柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
こちら側と、あちら側。 人知れずと…… 5 紫煙に隠れながら真っすぐとこちらを見据える視線。 厄介な相手だと、思う。もっともこれを躱すのはいつものことなので、さして面倒ではないのだが。 ただもっと別の意味で………厄介だ。感情の揺さぶりは厳禁。それにも関わらず、この状況。今日は厄日だったかと思い悩む。 手すりから身体を離し、彼と向かい合う。口角を持ち上げて笑ってみた。 ………顰められた眉に苛立たせたことが知れたが、今更だ。その笑みを保ったまま、声をかける。 「で、今度は何の尋問?そろそろ子供たちも帰ってくる時間なんで、手短にお願いしますよー」 とぼけた口調でいえば舌打ちをされる。結構な待遇だと眉を顰めてやりたいが、それもまた、今更だろう。 ぼりぼりとやる気なく頭を掻き、用がないならといわんばかりに視線を逸らして下の道路を見遣った。 特に応援部隊がいる気配はない。彼単身で……あるいは独断で来たのだろう。そんなに怪しい素振りを見せただろうかと己の行動を脳内でリプレイするが、何も思い当たらなかった。 本当に勘のいい奴だとぼんやりとした視線のまま思い、一歩引き戸に近付いた。………彼の身体に走る緊張が、手に取るように解る。なんと言って牽制しようか考え倦ねていることさえ。 なんとなく、で、おそらくはここまで来てしまったのだろう。 気にかかり、尋問しようかどうしようか。そんな天晴れな職業意識、持っているものは少ないだろうこの世の中で、ある種貴重な天然素材だ。 もっともそんなものに晒される立場になれば、どう考えても迷惑この上ない熱血漢だ。あしらえるようならこのままあしらってお引き取り願おうと、銀時は答えない相手に用はないと言わんばかりに引き戸の中に身を滑らせた。 「用がないならお引き取り願いマス。銀さん明日も朝から仕事探しするんだから。寝不足はお肌の天敵ヨ」 「…………テメーの仕事内容に肌は関係ねぇだろうが、万事屋」 「寝不足が天敵なのは確かでしょうが。寝れる時に寝て、食える時に食っておかなけりゃ、生き延びれないよ?」 「そんな時代、とうに終わって…………」 言いかけて、向けられたその視線に土方は押し黙った。 憐れむような……悲しむような静かな視線。 どろりと鉛でも溶かしたように重かった目の輝きがなりを潜めて、深く………深く吸い込むように見据える視線に変わる。 ぞっと、した。 次元の違いを見せつけられるような、そんな感覚。いま目の前で、同じ空気を吸って生きているはずの相手が、ひどく遠い場所にいる気がした。 飲み込まれた瞬間に、悟る。これは自分とは違う位置を当たり前に生きている生き物なのだと。 決して分かち合える、そんな間柄にはならない別個の生き物。見るもの聞くもの触れるもの、全てが違う形に見えているのだろう、別次元の人種。 …………この、いまの世、生きていくにはあまりにも難しい変異種。 引き戸に潜った彼の手が動くように揺れる。無骨さを隠した、常人のふりをした指先。 それが戸を手繰るより早く、同じ空間に入り込む。何故そんな真似をしたのかなど、解るわけもない。 大体、そんなことを考え出せばきりがない。いまこの場に足を向けた理由さえ知らず、先ほどの抱擁を見た瞬間に高まった、体内の圧迫とて、言葉に換えられないのだから。 「あの……不法侵入で訴えますよ?」 「……………」 「しかも黙秘権行使ですか、コノヤロー」 戯けた物言いには、それに相応しいからかいを秘めた眼差し。 先ほどの視線が一瞬の幻でもあったかのように掻き消されている。たいした手合いだと眉を顰めるが、効果はなかった。 仕方なさそうに奥に入っていく銀時のあとを追い、室内に入り込む。閑散とした部屋だ。不要なものが見当たらないあたり、執着心の薄さが伺える。 「言っとくけど、客でもない相手に出す茶はないぞ。嫌ならさっさと帰れ」 自分用のコーヒー牛乳をマグカップに入れてきたらしい銀時がそういいながら、土方の前を素通りに過ぎていった。その姿には何の警戒心も、ない。 鬼の副長と呼ばれ、敵味方問わず恐れられている自分を前にしてのその無防備さに、感嘆に近い驚きが胸を占める。 それは裏を返せば、たとえいま斬りつけられても大丈夫という、自負故だろうか。 …………それとも何の意味もなく自分が斬りつけないと、解っているのか。 二度も突然の襲撃を受けた相手が、それはあり得ないはずだと奇妙な期待をねじ曲げる。吸い込んだ空気は、苦い煙草の味がした。 「で、なんなわけ?その仏頂面で突っ立っていられると、こっちの気が滅入るんですけど」 室内に押し入った割に何も言わずただ立ち尽くす土方に、どう対応すべきかを悩みかねて問いかけた銀時の視線には、困惑を染めた土方の顔。………もっとも無表情の中に隠されてはいるけれど。 ああ、と、思う。 何も解らずただ衝動のままに来たのか、と。 そしてその衝動に火をつけたのは自分で、更に火種を増やしたのもまた、自分だろう。 鎮火できる程度の火なのか、なかなか見極めが難しい。厄介ごとを放り込まれたものだと溜め息が出た。 「………さっきの…」 その溜め息を見たせいか、不意に土方が言葉を紡いだ。もっとも、どう続けるべきかが解らなくなったのか、途切れてしまったが。 暫しの沈黙。言葉を待っているのは多分、お互いに。 しばらく待っても言葉は続けられず、仕方なさそうに銀時は息を吐く。本当に、子供を相手にしているようだ。否、過去の自分、か。 周りが思うほどに聡くはなく、言葉は稚拙で感情を表すことが不得手だった。そんな、見窄らしいガキ。それでもそれらを覆い隠すに足る才能を持っていたせいで、有耶無耶のまま崇められてしまう。 だから作り出す偶像。こうあるべきだと、己に思い込ませて築く虚像。 ………見れば見るほど、憐れでならない。 情を移してはいけないと、植えられそうな感情を飲み下すようにマグカップに口をつける。喉を通る甘さを味わう気になれないのだから、質が悪い。 「人様の家のことには口出ししないのが、マナーじゃない?」 素っ気なく返し、マグカップをテーブルに置いた。そのままソファーに座り、立ち尽くす相手を視界の端に置くに留め、窓の外を見遣る。 鮮やかさを増した、空。染まりゆく光景は昔も今も美しいままだ。 「………職務質問、だっ」 己に言い聞かせるような、悲痛さ。 そんな声音で言って、一体納得する大人がどれほどいるというのか。それとも彼は、あまりに人に恐れられたが故に、周りにその声の本質を見定めるものが少ないのだろうか。 どちらでも構わないけれど…それでも、必死で虚勢を張るようで、ひどくおかしかった。 「職務質問?なに、多串君、マジで俺が辻君やってると思ったの?」 ケラケラとさもおかしそうに笑って窓を見遣る。鮮やかな鮮やかな、空。まだ茜に染まりきらず、かといって青空でもない。曖昧であやふやな、一時の芸術。 「しかも男が相手?想像力の逞しさは買うけど、ちょっと俺はごめんだねぇ」 「じゃあさっきのは、誰だ?」 干上がる喉で言葉を綴る、微かに掠れた音。獣の低い咆哮に少し似ている。 ざらりとした掠れた音を好む女には、恐らくこれはたまらない色気なのだろうとぼんやり思いながら、やはり覗き見られていた先ほどの抱擁が一瞬脳を霞めた。 卑猥さを孕まない、幼子の甘える腕の心地。あるいは彼が今も活動を続けていなければ、あの腕を守るものとして選んだかもしれない、ひた向きさ。 まっすぐな感情は、好きだ。自分がねじ曲がっている分、それは清々しく心地いい。 「さあねぇ……断ったとは言え依頼人なんで、秘密厳守」 「やっぱり後ろ暗いんだろうが」 ゆうるりと笑んで応えてみれば、間髪入れずに苛立たしそうな返答。 「しつこいねぇ。大体、法に触れるような真似、子供がいる家で出来るわけないでしょうが」 「子供の有る無しは関係ねぇだろうが。俺は子持ちの親、何人もしょっぴいたぞ」 「うわ……子供たちさぞ警察に不信抱いただろうな。こんな瞳孔開いた鬼みたいのが警察じゃ、夢も咲かねぇよ」 「ようし、そこになおれ万事屋。いま叩き斬って花ぁ咲かせてやる」 段々話がずれていくことに気づかずに乗ってしまうあたり、誘導尋問などに弱いのではないかなど、彼の職種を考えると少々心配をしたくなる。 目も向けず鯉口を切っている相手に向かい合いもせず、それでも相変わらず緊張感などなくゆるゆると外を見る。少し赤が濃くなった、など呑気に考えながら。 軽い舌打ち。……思った通り、刀は抜かないまま手を離された。 本当に解りやすい人間だ。これでよく鬼の副長など恐れられるものだと思ってしまう。 「………ったく、やりづれぇヤローだ」 小さくぼやく声。愚痴など、下手人と疑っている相手を前に落とすものではないと喉奥で笑う。 結局この男は自分がなんら後ろ暗くないことくらい、もうすでに解っているのだ。その態度でこちらには十分解ることを、自分で納得出来ていないだけ。 このまま適当にあしらって、新八たちが帰ってきたなら追い返そう。もう日の入りも間近だ。さして遠くなく二人は戻ってくるだろう。心配を、山ほど抱えながら。 思えば、自然笑ってしまう。あんな子供たちをまさか抱える羽目になるとは思わなかったけど、それでもそれが心地いい。 赤く赤く染まっていく空。昔は狂気を思い出す要因だったというのに、いまは心地よくそれを浴びて待つことが出来る。こんなにも人は変わりゆく生き物だ。 銀糸の髪が染まる。青空にかかっていた真昼の月が、斜陽のときを迎えて鮮やかに変化する。 その、不可解な、美しさ。 ひたりと、空気が揺れる。微かに濃密になった気配。近付いて、間合いに入り込んだ相手を不可解そうに見上げる。いくら本気ではなかったとはいえ、立ち会った相手だ。実力は知っているだろうし、何よりも自分の間合いくらいは把握しているはずだ。 そんな相手の、刃の届く位置にまでくる酔狂さ。………嫌な予感が這うように近付いた。 「………さっきの、と…………」 結局はどうだったのかと問う言葉は、沈黙に掠れ消えていった。 …………折角こちらがそうならぬようにと戯けて違う道筋を示してやっているというのに、どうしてこの男はまた立ち返ってしまうのか。 頑固というか生真面目というべきか……その感情の中に職務意識以外のものがなければ天晴れだと褒めてやるものをと、苦いものを噛み締めるように思った。 気づいてしまったのか。気づきかけてしまったのか。………どちらにしろ、もう後の祭りか。厄介な相手が厄介なことになった。 いっそ手折ってしまえば後腐れがないかと見上げた先には、言葉知らぬ子供が一人、立っている。 しまったと、思った。 …………ずっしりと、抱え込んだ感覚。 哀れみとともに込み上げるのは愛しさ。恐れとともに与えられるのは満ちていく思い。 よりにもよって、増やすなど。 あの子供たちだけでも手一杯のこの腕に、これ以上の荷物は抱えられないと知っているくせに、引き込んでしまうなど。 愚かにもほどがある。 ………浅ましいにも、ほどがある。 ごくりと息を飲み、混乱しかけた脳裏で考える。どうするべきか、最上の道を、と。 それならばいっそ断ち切って手折って、なかったことにする。それが一番、容易く傷つかない大人の約定。 ゆうるりと、笑む。ドジを踏んだと思いながら、間近になった相手に腕を差し伸べた。 ソファーに座った自分には、僅かに彼の顔に腕は届かない。けれど意図を察してか、あるいは誘ったが故の条件反射か、腰を屈めた相手の面が近付いた。 微かにその頬を撫で、灰のたまった彼の銜える煙草を奪う。振動に、灰が舞った。 「別に……さっきのは子供が抱きついたのと大差ないけど?それとも………」 つい、と。彼の後頭部を押して己の唇に押し付ける。触れるだけの、煙草の苦みとコーヒー牛乳の甘みの混じった奇妙な味の口吻け。 「こんな真似でもしていたと思ったわけ?そういうのやるとね、下にいる大家がうるさいのよ、うちは」 驚いたように見開かれた瞳には戯けた笑みを。 奪った煙草を再び彼の唇に返し、立ち上がるとその肩を押した。 「はい、納得したら帰った帰った。子供たちの目に毒だからねぇ、穢れきった大人っていうのは」 「……っと、待てっ!」 突然の甘やかさと、突然の断絶に混乱する脳裏を整理する暇も与えずに、銀時は背中を押して部屋から押し出そうとする。まるで厄介払いをするようだ。事実彼にとってはそうなのかもしれないが、納得がいかない。 解ったはずだ、自分の感情を。知ったはずだ、彼自身の感情を。 それだというのに、この対応。導かれる答えは一つしかないが、それを打ち消してしまう。 「なに、何の不満があるの」 「全部不満に決まってんだろうが」 「え、なによ。これ以上はさすがにダメよ。銀さんはみんなのアイドルなんだから」 「わざとふざけるのもやめねぇかっ」 喚いて……みっともないくらいに、喚いて、必死になってこちらを振り向かせようとする。まるでガキが親の関心を引くようだと思うが、そんなことに構ってもいられない。 衝動ばかり、今日は走る。そもそも初めから今日はタイミングが悪かった。そのせいだと、違うことを解っていながら己を納得させようと試みて腕を伸ばす。 思ったような抵抗はなく掴んだ彼の首筋。引き寄せて、重ね合わせればしんなりと抜ける力。 意外に思うような余裕もなく深く口吻ければ跳ねる肩を抱き寄せる。……甘さの広がる感覚にくらりと酔って貪っても、反抗はない。 先ほどの幼い口吻けとは比べ物にならない濃密さで溶けた舌先を離せば、微かに洩れるのは甘い吐息。それをもう一度味わおうかと寄せた唇を、不意に遮ったのは、彼の指先だった。 「はい、終了〜。外もすっかり夕暮れだし、そろそろ帰んな」 「………テメェ……この期に及んでまで…」 「駄賃はやっただろうが。このくらいで我慢しろよ」 あっさりと腕を解いて彼は一歩離れる。先ほどまで腕にあったしなやかな肢体は、まるで遠く彼方にいったかのようだ。腕に触れるのは、冷たい空気だけ。 結局自分にはこの男の考えていることなど解らない。もっとも自身の考えていることさえよく解っていないのだから、当然なのかもしれないが。 それでも一歩も引かないと頑強に構えてみれば、呆れたように相手は息を吐く。 「あのな……考えてもみろ?」 窓を背に、赤く染まる銀髪。逆光で彼の顔はうまく見えなかったが、鮮やかに染まるその色は目に焼き付いた。 「相入れねぇって解っている相手を抱え込むか、普通。それに銀さん、子供たち相手にするだけで手一杯なんで、お断り」 「ガキどもと同列扱いしてんなよ」 彼の物言いにむっとして否定する。少なくとも、自分は守られるだけで終わる類いではないと、そう吠えるように。 そう返せば、冷めた視線を感じる。相変わらず表情は読めないのに、その視線が幽かな憂いとともに冷たく自分を射抜くのが解った。 「俺にしてみれば、同じ。両極端にいる奴、抱えきれまセン」 両手を挙げて降参でもするかのような戯けた仕草の中の、本気。 「……………っ」 何か叫ぼうとして、けれど言葉になるような答え、何一つ自分は持ってはおらず、呼気がただ空気を震わせるだけに終わった唇。それを見つめているらしい視線に、ゾクリと肌が粟立った。 伸ばしかけた腕を、拒まれる。言葉でも仕草でもなく、その視線だけで。 言葉が生まれない。……こんなことは初めてだ。 「ほら、子供たちが帰ってくるみたいだし、諦めてお家に帰りなさい」 ぱたぱたと足音を消すことさえ知らない呑気な足音が外に響いている。彼の言葉は確かで、一瞬後ろを顧みて、躊躇う。 言葉を、せめて何かかける言葉を残していくべきだと解っているのに、何も自分は持ち得ず間抜けた金魚のように口を開閉させるだけだ。 舌打ちをして、また明日赴いて、無理矢理にでも頷かせようと踵を返す。…………夕暮れはもう、そこまで差し迫っていた。 背を向けた男を眺めながら、夕日を背負った銀の髪が、ぽつりと声をかける。 「ああそうだ、1つだけ教えてあげよーか」 男の指先が引き戸にかけられ、力が込められるより一瞬早くにかけた声に、彼は振り返る。 赤く染められた室内。銀の髪も彼のまとう着流しも、赤く染まっている。 そうして囁く唇だけが、やけに鮮明だった。 「銀さん、答えも持ってないお子様相手にするほど暇じゃないからね、多串君」 うっすらと引かれた紅のように妖艶な笑みを浮かべて、顔も見えない相手はまるで釘を刺すかのように、そう囁いた。 そうして何か問おうと思った唇が開くよりも早く、引き戸が引かれる。 ………タイムアップ。 そう、彼が囁いた気が、した。 よし、まともにカップリングにたどり着いた。 まあたどり着く必要性はないといえば、ない。 ヅラ銀好きならこの手前で終わらせるのが得策だしねぇ。 うちの銀さん、弱い子がダメです。自分を慕って路頭に迷ったみたいな目をされた日には、手を差し伸べずにはいられないです。 しかも今回、ヅラの一件の後でなかなか情緒的に浸りやすい時だったので、余計に。 タイミングよく口説きにいったものだ。自覚ないくせに!(笑) なんだか段々解ってきましたよ。初めは自由人のアラパー系で好きになったと思っていました、が。 書いていて違うことが判明。これはあれだ、明稜帝。 半屋が土方で、梧桐が銀さん。もちろん私は半梧でしたよ☆ 05.1.31 |
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