません、どこにも。
 ピクシブの方に置きました、が。現在は非公開になっております。申し訳ありません。
 …………あの程度でも恥ずかしいんですよー!!

11.2.27