「おい…ちょっとモニターで拡大してくれ」
「…………? どこだ」
「前方。家の、手前…俺らが通り越える側だ。地面に亀裂みてぇのが見るだろ」
「……………。確認する」
シンタローのいう方角に目をやり、キンタローは眉を顰める。確かにそこには視認できる線のような亀裂があった。決して大きなものではないが、人為的に作るには少々難しい。もっとも、自分達のような特殊な能力を備えていれば話は別だが。
モニターを向け、その画面を拡大していく。と同時に手もとのディスプレイに地震などの天災の確認を行うが、それらしいものは見当たらなかった。
ゆっくりと予感が迫る。脳裏に響く、警鐘。
頭を振ってそれを否定する。いやでも浮かぶ画像を打ち消すために。予感など、いらないのだ。あってはいけない未来は妄想と同じだ。実現しないからこそ、良いものだ。
拡大が進む。森の挟間に浮かぶ孤島のような家の周りが見え始めた。同時に、シンタローの声が、空気を切り裂く。
ああ、と、思う。
予感など当たらなくていいのだ。
夢など見なければ良かった。そう、心から忌々しく思う。
「加速しろっ! 全速力で映像の上空へ! そのままハッチを開けろ、ダイブするっ」
空間を鮮やかに駆ける、その声。人の上に立つためにある、耳を打つ声はくぐもることなく響き伝わる。
たったそれだけの音で人は理解する。彼の願うことを。何故、ではなく、ただ感じ取るのだ。言葉ではなく、意識でもない。あらゆる動作を支配する無意識という空間こそが、それに揺れる。連動、する。
「………何故…」
ぽつりと呟き、言いかけた言葉を噛み締める。
詮無きことを思い煩う気はない。あの男がそこに現れた理由を模索するより、それを退けるために脳を動かさなければいけないときなのだ。
本当に、忌々しい。
あの男は嫌いだ。
「………今度こそ、俺の手で殺してやる……」
あのときは父に助けられ、屠ることが出来た。あくまでもその肉体だけを。
思い出して、歯を噛み締める。軋む音が体内を駆け、噛み砕くほどの重圧が加えられた。
睨むモニターの先の、男。
「……………」
息すら惜しむように憎しみをぶつけていれば、背中に何かが触れる。弾きそうな意識の外、無意識がそれを歓迎するかのように、体から力が抜けた。
寄り添うように後ろに立つシンタローにかける言葉はなく、緩やかに息を飲み……吐き出した。それを数度繰り返し、少なくとも平常に見えるだけの意識を取り戻すと、吐く呼気と同じ微かさで、呟いた。
「………アス……」
今、そのモニターに映され笑う、その男の名を………………
パラシュートを装備するような悠長な事態ではないことは明白だった。映し出される映像は近くにありながらひどく遠い。目を逸らすことなくそれを見つめるシンタローの拳は固く握られている。開いたなら、確実に血が滲んでいるだろう強さで。
噛み締められた唇。解っている。………彼にとって、今その大きくはないモニターに映り嬲(なぶ)られる仲間がどれだけ重き存在かを。
低空飛行の指示を出し、直に乗り込めるようにセッティングを行う。大丈夫、まだ冷静さを欠いてはいない。そう、己自身に確認しながら。
そして映像が近付き、そろそろ態勢を整えようとした、その刹那。
「……………………………っ?!」
爆音とともに、映像がぶれる。モニター越しでなくても視認できる炎の柱。それによって巻き起こる突風と砂埃による煙幕。
何事かと問うまでもない。解っている彼は、だからこそ揺れる機体を見向きもしないでハッチをこじ開けた。
「シンタ……」
いいかけた言葉は機内に入り込んだ風とそれに混じる飛来物に閉ざされる。それらを遮るために一瞬閉じた目蓋が、その後に映したのは、背中。
いつもいつも見ていたあの背中。
己を押し殺してでも堂々と立ち続けることのできる、彼の背中。
それが、宙を舞い、自分の腕の届かぬ場所へと離れていった。
一瞬の間。駆けて近付けばすぐ追い付くと解っていた。
それでもリピードする脳裏の映像。
ああ……と、溜め息のように落とした息を寄せた眉に隠し、駆ける。
せめて最期のその瞬間まで、彼の傍に。
それだけを、祈って。
……………海を渡る旅路は永遠にこないことを、悟った瞬間。
風はひどいものだったが、ほどなく止んだ。シンタローは地面に降り立つ衝撃を緩和するために眼魔砲を地中に向けた放った。それによって巻き起こった爆風の方が幾分強く感じられるまで落ち着いたモニター画面のその現場。
…………地に走った亀裂。焼けこげた草や木。風が震え、怯えを孕んだ空気。
懐かしいと、そう感じることを拒否する。
この肉体が何から生まれているか知っているからこそ、それを拒んだ。
自分は自分なのだと、そう言い聞かせるように。
覚悟を定めるかのように息を飲む。そうして、湧いたその気配に、心は確かに納得をしていた。
………あの程度で、彼が消えるわけがないのだ、と。
「お久しぶりです」
「………ずいぶん丁寧なしゃべり方じゃねぇか、アス」
表情すら消し、シンタローが答えた。背後に僅かな轟音とともに着地音が響く。キンタローが間近による気配が伝わった。
睨むように辺りを見回せば映るのは惨澹(さんたん)たる姿。
風景はもちろん、自分の仲間たちのダメージは明らかに深刻だった。もっともあの火柱に巻き込まれなかったのか、怪我らしい怪我は見当たらず、ただ呼気だけがひどく弱い。
「キンタロー…」
低く呟けば心得たように動く影。多くの言葉を必要としない彼は正直パートナーとしてはありがたかった。特に、こういった状況下では。
もう二度と争いなどないように。そう願っていたというのに、それでもやはり消えることがない。
何っとなく、思ってしまう。どこかで自分達は操られているのだ、と。争い殺しあうシナリオを作り上げ、滅亡を求める何かがいるのだと。
それを拒んでいると見せかけながら、作り上げる生き物がいるのだと、知っていながら目を瞑りたくなる。それはどこか、マジックの冷徹さを知ったときの感情に似ていた。
「ああ……、この虫たちなら、生きてはいますよ。さすがに害虫はしぶといですね」
「…………」
「この…奥ですか。一番端に小さい気配が密集している。あれを守ろうとしたのでしょう?」
うっとりと笑むように囁き、アスは背後の建物を顧みた。L字の建物の短い方の先は大きく膨らんでおり、そこが食堂となっている。その先、長い方の軸には子供たちの居住スペースが作られていた。そこで今は眠る、子供たち。
けれどおかしいと訝しむようにシンタローは眉を寄せる。
あれだけの爆音だ。さして遠く離れてもいない建物の中、いくら寝ているからとは言え…子供たちが起きないわけがない。
最悪の事態を想定した眼差しは深く色を変える。………遥か昔、アスの影であった頃の、目。
それを見つめ、アスは笑う。楽しそうに。
「安心していいですよ」
口の端を持ち上げ、酷薄な笑みを落とし、そうして呟く。
「私もいま子供に起きられては都合が悪いですから。建物との間に真空を作って音を遮断しただけです」
だからわざわざ自分から轟音を立てるような真似はしなかったと自慢げに笑った。どこか、それは幼い傲慢さで。
吐き気がする。………何に対してか、解らないけれど。
キンタローが仲間たちを介抱していることすら気にも止めない。はじめからそんな命自体に興味がないようだ。そう、昔から、そうだった。
彼は一点しか見ない。
その目的である命にしか、目を向けない。
他の全ては児戯だ。時間つぶしやかかる火の粉を振払う、ただそれだけ。おもちゃで遊ぶことにほど近い感覚の、殺戮。
静かすぎる二人の対峙を気にかけながら、キンタローは散りばめられたようにあちらこちらに吹き飛んでいたミヤギたちを、二人からは若干離れた位置にひとりづつ木に持たれるように身を起こさせた。外傷はなく、酸欠であることだけが特徴だった。奇妙な特殊能力だと眉を顰める。
ただ一人アラシヤマだけはかなり火傷を負っていた。もっとも本人にその耐性があるせいか、朦朧としていながらも未だ意識は残していたが。携帯している薬を与えようと懐に差し入れた腕を弾く程度の元気もまた、残っていた。その大部分は強がりと意地だけではあったが。
「………あんさんの情けは借りまへん。他の人ら、見舞いなはれ」
喘鳴に掠れる中、気丈な言葉を吐く。相変わらずだとただ視線を返すだけで地面に火傷用の特製スプレーを転がした。あの島での戦いに加わった彼らは自分を好みはしない。それでもこの長かった時間の間、少しは歩み寄った。が、彼だけは最後まで牙を残していた。
それはまるで最後の砦のように。
だからどこか、安心もしていた。この不粋な男がいる限りは、自分がそばにいることが出来なくてもシンタローの命は守られるだろうと。
そしてその男のこの負傷は、それ故に、いままで保たれていたはずの平和な均等が壊れてしまったことを如実に物語っていた。
「……貴様にしては、ましだったな」
呟き、アスの足下を見つめる。片足のみではあるが、確かに焼けこげた後がある。負傷直後に急速に治癒されたのだろうが、その真新しさがどこか不自然だった。
「次は、俺だ」
対峙する二人を見つめ、呟く。覚悟を決めなければ、いけない。
死に対してなどではない。それでもずっと鳴り響く警鐘は囁いていた。
覚悟を決めろ。衝撃に耐えぬけ。そう、誰かが囁いている。
頭を振る勢いについてこれなかった硬質の金糸が宙を舞う。そうして見つめた先には、眺め続けた背中。
この先もそれを見つめ、そうして隣に立つことができるように、今この場を鎮圧しなくてはいけない。呼気を整えシンタローの隣に進む、はずだった。
その足先は、凍った。
「…………え……?」
ほうけたような声が落ちた。
現実を認識しきれないと、そういうかのように。
「……シンタローはん―――――――っっっ」
掠れた、潰れたような悲鳴が、耳に届く。
「………シンタ…ロー………?」
同じ音を自分も繰り返した。
生暖かいぬくもりが、頬に張り付いた。
赤い赤い、ぬくもり。
目の前には、赤く染まった黒髪の人。
その髪を掴み、口吻ける金の髪の男。
どうして………?
どうしてあなたは、自分の胸を、切り裂くの…………?
うーん、やな感じですねぇ………
はい、そろそろ完結間近ですよ。あと数話くらいでいけるはず。多分。
パプワ島の方でどれくらいとられるかによるけど、平気だと思う! うん!
どうでもいいんですけどね、青の一族出てきてからひたすらにキンシン書いている気分になってくるのはなぜ?
決してそういうのは考えず、ましてPAPUWAにキンタローは無視して書いているのに。
そして個人的にアラシヤマVSキンタローは好きです。
でも根っこのところでは嫌いとか憎いとかではなく、同類嫌悪に近いと理解しているのが好き(笑)
認めちゃいるのよ、お互いこれでも。多分。
次回はキンが介抱している間のアス&シンから。まあ早い話、シンタローが死ぬまでの数分から始まります。
やな感じの次回予告だ!