柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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触れた体温はわずかに高い。




ひんやりと凍っていく肉塊の感覚を、思い出した。





人知れずと……  3



 先ほど桂が逃走する際の隠れ蓑にした、偽りの睦み合いをまるでなぞるかのように、無骨な指先が触れた。
 何事かと驚く自分よりも更に驚いている相手は、信じられないとでも言いたげに己の指先を見つめている。それでも、その指先は離れはしなかったが。
 それを見ながら哀れな奴だな、と考えてしまった。
 自分が自覚するより先に相手に看破されるなんて、同情してしまう。
 しかもその相手が自分だなど、最悪ではないか。
 軽く息を潜めて笑い、自分の唇を這う指先に息を吹きかける。ぎくりと肩を揺らす相手がようやく自失状態から立ち返ったことが知れた。
 「なに?多串君、俺の仕事が不満なわけ?」
 要人警護なんてそちらもやっていることでしょうがと、揶揄する声は笑っている。
 慌てたように掻き消された唇のぬくもりは握り締められ、否定するかのように視界から隠される。まだ自覚もしていないならいいかと、ぼんやり思いながら、踵を返した。
 …………その肩をまた掴む彼に、苛立たしくなる。
 いい加減面倒でならない。仕事一直線なのはいいが、自分まで巻き込まないでほしい。
 こちらは急いでいるのだ。彼とは違い、自分の守る相手は己の身を守るには少々知恵が足りない幼子ばかりだ。守るために平然と死を選ぶ、そんな馬鹿ばかりなのだ。
 「念のためだ、要人ってのの話を聞かせろ」
 「だーかーらー、俺は知らないっていってるでしょうが」
 「仕事だっていっていただろうが。さっきの奴のことでもいいぜ」
 「あのね、仕事を受ける受けないは内容を聞いてからなの。その内容を聞く前に邪魔が入って、相手逃げちゃったでしょ」
 呆れたように息を吐き、胡乱な視線を彼に向ける。相変わらずとぼけた、どろりと沈んだ視線で。
 感情の昂りを目に映してはいけない。それは最低限、生きる上で必要だったこと。己の感情を操作出来ないようでは、人を指揮して生き残ることは出来なかったから。
 それを計りかねるように覗き込む相手は、戦乱を踏んではいないのか、否か。難しいところだ。
 少なくとも自分のように圧倒的な劣勢での戦の経験はないのだろう。せいぜいお上の手先としての戦功程度か。それが悪いとはいわないが、少なくとも自分達のような不屈な生き物に興味を持つことは避けた方がいい人種だ。
 さっさと躱して帰らなければ。
 まだ誰も自覚などしていないものを、突き付けられる前に。
 あの子供たちのいる家に帰らなければいけない。この、目の前の哀れな男のためにも。
 「まあそうだな、解っていることといえば………」
 ふっと、笑う。微かに目を瞬かせ、ぞろりと這うように悪寒のする、妖艶さで。
 唐突に浮かぶ戦陣を駆けた鬼神の顔に、相手が飲まれるのが解る。口角があがり、圧倒的に無力な相手を無言で、視線だけで平伏させる感覚。
 もっとも、あっさりと平伏すほど簡単な相手ではなく気位も高いからこそ、睨む視線は腹に力を込めて押しとどめられているけれど。
 つい、と。彼の唇を自分にしたのと同じように撫でる。ほんの一瞬、瞳孔が開くほどに自分を見ていなければ解らないほどの幽かさで。
 「真選組(お前)を見て逃げるようだし、ろくな依頼じゃなかったんじゃねぇの?断る手間が省けたわ、サンキューな」
 言外に関わらないと呟き、覗かせた笑みをへらりといつもの飄々としたものに変えた。
 「………お前、まさかとは思うが辻君の真似事なんざしてねぇだろうな」
 冷や汗を隠すように吐き捨てる言葉には、畏怖したことへの恥を孕んでいる。
 古風な言い回しをする子供だと呆れたように振り返り、ぷっと吹き出すように彼を見た。
 「やだねぇ、男が春売ってどうすんの。なに、多串君そういう趣味?」
 「斬り捨てられてぇかっ」
 ゆらりと本気でかざされた日本刀を眺めながら、銀時はハアと大げさな溜め息をこれ見よがしに吐く。
 「本当に短気だねぇ。もっと余裕持たないとモテないよ?」
 「テメーに言われたかねぇよ」
 「はいはい、じゃ、またね」
 軽やかに手を振ってもう振り返りもしない銀時に、何故かもう一度伸ばしかけた腕は、ひどくさり気なく躱され彼を掴み損ねてしまった。
 舌打ちをして、胸元から煙草の箱を探る。苛立たしさを紛らわせるように銜えた煙草が、ひやりと唇に触れた。…………一瞬思い出した指先の感覚に、くらりと酸欠になりそうになる。
 自分は何をしたのだろう。あんな、子供のような真似。まるでその行為が解らないから触れて確かめたかのように、無意識に。
 その上、厭味のようにあんなことを言って、気を悪くしない方がおかしい。誘導尋問するにももっと手はあったはずだと己の失態を恥じる。
 火の灯された煙草は苦く重い。肺を満たし胃にまで浸透しそうなその苦味を紫煙とともに吐き出して、それを追うように見上げれば、映ったのは青空。
 …………ぽっかりと浮かぶ真昼の月は、つい先ほど捕らえることの出来なかった男の纏う色のような、白銀だった。


 軽く息を吐き大通りを足早に進んだ。家まではあと少しだ。思ったよりも彼を巻くのに時間はかかったが、追いかける気配はない。
 そもそも住処だってバレているのだから、後々なにか問いただしたければ、なにもたったいま追いかけなくとも直に家に押し入るだろう。彼らはそういった類いを許されている職種だ。
 厄介な相手であることに変わりはないかと、独りごちるように息を吐き出す。せめて子供たちや、あと、厄介ばかりかけている登勢には迷惑をかけないように立ち回らなくてはいけない。
 もっともそんな事態にならないようにのらくら避けることは得意だったけれど。
 やっぱり厄介ごとを持ってこられたと脳天気な青空を見上げながら思い、家の階段をのんびりをのぼる。
 まだ、桂は来ていないようだ。
 相変わらず安穏とした気配に満ちている室内の様子を玄関越しに感じながらホッと息を吐き、引き戸を引いた。
 「あ、銀さんお帰りなさい。具合、大丈夫ですか?」
 室内に入ると同時に声をかけられ、一体何の話か一瞬計りかねる。僅かな間を置いてから思い出した仮病にこれ見よがしに頭を抱えながら答えた。
 「ん?………ああ、平気平気〜。薬より甘いものくれればすぐ元気になれるって」
 「莫迦なこと言っていないでとりあえず飲んで下さい」
 あっさりと流された言葉の代わりに差し出されたのはどうやら煎じたばかりらしい薬包み。
 まさか仮病で本当に薬を飲むわけにもいかない。しかも仮病といったってたかだか二日酔いだ。薬の意味を感じられずぷいっと顔をそらして新八の前を通過し、ソファーに座り込む。ぎちりとスプリングの痛んだ音がして、元気な子供とペットのおもちゃにされていることが解った。
 まあ遊びたい盛りだから怒る意味も……と考えた頃、水まで用意して再び目の前に薬包みが差し出される。しつこいものだと彼に視線を移せば、思いのほか真剣な眼差し。
 「………苦いのキライ。それにほら、まだ飯じゃないし」
 子供の我が儘のように顔をそらして言ってみれば、ガサガサと既に包みを開く音が聞こえる。こちらの意見はおかまいなしらしい。
 こういうところは年下の割にしっかり者だ。適当に流せばいいという、ずさんさがない。それ自体は好ましいのだが……如何せん、自分は仮病を使ったのであって、薬を飲むにはいたらない現実がある。
 「これは漢方なんで食間で大丈夫です。良薬口に苦しっていうじゃないですか。神楽ちゃんも薬飲まなくなったら困りますから、きちんと飲んで下さい」
 「………すっかり保父さんだねぇ。やれやれ、その代わり口直しにアメちょ〜だい」
 こっそり飲む振りをして元に戻そう。せっかくの好意だし、捨てるのは勿体無いし。そんな風に過去に登勢にもしたことのある手段を用いようかと思えば、不意に背中に重しが乗った。
 ………確認しなくても解る。この軽さはあの大食漢だ。
 「私も欲しいアル」
 「はいはい……解ったんでとりあえず神楽ちゃん、そこの甘党がきちんと薬飲んだか見張ってて」
 「隊長、了解アル!ほら銀ちゃん、きりきり飲むネ」
 どんなにぬけて見えていても、この娘は実力的にいえば自分とどっこいどっこい。知恵をつけたら足下をすくわれかねない相手だ。その目を盗んで薬を捨てるというのはなかなか難しい。
 愛らしい笑顔で自分の喉に手を置く神楽を見遣りながら、なんとか離れさせようとするが……きっと無駄な努力だ。
 「あの〜…ノド絞められたら薬どころか、息が出来ないんですが………」
 「どうでもいいからさっさと飲めよ」
 無理矢理開けられた口の中に広がる苦い漢方独特の味。水もなしに飲むには本当に口当たりが悪い。
 いっそ咽せ込んで全部吐き出したいが、しっかり神楽に口を塞がれてしまった。これは飲み込むまで手を離してもらえそうにない。仕方なく飲み込んではみたが、やはり苦い。この上もなく。
 「マズ………おい、水寄越せ、水っ!」
 「はい、おとっつぁん。咽せないように気をつけるネ」
 「その前に窒息寸前だったっての!」
 コップの中身を一気に飲み干してもまだ苦い気がする。薬が飲めないとは言わないが、飲みたくもない時に無理矢理飲まされるのはさすがに勘弁してもらいたい。
 「あ、本当に飲んだようですね。じゃあこれ、ご褒美」
 奥から戻ってきた新八が真っ先に飴を渡した相手が神楽な辺り、確実に薬を飲んだご褒美でないことが知れた。
 「ったく……頭痛なんてしねぇってのに」
 ぶつぶつと喉奥で愚痴をいいながら差し出された飴を受け取る。舐めれば甘く優しい味が広がった。
 ほっと一息ついてソファーにもたれかかれば、タイミング良く外には人の気配がした。嗅ぎ慣れたそれに気づかないふりをして視線も向けない。
 しばしの躊躇いの後、戸を叩く音。いっそ中の談笑を聞いて場違いを思い知ればいいのにと、ほんの少しの無慈悲さで思う。
 「あ、お客さんですね。仕事かな」
 「飯の種ネ。優遇するアルよ」
 ぱたぱたと子供たちが引き戸に寄る。それを追いかけながらのらくらと歩いた。あまり、急ぐわけにもいかない。普段通りいつも通り、そうしていなければ勘のいい子供はすぐに異変に気付いてしまうから。
 がらりと開けられた引き戸。その先に現れた姿は渡世人のような衣服に身を包んだ桂だった。
 「銀時、仕事の依頼にきた」
 「桂さん?!ってあなた、そんな堂々としていていいんですか?!」
 「下手に隠れて歩いた方が挙動不審で目に付く。不自然でない格好で自然にいれば目立たんものだ」
 「昔からそういうのは十八番だったな、お前………」
 だからこそ、これだけ目立つほどの活動を続けていながらも捕まらずにいるのだろうと溜め息を吐く。捕まればいいなどとは思わないが、自分を巻き込む癖だけはどうにかして欲しいものだ。
 とりあえずどんな内容であれ、この子供たちがしゃしゃり出てこないようにしなくてはいけない。その一点だけは相手も理解しているはずだ。
 「おい新八、神楽。ちょっと外出てろ。定春も連れて」
 「え?でも………」
 勘のいい新八がちらりと桂を見遣る。正直、初対面が初対面だ。あまりいい感情は持っていないだろう。強制的に攘夷に巻き込まれてはと危惧しているのがありありと解った。
 「大丈夫大丈夫。大人には大人の事情があんのよ。それに………」
 へらりと笑ってみせながら不安に濡れた二人に言いながら、不意に桂の方に視線を向ける。解る者にだけ解る、凄みを孕ませながら。
 「いざとなりゃ、ヅラをふんじばってしょっぴかせればいいだけだって」
 「いや、あんたそれが出来れば苦労しないって」
 「OK、銀ちゃん!その時は呼ぶヨロシ。加勢するヨ」
 「やめろって!もっと平和的解決策を考えろよ、あんたら!」
 「はいはい、じゃ、またあとでな。夕方には戻ってこいよ〜」
 ぎゃーぎゃーと子犬の喧嘩を始めた二人を外に追い出して引き戸を閉める。あと30秒もすれば登勢が顔を出して、二人に拳骨の一つも喰らわせるだろう。そうすればその後、自分達の話が終わるまでは居場所も出来るはずだ。
 しばらく耳を澄ませて自分の予想が違わなかったことを確認してから、銀時は改めて桂に向き直った。相変わらず澄ました美貌の持ち主だ。よくあれだけの活動を繰り広げて怪我を負わなかったものだと不思議に思うほどに。
 「で、内容は?」
 「お前は随分あやつらに好かれているのだな」
 「は?なに話逸らしてんの」
 家主の断りもなく奥に入っていった桂からの言葉に、さっさと話を付けてしまいたい銀時が答える。追いかけて奥を見遣れば、先ほど自分が飲まされた漢方の包みを持っていた。
 小指の先で味を確認しているところを見ると、何の薬か吟味したのだろう。貴様はストーカーかとでもいってやりたいが、これから仕事を頼もうとしている相手の健康状態が気にかかるのはもっともな話なので見ないふりをした。
 別に中でのやり取り全てが聞こえたわけではないだろうが、あるいは解ったのだろうかと少しだけ顔が赤らむ。
 過去を知られている相手に、今の自分の生活はまるでままごとのようなものだ。子供の秘密の遊びを見つけられたようで少し居たたまれない。
 「………朝、二日酔いだっていったら無理矢理飲まされたんだよ」
 「二日酔い………?」
 言い訳のように呟いてみれば意外そうな顔をして桂がこちらを見遣った。
 そういえば昔はあまり酒を飲もうとはしなかったかと思いいたり、たまには飲むこともあるといってみれば、首を振られた。
 「お前が飲もうが飲まなかろうが構わんが……そうか、本当にお前は大事にされているな」
 「いやもう、お前本当に訳が解りません。頭沸いちゃったなら今日はお引き取り願えます?子供たちも待っているんで」
 イライラ、するのだ。彼を見ていると。
 昔の自分を思い出される。突き付けられる。救いようがないほどの罪を被った自分を。
 今こうしてのらくら生きることを糾弾するように現れる、あの夢のようだ。
 脳裏に蘇りかけたその映像を遮断するように、目の前にいる桂を見据える。逃げようが居直ろうが結果は同じだと解っているから、せめて足掻いているのだ。生きようかなと、そう思ったあの日から、ずっと。
 「この漢方、二日酔い用ではないぞ」
 「は?」
 「まあ処方の仕方では使えんこともないが、主に疲労回復や滋養強壮、ようは疲れた時に服用するものだ」
 「へ?あ……だって、それ………」
 ついさっき、飲めといわれたのだ。朝に二日酔いだといって、薬を用意するといわれて……だからそれ用だと思ったのに。
 …………気づかれて、いたのだろうか。このところ少し無茶をしていたこと。正直、身体がだるいとか、あまり気分が優れないとか、そんな素振り見せたこともないのに。いつもと、まるで変わらないようにしていたのに。
 気づいて、そうして二人とも……何も言わないでいたわって、いた?
 自分の強がりさえ仕方ないと、容認して。
 「これだから勘のいいお子様は嫌なんだよ。すーぐ大人ぶって気遣いやがって……」
 守りたいと、抱えたいと思ったのは自分で、確かにそうしようと思っていたのに。そうすることで相手に守られている、奇妙な安堵感。
 情けないことこの上ない。これがいまの自分の精一杯、なのだから。
 「それでもそれが、お前の選んだ荷物だろう」
 「偉そうに言ってんじゃねぇよ、蚊帳の外のくせに」
 「蚊帳の外だから解ることとてある。貴様もそうだったからこそ、選んだのだろう」
 憂いが、空気を染める。小さな囁きがどれほどの重みか解ってしまう。
 知っているのだ。彼は、きちんと。
 もう既に自分が彼らの活動に加わることがないことを。
 それでもと腕を伸ばす。愚かしいまでの、一途さ。
 ひやりと冷えた空気。沈んだともいえず、かといって陽気とは到底違う。ただただ肌を撫で感情を晒すように、凍える空気。
 切なさと寂しさと……悲しみと。
 選ばれることのない現実を知っているその感情が冷やす、閑寂とした幽かな澱み。


気づかなければいい。その方が、いい。
そう知っているというのに。

相手が気づくより早く、自分は知ってしまう。


だから
摘み取ろう。

相手がそうと知る前に、忘れさせよう。

それが一番の、道だから。









   



 土方さん………見事なくらい見抜かれまくり。いいのかそれで。
 でもうちの銀さんは自分に向けられる感情には敏感なので。躱すには相手より先に気づいてうまく誘導していくのが一番楽ですから。
 それでも一応土銀に落ち着く予定ですよ。
 なんだか万事屋バンザイ☆で終わりそうな雰囲気ですけど(笑)

 ヅラの感情を書くのが一番面倒です。恋愛とは違う、けど、譲れないもの。というのは気をつけて書かないとただの恋愛感情でしかないから。
 この差をどう表せばいいやら、うーむ。人の感情は一筋縄でいかないから愉快なのですけどね。

05.1.31