柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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感情とは不可解な生き物と同じだ。
自分の自由になど出来ない。
だから、抱えることを選んだ。

鮮やかなその子供たち。





人知れずと……  4



 「お前は……もう、…………」
 言葉を。………明確な音としてそれを吐き出すことを躊躇うように、口を噤む。何事も明瞭な形にしたがる彼には珍しいことだ。もっとも、それを音としたなら苦しいという、その思いだけは十分知れたが。
 しばしの沈黙。凍ったような静けさは僅かに冷えたまま。
 視線を逸らしたまま言葉を綴れない相手を見つめる視線は、憐憫を隠すように淀んだままだ。
 解ってはいるのだ。彼の腕をとり同じ活動に心身注ぐことが出来ない身で、半端な同情は何の意味もない。こうして彼を危険に晒しながらのらくら躱すこととて、そういつまでも出来るわけがない。
 「…………いい加減、諦めた方が楽じゃねぇか?」
 断首台の紐を手放すように、あっさりと切り刻んで、みる。
 残酷さは昔も今も変わらないというようにその目すら見ずに。
 頬に当たる彼の視線。縋ることを己に禁じるように頑なだ。
 そういうところはいつだって自分の情にすくわれるところで、つい面倒など見ようとしてしまう、けれど。そんなことをいっていられる立場ではなくなってしまった。自分も、相手も。
 「考えてもみろよ。さっきの言葉、聞き逃したわけじゃねぇだろ?」
 本気でいったつもりだと、言外に囁く。実際、実力でいうなら自分の方が格段に上なのだ。やろうと思えばいつだって彼を捕らえ警察機構に突き出すことが出来る。
 それをしないのはただの気まぐれでしかないと、小さく(うそぶ)く。
 そう冷淡にいう自分のすぐ傍で風が起こる。それは刃によるものではなく、何か、飛来物故に巻き起こされた風でもない。だからこそ反応が遅れた。
 ふうわりと、自分の頬に触れる指先。
 ふと重なる、先ほどの男の幼い仕草に眉を顰めた。今はそんなものに煩っている場合ではないというように脳裏から追い出し、まっすぐに自分の首を捉えた相手を見据えた。
 彼の細腕で自分を(くび)るより早く、自分は彼を斬り伏せることが出来る。それくらい、彼は十分知っていた。
 背を預け戦場を駆けた記憶は伊達ではないのだ。実力差は自分より彼の方が肌で感じているはずだ。
 「………斬ろうと思えばいつだって、お前は出来ただろう?」
 「だからそう言ってんだろ」
 「あの、池田屋の時、俺を斬り伏せて突き出すのが、一番手っ取り早かったはずだ」
 「………………」
 「そうしなかった。それが答えだろう」
 馬鹿な男だといつも思っていた。
 あの、殺しあうだけの世界でさえ、この男は憂いを知っていた。戦うことの無意味さを見極めていた。将たる器を持って生まれたことこそが不憫なほど、その情は豊かだった。
 噛み締めるように引き結ばれた唇を見つめる。微かに力を込めた指先の食い込む首の肉は、薄い。
 ギリギリのその極限まで、この男は自分を斬れない。脅しやはったりでなら可能であろうそれを、本気の殺意とともにかつての仲間に向けることが出来る類いではない。
 また、そうでなければこんな気軽な身なりで足繁くこの男の元に通うこともあるまい。裏切りを予想出来るような相手、幹部たる自分が赴く価値はない。
 誰もが解っている。この男の情の篤さ。………いっそ哀れむことが出来るほど、広い懐。
 「そうだろう、銀時」
 確認を求めるように囁く声は、小さい。その広すぎる懐故に、抱え込み過ぎた悲哀の桁は自分の比ではない。解っていて、また血に濡れた道を歩もうと手を差し伸べる自分は、彼から見れば死神か……過去の亡霊だろう。
 それでも求めずにはいられない。その、カリスマ性。
 輝く場所を自分は知っているのだ。煌めく姿を自分の目は焼きつけている。だから………無駄と知りながらも諦めきれず、腕を差し伸べる。同情でも何でもいいから、自分の傍にいてほしい、と。
 「………答えっつーのは、ひとつじゃねぇんだよな」
 「――――――?」
 不意に答えたその声に眉を顰めて、言葉を求める。補わなければ、彼の言葉は時にあまりに飛躍し過ぎて自分には解らない。
 囁く唇が、蠢く。先ほど自分が触れた顎が上下し、微かな……他の誰にも聞こえぬよう気遣うかのような微かな声が響いた。
 「確かな答えってのも、ねぇもんだ。それが人間ってもんだろ」
 まっすぐと相手を射抜く目は、普段のように濁り淀むことなくひた向きだ。まるでそれ以外の何も捧げるものはないとでもいうような、極上の視線。
 「諦めろ。俺は俺の荷物抱えるだけで手一杯だって、知ってんだろ」
 憐憫の情は、あるのだ。今もまだその傍らに自分を求める桂の孤独や不安が解らないわけではない。
 それでも与えられるものと不可能なことは、ある。
 抱えきれないほどのものを大丈夫だからと抱えて、そうしてその全てを取りこぼすような愚は、もう犯したくはないのだ。
 「………………っ」
 縋るように抱きつくその身体は相変わらず幼い。昔のまま、だ。
 変わらないのは結局彼も同じだ。自分があの頃と同じように己の道を信じて歩むように、彼はあの頃のまま、その道すら変えることが出来ずに佇んでいる。
 自分や辰馬のように全てを通り越えて周りが見えない。
 それは才覚というよりは、彼の質というべきもの。見ようと思えば見えるのであろうけれど、彼は彼で抱えたものに執着し過ぎる。それら全てに背を向けて新しい道を歩むよりは、それら全てとともに破滅する方を選びかねない危うさ。
 「どうしてお前も、坂本も………っ!」
 掠れた音が、漏れる。
 ………それ以上は言葉に換えたくないのだろう、思い。
 解っている。これ以上の譲歩など、この男に出来るわけがないと。彼が荷物を抱えたのだと、そういったその時から知れていたのに。
 それでももしかしたらと甘えていたのは自分だ。
 自分にとってあの頃から、何を考えているか解らないこの男は、畏怖すべき唯一の人だったから。………彼が歩む道は輝き、彼の示す先には未来を彩る扉に祝されていると思っていたから。
 言葉ではなく、その実力でもなく、ただ己の安堵のために彼が欲しかった。傍に、いてほしかったのだ。
 まるで幼子だと、思う。今日一日で何度そんな感情を持てばいいのだろうかと、どこか達観してしまっている自分の意識を疎ましく思った。
 憧れを向けられていたことくらい知っている。傍にいてほしいと、まるで弟のような一途さで願われていたことだって解っていた。
 それでも不可能なことは横たわっていて、自分はそれを踏み越えてまで彼の傍にはいられなかった。
 まさかこんなにも長く生きながらえて、こんな悠長に平和に暮らす日がくるなんて、あの頃は思いもしていなかったのだから。
 慕ったものが離れていくのは痛いだろう。しかも、相手は何も変わらず………反発すらしないほど変わらずに生きていればなおのこと。昔のように一緒に生きてほしいと切実に願う気持ちは、自分にも解る。
 「………………」
 言葉はあまりに無意味で力ない。………嫌になるほど、それを知っていた。
 仕方なさそうに息を吐き、子供をあやす気持ちのままその背を撫でる。
 憧れは憧れのまま。慕う思いは幼いままでと願いながら。


 引き戸が引かれ、一歩外に出る。その姿を追えば空は僅かに落陽の色を醸していた。
 「……邪魔をしたな」
 いつも通りの声で、いつもと変わらない言葉を桂は綴った。その表情さえ、普段と変わらぬ無機質なものに戻っている。
 軽く手を挙げ、昔のようにただ見送った。言葉は交わさず、約束も口にはしない。
 あの頃はそれが当たり前だった。どちらかが死に絶えることを予期しながら、いつだって戦に赴いていたのだから、かける言葉の儚さも約束の空しさも身に沁みていた。
 だから何も残さぬように見送る、はずだった。………唐突に先ほどのような抱擁をおくられなければ。
 「………………っ」
 予期していなかった彼の行動に息を飲む。まさかと訝しみ、はねそうな肩を押さえ込んだ。
 「………また、な…」
 微かな哀愁を込めて囁く声は小犬のようだ。失礼極まりないことを思いながら、離れたぬくもりを見つめた。
 返す言葉も確たる約定も与えることは出来ないなら、ぬくもりを求める捨て犬をあたためる程度は許そうかと、また甘い考えを過らせながら。
 道の先、雑踏に隠れゆく影が無事家路につけるのを確認してから踵を返し、引き戸の中に入り込む、瞬間。
 「――――――――っ」
 射抜かれた。
 確かな怒気すら孕んだ、視線に。
 一体誰だとその視線を追うように辺りを見回す。このまとわりつく視線、覚えがある。猛禽類を思い出させる、この目。
 見据えた相手を脅かし恐れさせるに足るその視線の主は、厄介だ。
 しばらく顔を見ずに済ませようと思っていたにもかかわらず、よりにもよって今、この時に姿を現すなど……考えもしなかった。
 舌打ちしたい気持ちを押さえ込み、視界に入ってきた思った通りの人物に不敵に笑いかけた。
 「……おんやぁ、多串君、今日はよく会うねぇ」
 揶揄するような物言いで手すりに腕を組んで見下ろした。返されたのは、相も変わらず人でも殺しそうな視線だった。
 もっともそんなものを曝け出している時点で、自分の経験値に及ばないのは知れていたが。
 実際のところ実力というものはうまく隠す方が得策なのだ。彼の立場的な面で、その凶暴性を曝さなければ色々と面倒が多いのだろうなど、無駄な同情を感じた。
 カツカツと、靴音を殺せるように作られているはずの彼の足音が耳に響く。実際の音ではなく、彼との間合いを計っている自分の内の音。
 厄介ごとばかりが重なるとぼんやり思えば、空は俄に茜色。
 あと一刻もすれば夜の(とばり)が訪れる。
 桂も今回の要人警護は別口を当たると言っていたし、これでは今日の仕事を探しに行けそうにはない。目つきの悪い疫病神だと溜め息を吐きたくなる。
 もっとも子供たちも心配していたようだし、今日くらいは家でのんびり過ごそうかとも思っていたのだから、どうでもいいことだが。
 彼の口元、赤く灯った煙草の火が明滅している。重そうな匂いの紫煙はかなり肺に負担をかけているだろうと思えた。
 そうでもしなければ刷り変えられないストレスを、自分は抱えないことにしているが、代わりに甘いものに走っている気もする。結局は似たようなものかと喉奥で笑った。
 煙草の火が近付いてくる。ゆっくりと。
 階段を上り、引き戸の前に立つ自分のいる廊下へ。
 あと数歩で互いの間合いの中に踏み込むことになる足先が、一瞬だけ躊躇い、思い直るようにしっかりと最後の段を踏み締めた。

 向き合った先には腑抜けた顔で笑う男と、紫煙を吐き出す凄味ある男の、二人だけ。









   



 ようやくヅラが消えました!随分長くでばってくれたよ、ヅラ。いや、別に文句はないですよ、ヅラ(ヅラヅラ煩い)
 単に私の好みからはかなり外れた位置にいるだけです。優男系の顔は好きじゃないのさー(オイ)
 ヅラの銀さんへの思い方は子が親を慕う感じで。頑張ったんですが如何でしょうね。
 ついでに銀さんほどではないけど、同じ感じで坂本さんも一緒にいてほしい人です。まあ彼の場合は既に完璧に立場を別かっている上、戦いが終わる以前に抜けられたというネックがあるんですけどね。
 裏切りじゃないけど見捨てられた気分?

 次からはヅラに代わり土方が動くですよー。

05.1.31