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 眼下に広がる美しい島を眺めながらシンタローは小さな息を落とした。
 ………妙な感傷が身を侵す。かつて…初めてこの光景を見た時の心の疼きが。
 その後幾度となくこの光景を見ていた。慣れることのない疼きは後方に置いていく島を思う度に蘇る。
 そこまで何故この島に心奪われたかなんてわからない。知るわけもない。
 ただひとつ知っているのは運命を嫌っていた自分にその存在を確かに歓喜させたということ。
 ずっと呪うかのように定められた生を厭っていた。自分には授からなかった一族としての証。欲しいなど思いはしなかったけれど、それでもずっと拒んでいた。父を愛していたから余計に願うだけの力を発現できない自分が嫌だった。
 そんなものに左右されなかった父性は、けれど多少の異常さを持って寄せられる。まるで削ぎ落とされた証を埋め合わせるように自分だけを溺愛する姿を拒み始めたのはいつからか。………まるで幼い頃に運命という言葉を嫌ったような根本からの拒否。
 窓に寄せられた額からコツンという小さな音が響き、もうそれ以上島に近付けない身体を知らしめる。
 拒否の意味を知ったのは、多分この島に来てから。
 …………余裕など欠片もなく、喘ぐように酸素を求めて生きていた自分がようやく休息を知った頃。
 ただ与えられることが嫌だった。与えることを諾として欲しかった。………何も持っていないことを不利なのだと憐れむのではなく、それでも誇れと認めて欲しかった。
 たったそれだけだった。愚かしいほどに………受け入れて欲しかっただけだった。ただのちっぽけな人間としての自分を。
 戦うために生れたわけではなかった。人の上に立つために生きているのではなかった。
 世界などいらない。もっと小さくて……あたたかな当たり前が欲しかった。
 ………その願いを知って欲しかった。
 全てを与えることこそが愛情なのだと思い違いをした瞳に懇願しても気づいてくれないことを知っていたから、反発で示した幼さ。
 初めてなにも知らない瞳が自分を映し、恐れることも憧れることもなく当たり前に手を伸ばした。……対等に言葉を落とした。
 ……………………震えたのは身体か心か。
 こぼれそうな涙を自覚して、怒鳴り付けることで飲み込んだ。
 反発することで押さえ付けることのできる感情を知っていたから、そうしていた。
 それなのに、いつの間にか当たり前のように晒していた本当。
 大嫌いだった運命という言葉を信じたくなった。それがこの上もなくあたたかな音に聞こえた。
 価値観が修正されたことに気づいた眼下の光景。離れることで突き付けられた自分の本心。
 大切なそれを幾度となく切なさとともに思い出す。
 「………シンちゃん?」
 不思議そうなグンマの声に気づき、シンタローは窓に寄せていた顔を持ち上げて椅子に肩を沈めた。
 自分を見つめる視線の幼さに少し苦笑する。
 ………こうした点は変わらない。昔のまま、純粋になにかを信じている視線。
 「どうかしたか?」
 「ん……なんか、寂しそうだったから」
 なんで自分が声をかけたのか把握しきれていない声でそれでも澱むことなく紡がれる。
 やわらかな物腰からは想像のつかない機微への鋭さ。鈍感な癖に、何故か無意識の所作に感情だけが気づく。………もっとも、本人にはそれは理解しきるだけの聡さがいまいち備わっていないけれど。
 だからこそ真直ぐな視線が遠慮なく注がれる。本心を教えて欲しいと、恥じることなく訴えることのできる幼い瞳。
 「別に…寂しいわけじゃねぇよ」
 何故寂寞が胸に募るのかなんて、自分にだって判らない。
 話して欲しいのだと求められても自分で理解しきれていない感情は口にできるわけもなく、まして説明することなど不可能だ。
 困ったような苦笑にグンマは答えられない質問だったのだと気づいてニコリと笑う。改めて別の話題を差し出す、それはクッション。
 「それにしても父様、一体なにをする気かな。前の時は確かシンちゃん人形一万体目記念だったよね」
 「………………………思い出させるな」
 ヒクリと顔が引き攣るのを止めることも出来ない。血の繋がりさえないことを知っている癖に、まるで変わりはしない父親に深い溜め息が零れる。
 なによりも……グンマを前にそうした溺愛ぶりは気が咎めた。誰も気にしていないことは判るけれど、それでも自分に注がれている愛はそのままグンマに与えられるべき筈の物だったのだから。
 きっとそれを知っているのだろうグンマは、だからこそ気に止めていないと示すようによくそれを口にする。
 苦笑の中に感謝を示せば眇められる視線。
 …………時の流れを知らしめる、どこか深くなった視線にシンタローは知らず笑みが零れた。
 「ねえ、シンちゃん。聞いてもイイかな?」
 それを感じたからか…あるいはずっと問いかけたかったがその時を見極められなかっただけか。
 グンマは少しだけ真剣さを帯びた音を紡ぎ、改まってシンタローに向き直った。
 自家用セスナなのだから他に誰も乗ってはいない機内で、その上で更に近付いた青年に不思議そうな視線を向ける。いま、自分達の語っていることを聞かれる心配も…ましてそれが漏洩したが故に危険に晒される可能性もないと言える。………もちろん、確実という言葉はつけられないけれど。
 「………どうした?」
 自然、眉間に寄せられた皺。顰められた音の静けさに小さく笑ってしまう。
 決して望んではいないそれは彼の資質。戦うことを身に染み込ませた習慣。無意識に感じ取ってしまう危険信号や意図。
 だからそれを少しだけ解消するように笑ってみる。難しいことを話したいわけではないから。
 …………もっとも、彼にとってはどんな難問よりも口にすることを躊躇われるものかもしれないけれど…………
 「あのね………僕も探したいんだ」
 「探す? なんかあるのか?」
 訝しげな口調。まるで主語と述語がチグハグな言葉をそれでも聞き取ろうとする。………怒鳴ることが少なくなった。余裕と……いうのか。あるいは自身を規制しているが故に昔のように気ままに語ることを忘れたのか。
 前者である可能性の小ささが少しだけ悲しい。
 それでもそれを形成してしまったのが自分達でもあることを知っているグンマは金の髪に表情を隠すように微かに俯いて覚悟した音を零した。
 「…………シンちゃんと同じものだよ。僕は僕の目的のために」
 物凄い、我が侭な言葉。
 利用させて欲しいと懇願しているとさえ言えるそれを囁くことは、つらい。
 嫌悪を向けられるかもしれない。わかっていて、それでも囁かざるを得なかった。そうでなくてはいけないから。
 飲み込まれた空気の音が谺する。間近過ぎる互いの気配が逐一変化を知らしめた。
 「だから、教えて。もしもあの島についてなにか知っているなら……………」
 どんな些細なことだて構わない。自分の愛しいものを守るために、その情報が欲しい。
 大好きな従兄弟、血の繋がりがなくたって構わない。ただ彼が彼だから、好きだった。それはいまだって変わらない。
 それでも自分は得てしまった。自分の血を受け継ぐ愛しい小さな命。……決して、枯れさせたくはないのだ。だから………………
 残酷な音が、愛しい人を傷つける。知っていて、それでも晒す。
 どう受け取ってくれても構わない。嫌悪を向けることさえ、それは許されている証。
 けれどきっと……自分は知っていた。
 大きな掌が示される。……………クシャリと、髪を掻き混ぜる。幼い頃のように甘やかす優しい指先。視界が滲むことを厭って唇を噛んで、息をこぼさないように深く肺に酸素を送った。
 「今日帰ったら、あいつらにも言うつもりだった。………探しに、行くぜ。お前はここで待ってろ」
 守るべきものを抱えているその腕を一緒に連れていく気はない。
 だからグンマはここで、いままでの自分のように子供達を守って欲しい。…………そしてなによりもトチギの傍に。
 自分がいなくなることできっと傷つく。それくらい、知っている。それを疑わせないくらい、子供は真直ぐな好意を示してくれているから。
 それでも決意したことを受け入れる柔軟性を携えた子供を、せめて立ち直れるまでの間は傍で抱き締めて欲しい。
 囁けば、微かな頷きが髪に搦められた指先に伝わる。
 どこまでも優しい音。
 自分の自虐さえも必要はないと囁く。
 互いに出来ることをやればいい。どう考えてもシンタロー自身には得となることはないただの我が侭を、それでも受け入れてくれる。
 「早く……見つかればいいね…………」
 自分の願いだからと、そんなことは関係なく切に願う。
 ずっと傍で見つめてきたのだ。何も願わずにいた人がやっと願ったこと。
 たったひとりの子供を探している。………約束すら出来なかった、大切な子供。
 その子供に自分はなりたかった。彼を支える人に。
 それでも自分にそれは不可能で。守られて甘やかされて、それが当たり前であり過ぎた。それが支えることだと勘違いしていたあまりにも愚かな自分。
 …………早く、島を見つけたい。
 初めて落とされた涙が自分の膝を濡らした。
 自分の命を継ぐもののために。
 …………この目の前の男を救うために。
   自分の願った役割をいとも簡単に成し遂げた小さな子供を、探し出したい。
 掠れた音に頷く影すらもぼやけてよくは見えない。
 それでも昔から変わらず差し出される指先の優しさだけは身に刻まれる。

 …………どこか遠くから、着陸に入ることを伝える機長の声が聞こえた。

 まわり始めた歯車の、初めの回転。

 








   


誰だよ、あと5話で終ると言った奴。
……………明らかに終らないじゃん、あと4話。
マジックすら出てきてない!つーか何のためにパウンドケーキ作る閑話のような部分抜かしたんだ私は。
ここで本当はマジックすでに来ている筈だったんだけどな………。うまくいかないね☆(オイ)
でもいいんだ。グンマとシンタローのやりとりは書きたかったんだ。
家族がまったく変わっちゃったからね………。そういう所で気まずくなっていないかなって。
シンタローが嫌だと思わない限り、絶対にこの一族シンタローを離しませんけどね!

だってほら、マジックいまだに自分のことパパだったし………。相変わらず溺愛していたし(PAPUWAの話するなってお前が言っていた筈だが)

次はキンタローのお出迎えから始まって…………くれる筈。