柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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相変わらずの、世界。


そしてそこで生きる僕ら。





人知れずと……  2



 天気のいい昼下がりだった。あまり朝から歩き回ることはない自分にとってこれくらいの時間帯はちょうど居心地がいい。
 真夜中遅くまで働いてはいるのだから、それくらいの朝寝坊は許されるだろうと思う。もっとも仕事自体吹聴していないのだから、周りから見ればただの朝寝坊でありだらしなさの象徴でしかないのだろうけれど。
 柔らかな日差しを浴びながら、吹きかける風に目を細める。あてどもなく歩いてはいるが、一応これでも辺りを見定めながら仕事を探しをしているのだ。あまり大きな声でいえはしない仕事だからこそ、普段以上にだらけた雰囲気をまとってはいるけれど。
 「………銀時」
 不意に風より微かな音で名前を呼ばれる。誰の声か解らないわけはない。随分馴染みとなった声だ。昔はそれこそ毎日聞いていた声。
 聞こえなかったふりを通そうかと一瞬思うが、間をあけてしまっただけで十分な返答となることを理解している。
 小さく息を吐く代わりに軽く頭を掻きあげ、気怠気に振り返る。用などないと、言外にいうように。
 「あー……どなたですか?托鉢僧?悪いけど恵めるほど慈悲ないんで、他当たってくれます?」
 「なにを(たわ)けたことをいっている。そのまま進んで次の角を曲がれ。話がある」
 「え、なに?僧だけあって衆道ですか?ごめーん、僕、そーゆー趣味ないから」
 「さっさとしろ」
 どこまでも戯けて逃れようとするが、相手はそんな態度に出ることは百も承知の旧知の仲だ。何の意味もないことは解っていた。
 強引な指先が腕を引くよりも早く腕を遮り、目立たないことだけを細心の注意で心掛けて間合いを作る。数歩の距離がどれほど重要かを嫌になるほど知っている相手は、承知したかのように僅かに歩幅を狭め、距離をとった。
 軽い欠伸をしながら家にでも帰る自然さで道を折れ、銀時は素早く物陰に身を潜めた。そうして彼が現れるまでの数秒、深く息を吐き出して自分の不運を恨む。
 攘夷時代の友人を嫌煙するとはいわないが、今の自分はもう彼らと同じ道は歩まない。
 そう明言しているというのに、彼は足繁く自分の家を訪れる。いつ見つかるか解らないというその危険さえ顧みずに。
 解ってはいるのだ。自分の力は彼にとっては大きなものと映るのだろう。あの頃、自分はそれを振るうことが希望であり絶対的な善だったから。
 しかし、と、息を吐く。
 今は違うのだ。否、あの頃から多分違かった。ただそうでありたいと思っていた。
 この力を存分に発揮し、それを求められることで居場所があったから。そうすることで守れるのだと己に言い聞かせていた。幼いと今では思う、あまりに弱々しい正義だ。
 あの頃のような勇ましさで戦陣を駆けられるかと問われれば、否だ。もう自分は自分の守る世界を知ってしまっている。大規模な救出劇など出来はしない。英雄にはなれないことを自覚しているのだ。
 「そこか、銀時」
 陰鬱に落ち込みそうになった思考を割って入ったその声に、目を向ける。表通りからは見えない位置に隠れる自分に声をかけるとすれば、この場に誘った相手しかいない。
 「………さっさと帰せよな、ヅラ」
 面倒くさそうに呟いて立ち上がる。背は壁につけたまま、辺りを観察することも怠らなかった。まさかとは思うが、このまま拉致される可能性も捨てきれないのだから。
 一歩彼が近付いた。空気がひやりとした気がする。昔、同じ場所に立っていた頃に吸い込んだ空気だ。
 それを振り払うように息を吐き出し、どろりと淀んだ視線を向けた。昔の、颯爽と駆けた自分はいないとでもいうかのように。
 「万事屋へ仕事の依頼だ。文句はあるまい」
 「……仕事ぉ?テメーがかよ」
 胡散臭いものを見るように相手を眺めるが、その目に偽りはない。
 もっともそういった類いの色を鮮やかに隠すことが出来るのもまた、戦塵を駆けた将の技の一つだ。自分にでも出来るそれを、彼が出来ないとは思えない。
 そのう上、彼は現在指名手配犯だ。そんな人間と旧友だというだけでも目をつけられているというのに、この上仕事までも請け負ったりなどすればどうなるか、考えるまでもない。
 自分一人であればその程度の危険は朝飯前だし、むしろゲームのようにすら感じられる余裕はある。が、それは一人であればという前提のみの話だ。
 今の自分には抱えているものがいる。彼らを危険に晒すわけにはいかない。それくらい、十分理解しているはずだろうと、訝し気に眉を上げる。
 微かに危険な臭いを孕む風が二人の間を通り抜けた。饐えた裏道の、最下級の臭い。
 目深にかぶった笠の下、にぃと男は笑んだ。僅かに薄ら黒い、笑みで。
 「なにを警戒している。別に厄介なことではあるまい」
 「いや、お前が関わっている時点で厄介だし」
 「要人の警護を頼むだけだ」
 素っ気なく答える言葉に裏はなさそうだ。少なくとも自分の目を見ながら吐ける類いの嘘に問題はない。
 少しだけ食指を動かす。警護であれば自分向きだ。相手によっては受けるにこしたことはない。そうすれば、しばらくは別の仕事をしないで家に帰ることが出来る。
 銀時が興味を示したことに気づいたのか、桂はそのまま言葉を続けた。
 少しだけ早口で、急いでいることが知れる。確かに自分もあまり長居はしたくはないけれど。
 …………先ほどから辺りでは耳慣れた靴音がする。真選組の見回りが近付いているのだろうことが知れた。
 「昔、世話になった相手でな、今も多少の資金援助はしてもらっているが、お前に迷惑がかかることはあるまい。それとも………」
 軽く口を防ぎ、一歩桂が銀時に近付いた。既にそこは銀時にとっても桂にとっても、間合いに入る。どちらも共に、油断なく構えた。それは至極自然な動作で。
 ゆうるりと伸ばされた男の割に華奢な指先は、まっすぐに銀時の顎へと示された。それをたたき落とすでもなくぼんやりと眺め、相手の自由にさせていれば、不意に間近になった気配に視界に影が差した。
 「…閨の仕事の方が良かったか?」
 「嫌味な奴だな、別にそんな真似してねぇよ」
 夜中にうろついていることが、情報として彼の耳に入っているのだろうことは伺えた。が、その内容までは知れなかったらしい。珍しく下世話な物言いをする口振りには、皮肉とともに僅かな失望が見えた。
 もっとも、後ろ暗いところのない自分にそんなことを言ったところで、何の意味もない。
 確かに真夜中の用心棒など卑猥な意味合いを想像はするが、実際はそうでもない。そのために多少薄汚くしたり食指が動かされぬよう気は配ってはいるが、わざわざ好き好んで見窄らしい自分を抱きたがる物好きはいない。
 ただ喘ぎ声の響く中での警護など、どう考えても真っ当ではない。だからこそ発達途上の子供たちに伏せようと頑なに秘密にはしているが、それ以上の何の意味もない。
 探るような視線を受け流し、面倒な奴だと溜め息を吐く。潔癖なだけならいいが、どこかそれと同じ清さを自分にも求める節のあるこの友人は、時にひどく厄介者に変わる。
 「で、仕事の詳細は?」
 それ以前の話の全てを消し去るように低く呟き、承諾するかのように問いかける。もっとも、内容如何によっては依頼自体なかったとしらを通すが。
 「…………ここではまずかろう」
 不意に潜められた声の後、微かな足音が響いた。
 見知った気配を背後に感じる。眼前の旧友と、背後の気配。………この組み合わせは、最悪パターンにほど近かった。
 息を飲み込む間すら惜しみ、ふわりと銀時は桂に近付いた。
 道路や遮蔽物の位置から考えて、これで完全に桂の姿は自分に重なり彼からは見えないはずだ。そうして、どうしようか。
 考えて、特に策も何もなかったことに呆気にとられる。そもそも庇おうとしないであっさり踵を返し、彼に声でもかけた方が上策だったのではないか。まずい手を打ってしまったと舌打ちをするかのように顔を歪めれば、ふうわりと触れた熱。
 触れた場所は唇ではなく、顎にほど近い。けれどおそらく重なった影からいって、背後から見た彼には口吻け以外には見えなかっただろう。
 ………ある意味一番の常套手段だ。が、この後の収集すべてを自分に押し付ける気でいることは知れていた。嫌そうに顔を歪め、またあとでと微かな音で囁く相手を睨むが、何の意味もない。
 背後の気配は微動たりともしていない。こちらも動けず、結果、顔を隠した僧が消え、取り残された自分に確実に声をかけてくるだろう相手の行動が予想できた。
 …………どうやって躱そうか。
 いつものようにのらくらとからかって、そうして相手の感情を誘導した方がいいか。それとも今の変質者をさっさと捕まえろとでもいって、発破をかけるか。桂のことだ、逃走経路くらい用意しているだろう。今更彼が追いかけたところで徒労に終わるのは目に見えている。
 何の収穫も得られなかった彼をからかった方が自分らしいかと一瞬で計算し、気怠い表情を隠して僅かに肩を震わせる。そうして振り返り、怒鳴りつけるようにして彼の名を叫んだ。
 「ちょっと多串君?!なに取り澄ましてんの。善良な一般市民をかどわかそうとした奇怪僧をさっさと捕まえるのがキミのお勤めでしょーが!」
 顔には微かな怒気。頬が紅潮するように少し息を吸うことを止めて、一気に叫ぶ。
 振り返った先には思った通りの人物がいて、相変わらずどこを見ているのか不可解に思えるほど鋭い視線でこちらを見ていた。もっともその視線は自分を通り越して暗い道の奥、桂が逃げた方向へと突き刺さっていたが。
 ひやりと背中に嫌な汗が流れる。まさかとは思うが、あの僧が桂だと看破されたか。
 「ちょっと、多串君?」
 トーンを控えめにし、訝しんで声をかける。何をしているのだと、被害者であるように装って。
 遠くを見つめた視線は相変わらず刀の切っ先に似た鋭さだ。触れたならあっさりと切り捨てられる、そういった危うさがある。
 ああどこか昔の自分が重なる。そう思ったなら、嫌悪が先に身を襲うのだが。
 吐き捨てたくなる苦々しさを飲み込むように空気を喉奥に押し込み、呆れたような溜め息に変えた。彼に向かい合っていた姿勢を止め、そのまま彼を追い越して立ち去ろうとする。
 その銀時の肩を、何かが掴んだ。考えるまでもなく土方の腕であり、それはもちろん彼を引き止めるための力を有していた。
 怪訝そうに銀時はその腕を眺めた。節ばった、剣術タコのある手のひらがかなりの力を込めて自分の肩に食い込んでいた。
 呼び止められた理由がいまいちよく解らないというように眉を顰め、その顔のまま土方を見れば、相変わらずの視線。………まるで獲物を狙う鷹か何かだ。これでは守られているはずの市民すら彼を恐れるのも道理だろうと、溜め息を吐きたくなる。
 「いまのは誰だ?」
 「はい?何言ってんですか?ついに脳みそ沸いちゃったんですか、コノヤロー」
 「無駄口はいいから質問にだけ答えやがれっ!」
 「やーねー、近頃の若い子はカルシウムが足りなくてすぐキレるんだから。大体自分の職務怠慢を人のせいにしますかねぇ」
 「ふざけんなよ、万事屋ぁ」
 まるで真剣に取り合わない銀時の言葉に、至極真面目に対応している土方が苛立ちを増しているのがよく解る。それを眺めながら莫迦だねぇと、気の毒そうに考えた。
 あんまりにも真っ直ぐ過ぎて、いつかこの手のタイプは己で己を死地に追いやる。生き難きを生き抜き、そうして己の死に場を求めて戦うのだ。
 それが自分にはよく解る。解ってしまう。………戦乱などなくなった今の世で、それでもこれはそうして生きる類いの目を宿してしまっているから。
 哀れだなと思うのはおそらく侮辱だろう。少なくとも、そう生きているのだと自覚していた自分は憐憫の情を毛嫌いした。
 「ふざけるもなにも……襲われてた俺がなんで誰だか知っているの」
 莫迦も休み休み言いなさいと大人ぶって言ってみれば、更に鋭さを増した視線が返された。戯けて誤魔化しても無駄だとでもいうかのように。
 相も変わらず頑固さだけは一人前だ。その上、勘もいいのだから厄介なことこの上ない。
 軽く溜め息を漏らし、仕方なさそうに事情を説明する。
 「ったく、可愛げのないガキだねぇ。さっきのは客だよ、要人警護を依頼してきてたの」
 「要人警護?どこのどいつのだ」
 「あのね……その話をまさにしようとした時に邪魔に入ったのは誰だと思ってんの。全く、久しぶりのまともな仕事だと思ったのに、多串君のせいでおじゃんだっての」
 疫病神でも見るように自分の肩を未だ掴んだままの相手を見遣ってみれば、僅かに逸らされた面は思案に暮れている。
 今の話を信じられるかどうか、おそらくは計算しているのだろう。そういった部分を晒してしまうあたり、まだ可愛げがあるかと軽く笑う。
 考えてみれば過去の自分は彼よりも年若くありながら、そういった駆け引きが誰よりも卓越していた。だからこそ自分の名は通り名だけが残り、歴史の闇に隠されているのだろうが。
 さっさとこの男をまいて家に帰らなくてはと考える自分の思考など、おそらく彼は読めもしないだろう。家にはまだ新八がいるだろうし、神楽も定春の散歩から帰る頃合いだ。自分のいないところに桂など現れたら、また何をやらかしたと騒ぐに決まっている。
 早く帰っていつもと同じようにのらくらしながら、新しい仕事の話でも聞かなくては。
 「あのさ、俺帰りたいんだけど?手、離してくれる?」
 素っ気なく、まるで興味ないものを見る目で呟いてその手を払おうとすれば、強められた腕の力。
 やや乱暴な所作で身体を返され、強引に視線が交わるように向き合わされた。………彼にとっては尋問でも、自分にとっては厄介な絡み相手でしかない。それこそ酔っ払いと大差ないほどだ。
 「ちょっと、聞いて………」
 鬱陶しそうに顔を歪めて呟いた唇を掠めた熱。
 かさりとした、あまり触り心地の良くない指先の感触が鼻先を掠めて唇に触れた。それはひどく奇妙なリアルさで。
 怪訝な顔をしてその指先を見つめれば、なお一層驚いたような顔をして自身の指を見つめる相手の顔が映って。


 ああ、やっぱりガキなんだな、と。
 微かな哀れさでそう思った。









   



 そんなわけで長編が動き出しましたね。
 まあたいした話ではないのであまり期待しないように。
 周り一体に綺麗に引かれている境界線。どうやってそれを浮き彫りにしようか、乗り越えるためにはどうしたらいいか。
 私の書く小説って、どうしてこう人生的な問題の方ばっかで恋愛に重点置かれないんでしょうか………(置きたいとも思わんが)

 桂は銀時を特別視はしているけど恋愛感情はない方向で。
 どちらかというと自由人の鳥のパーパへの感情にほど近いかと。
 ようやく出てきた土方君。というか、子供っぽいなー。ものすっごく私が土方ガキ扱いしているのが解りますね☆
 それ以前に銀さんがやさぐれ過ぎとかいわない。いいの。これでもそういう自分を冷静に見ることが出来るということはそこから脱却してきている証拠よ!
 そして何が何でも銀さんには新八や神楽のことを思ってほしい感情がちらほらと。
 特別な相手、と、大切な存在。が、今回のストーリーのメインなので頑張って書けたならと思うですよ。

05.1.30