かなり広い敷地の中、森ではないかと見まごうほどの大きな公園は誰の手も加えられていないあの頃のまま。
そこを幾人かの子供とともに散策しながらゆっくりと帰路についた。
「あ! 見るだっちゃ! ココナッツだわいや!」
視力に優れた青年の声に、子供達が歓声をあげる。どれがそうなのかと近くにいる大人たちに服を引っ張ってねだれば楽しげな笑みで大人たちはいくつかその実をもいでくれた。
「ほら、落とさんよう気いつけぇ」
「コージ、そんなに一杯渡すでねぇよ。ひとり1個だべ!」
「わしゃ1つじゃ足りん。所有者が文句いわなけりゃ構わんじゃろ」
「シンちゃんにお土産なの?」
ミヤギの手から渡されたココナッツの実をしっかり握りしめ、女の子が問いかけた。……どこか憧れを滲ませて囁く様さえ愛らしい様子に、大人同士でとはいえ怒鳴っていたことが少し照れくさくなる。
「そうだべな。帰れば昼飯はシンタローが作ってるベ」
提案するように言い訳を呟けば、楽しげに笑う声とともに友人の願いを聞き取ったトットリが一足で木の上に乗った。
「じゃあお土産だっちゃ! アラシヤマ、これ虫わいてるから食べていいっちゃよv」
「…………忍者はん……とことん人のこと嫌ってくれますな………………」
にっこり笑顔でいわれた言葉にアラシヤマがブリーザードの最中に投げ込まれる。いつも通りに他愛無いやりとりは子供達さえ慣れているのかすでに誰も何もいわない。
その間に他の二人がしっかり持ち帰り分のココナッツを子供達に持たせたり、実際に自分達でもぎ取らせたりと立派に保父の役割を果たしていた。それが妙におかしくていまだに時折笑い出してしまう。
本当は全員、こうして子供達に触れあっているような身分でもなかった。現役を退くような年齢でもないし、なによりも回りがそれを望まなかった。いまだ引く手数多の身ではあるが、それでも隠居には相応しい島に昔のように居座っている。
ずっとずっと昔、自分達が仲間になれた舞台。たった一人の人を生かしたくて…その背を支えたくて、個性豊か過ぎる身でそれでも団結したのだ。
………この島が、懐かしくないわけがない。それでも遣る瀬無さも哀しみも決してなくならない。自分達でさえそうなのだから、きっと誰よりも思い入れの深い男がここにひとりいて辛くないわけがないのに。
一度だって、そんなことはいわなかった。
変わらない力強い笑みで大丈夫だといっていた。
だから、全員がそのあとを追った。大丈夫なわけがないと、いやになるほど自分達は知っていたから。
そうして退役してまだそれほど経ってはいないが、自分達が総帥と仰いだ人間が引退しながらそのまま組織に居座る気も起きなかったことも確かだった。
やることは山のようにあった。でもその全てが優秀な後輩たちだけで充分補えるものだった。だったらもう……羽撃いてもいいはずなのだ。
ずっとずっと縛り付けていた、組織という茨で捕らえていた希有なる鳥を、自由にする時がきた。
長い間の拘束で不器用に飛ぶ鳥を支える木々があっても、文句など言わせない。その全ては自分達が望んだことなのだから、決定を覆させない。
巻き込む気はないと突っぱねた彼の手を諦める気だってないのだ。こうして昔通りに島に住み着いてサバイバル生活も楽しいと思えるのだからいい加減自分達もこの島に……この島を愛する彼に捕われている。
優しい島を優しさで包むように、癒されない傷を抱えた子供を彼は育てている。
結局いまのいままで女性を傍に置くこともなく、守り手を失った子供を慈しみ愛し………まるで贖罪かのように。
痛々しいその仕草は、けれど子供を癒すと同時に彼自身をも癒していた。
…………本当に、不器用だと心底思う。
自分の傷を癒す方法を知らず、人を癒すことで交わす笑みだけが、その傷を優しく包む。誰かを愛すことで、彼は心の安定を得られる。
一人では生きられない癖に、一人を好む。自分の行動に誰かを巻き込みたくないから…………
いっそ利己的に誰もかもを巻き込むつもりで傍に置けばいいのだ。決して彼が傍にと望む相手がそれを厭うわけがないのだから。
それでもそんな真似が出来ないからこそ、人は集うのだけれど…………………
「………? ミヤギくん、なに笑ってるっちゃ?」
「アラシヤマがきのこに変わっとるからか?」
不思議そうなトットリの声にコージが先程までココナッツをとっていた場所で陰湿な空気とともに背中にきのこを生やし始めたアラシヤマを指差した。…………一体またなにをいじめたのかと笑顔も幼いままの親友を見やるが忍者の習性か、まるで読めない。
面白いことならなんでも好むコージが止めに入るわけもないし、ここには一応気にかけはするシンタローもいない。結果、自分が拾っていかなくては数が減った自分達の心配をさせることになる。
好きとか嫌いとか、多分とっくに超越してしまっている自分達の感情。
昔からの習わしのように繰り返される意地悪も本質的にはじゃれあいに近い。
「なにしとるべアラシヤマ。みんなが怖がっとるベ!」
だから、こんな軽い音だけでも簡単に復活する。声をかけてとただ訴えるだけのちっぽけな反抗のような反応。しかたなしに囁かれるような声にだって近付いてくるのだから、もうとっくに傍にいることを許されていることを知っている。
……多分、一生あの子供のように真直ぐな言葉で認められることはない。
大人になった自分達はその単語があまりにも気恥ずかしくて、面と向かって囁けないし……ささやける間柄でもない。
それでも傍にいることはできるし……同じ思いを携えることもできる。
不器用な大人は不器用なりに、精一杯相手を思う術を模索しているのだから…………………
幼い掌に包まれながら、大人たちは待つ人のいる家へと足を向ける。笑みを絶やすことのない、幸せの時間を忘れないように…………………
「いま帰ったぞー」
「ただいまだっちゃv」
「ココナッツ採ってきたベ〜」
「……………ただいまどす」
大人たちの声にのるように元気よく子供達が口々にただいまと叫んで置くに入っていく。手洗いうがいはきちんと躾けられているので、忘れっぽい大人たちの方がそれを思い出させられて一緒についていくことが多い。
その一団が帰ってきたことを知り、奥にいた男が顔を出した。
「おう、お帰り。ココナッツがあるのか?」
つけていたエプロンを脱ぎながら群がる子供達に手を差し伸べてシンタローが顔を出したコージに声をかけた。
子供に囲まれてどこから見ても幼稚園か保育園のような託児所に変わっている風景に忍び笑いをもらし、自分が持っていた分のココナッツを投げた。
「途中で見つけたんでな。土産じゃ」
「………土産って……一応この島オレのなんだが?」
わかっていながらそう言い回すコージに小さく笑い、シンタローは投げられたココナッツを3つ、上手に受け止めた。それを皮切りに子供達からもドンドンとシンタローへと手渡され、ミヤギたちが顔を覗かせる頃にはすっかりシンタローはココナッツに埋もれていた。
あまりの量に呆気にとられているシンタローをどこかからかう顔でミヤギが声をかける。
「なんだべ。ココナッツに酔ったベか?」
「……………お前ら限度を知れ」
「ミヤギくんはちゃんとひとり1コだっていったっちゃ。コージだわいや」
憮然としたシンタローの声から庇うようにトットリが事実を口にする。指差した先のコージはあっけらかんと笑っていて謝罪さえない。
わかりきっていた反応に小さく息を吐き、シンタローは立ち上がろうとして……崩れるように溢れていくココナッツに動きを止める。
ちらりと回りの人間を見回し、一瞬で誰をどう動かすかを決めたらしい声音が変わらぬ響きで注がれた。
「……とりあえず、ミヤギとトットリは台所の飯並べてこい。ってコージ! お前はガキの着替え手伝ってくる!」
わかったと手をあげて歩き始める二人を追うように大柄な影がのっそりと動く。それを止めるように幾分大きくなった声が慌てて言葉を付け足した。
「ああ? わしも昼飯………」
「お前が手伝ったら全員分の飯が消える!」
事態を予測………というよりはしっかり把握しているシンタローの視線はかなり真剣にコージを見ている。あっさりと見破られたつまみ食いの企みに軽く笑い、コージは特に逆らうことなく手を振って改めて小さな背中たちを追い掛けていった。
「…………まったく否定しまへんどしたな………」
「あいつはああいう奴だ」
呆れたようにその背を見送っていたアラシヤマが呟けばシンタローが間髪入れずに言い切る。だてに二十年近くも付き合いがあるわけではない。どんな行動をするかなんて、簡単に予想が出来るくらいにはここにいるものたちは親しい……といって構わない位置にいる。
そんなものが手に入るなんて信じていなかった幼い頃が懐かしい。…………全てが変わった運命の転機は、この島だったけれど……………
思い出しそうな面影に顔が憂える前にシンタローは近くに来たアラシヤマの腕を引っ張った。突然の動きに驚いたような顔をしたあと、アラシヤマは心得たように小さく笑う。
「わかっとります。わては荷物運びでっしゃろ?」
「御名答♪ おら、きっちり持て!」
「わわっ! ちょ…シンタローはん、いくらわてでも全部は無理どす〜っ」
「つかえねーなー。マントでもつけてろよ」
本気で慌てているアラシヤマの態度に笑い、シンタローはつい口が滑るように遥か昔の記憶を声に乗せた。
…………それは、ある種のタブー。
シンタロー自身が作り上げたはずの禁句は、けれどシンタローだけは破ることを許されている。
少しだけ切なく囁かれた言葉を眺め、意味に気づいていない揺るぎない背をアラシヤマは見つめる。
囁きを自覚していないからこそ零される、大切な過去の思い出。決してなくならない傷とともに深く穿たれた絆。痛みと喪失を追記しながらも煌めく美しきそれは、誰も足を踏み込むことが出来ない。
本当は誰もが知っている。
自分達とともに動き続けた十数年のあいだ、彼が本当に願っていたものがなんであるかを。
それでも誰もそれを得てこいと、背を押すことは出来なかった。………そうすることで失うことを恐れていた。
きっと、背を押されれば彼は顔を歪めた。
望んではいけないのだと自身に言い聞かせた。
…………当たり前に願ってもいい筈の思いを、誰もが恐れたが故に封じた愚かで優しい心。
自分達が作り上げてしまった悲しい歪みは自分達の手で癒したい。だから許される限り傍にいるけれど………それでもどこかで知っている。彼はいまこの瞬間さえ飛び立ちたくて仕方がないことを。
目的地を知らなくとも羽撃き続ける。傷も疲れも忘れて。…………その先に本当に願うものがあるかどうかもわからない盲目さで。
早計に、消えないで欲しい。その瞬きを愛でていたいがために自分達は無言の鎖でそれを組織に捕らえていた。本当の笑顔が消えていたことくらい知っている。かつての島での笑顔が、どれほど貴重だったかも。
笑っていても、どこか空虚な瞳。笑みの先になにかが足りないのだと囁くそれに胸が痛む。
大きな背中。誰よりも強く…自分を負かした人。………たったひとり跪いてもいいと思わせた人。命をかけたいと……………
その背が時折ひどく消沈していることも、知っている。
「なあ…シンタローはん」
「あん?」
できることなんて本当に少ない。囁く言葉の無意味さを知らないわけでもない。
………本当の願いを支えることも、完遂するために力になることも出来ない。
それでも目の前にいる限りは、守ろうと決めたから。
手の届く限り……この腕が動く限り。自分の命は全部、彼のために使おうともうずっと昔に決めているから。
「わて、一生あんさんの傍にいますえ?」
だからなにかあったなら言って欲しい。頼って欲しい。
そう示してみれば絶対に、顔を顰める。自分の人生は自分のために使えばいいと、彼はどこか叱るようにいったことがある。………自分の幸福のために、彼の傍にいたいと言ったなら、少しは許されるのだろうか。
初めて自分を必要としてくれた。たったそれだけだけれど………それがなによりも自分には重かった。
冷たい言葉でその態度で。それでもしっかりと自分を見てくれたから、自分の価値を信じることが出来た。それだけで十分。自分の憧れた背を持つ人のその視線の中、己の価値を認められる幸福を知っている人間の方がよほど少ない。
満足そうな笑みとともに囁かれた…許可を求める響きさえ滲ませない確認の音に、シンタローは一瞬驚いたように目を丸くする。
次いでどこか不貞腐れたように唇を引き結び視線を逸らす。変わらない背中が、悠然と晒されて、返される言の葉。
「慎んでお断り申し上げる! 俺は俺の好きにするぜ」
変わらない背中。好きにすると言っていながらも雁字搦めに生きる人。
それに笑い、緩やかな音が自分達を知らしめるように紡がれた。
「かましまへん。……わてらも自分の好きにしとるだけどす」
だから逃がさない。自分のために、彼が必要だから。
…………もしもどこかに旅立つのであれば自分達だけには打ち明けて欲しい。
止めない、から。
それでも離れはしないから。
「けっ、馬鹿ばっかだな」
どこか嬉しく響くその声に、心が震える。
……………必要と、して欲しい。命かけるそんな状況以外でも。
八つ当たりでも構わない。遣る瀬無さを吐き出すだけでもいい。………それさえ駄目なら、いっそ傍にいることだけでも。
ただ役立てる術を与えて欲しい。
「シンタローはんの影響どすえぇ?」
どこかからかう声を囁きながら、アラシヤマが少しだけ駆ける。後ろからもう、見つめるだけでなくてもいい関係。隣に寄ることも、この背を見せることも許されている。
台所に置いてくると器用に駆けながらも1つとしてココナッツを零さない背中を瞬きながら見送り、シンタローは少しだけ吹き出した。
お節介な上に世話焼きで………ひどく甘やかそうとする友人たちを思いながら。
零れた笑みは、ひどく優しい。
それはかつての地での当たり前。
今回は4人組の視点から。
………どっちかというとミヤギとアラシヤマの視点と言った方が正しい気もしますが。
つうか。トットリとことん少ないな………。あの子は書きやすそうだがミヤギのフォローにまわっちゃう。
内助の功だね☆(違う)
全員とにかくシンタローのこと好きだねってことで。
納得して下さい。お願いだから。
まあミヤギとアラシヤマに関してはもうずっと昔から憧れていたんだろーなーという感じで。
シンタローが一番気軽に付き合えるのはきっとコージですが。いいたいこといってもあっけらかん。あとに残らないし、自分の身分(総帥の子)も気にしなかった奴だから、ということで。
………本当に気にしなさそうね…………
次は………青の一族出てきてくれるかしら……………